山岸伸の「写真のキモチ」

第40回:写真は人のためになる、自分のためにもなる

日本画家 後藤真由美

約9年前に当時若手日本画家であった後藤真由美さんと出会い、”写真の力”で応援することを決めた山岸さん。その思いと道のりについてお2人にお話を聞きました。(聞き手・文:近井沙妃)

【後藤真由美】
桜をメインモチーフに作品を制作。桜の時期は各地で取材を重ね、中でも福島県の三春町には毎年欠かさず通う。

1982年 石川県生まれ(神奈川県育ち)
2005年 武蔵野美術大学日本画学科卒業
2008~2022年 個展(西武池袋本店、そごう横浜店、千葉店、大宮店他)、高島屋大阪店等でのグループ展多数
2010年 第21回臥龍桜日本画大賞展入選
2011年 第29回上野の森美術館大賞展入選
2019年 第7回「桜花賞展」(郷さくら美術館)
シネマテーク・フランセーズ文化財団・映画博物館(フランス パリ)、国立マサリク大学(チェコ ブルノ)他所蔵
(※一部抜粋)

2016年 CANSON 初代日本AMBASSADOR/CANSON PRIZE 日本代表

俺が若手を撮りたくなる瞬間

後藤さんと初めて会ったのは2014年3月。共通の知人である写真好きの前田さんから「山岸先生にどうしても紹介したい美しい若手の画家がいる」と連絡をもらったことがきっかけで一度俺のスタジオに来てもらったんだ。

俺がなぜ若い人たちを撮るのか、その理由のひとつは俺からの”応援”なんだよね。音楽でも絵でもスポーツでもどの業界でも。そして応援している人たちが少しずつ世に出て認められていく姿を見ているのがすごく楽しい。それを追っかけていったりはしないし、活躍はあくまでもその人の力だと思う。だけど出会った時になんか自分にビビッとくるというか、「この子は結構ウケちゃうんじゃないかな」「売れちゃうんじゃないかな」と思った瞬間にやっぱり撮りたくなる。

近い業界だと以前に現代アーティストの小松美羽さんを応援していて、彼女が大きく成長していく姿を見ていた。日本画家の後藤さんのことも応援したいなと思い、まずはプロフィール写真を撮ることに。撮影は2014年の初夏、画材や作品を車に積んで神奈川から下町のスタジオへお父さんと来てくれた。

OLYMPUS OM-D E-M1 / M.ZUIKO DIGITAL 45mm F1.8 / 絞り優先AE(F2・1/125秒・+2.0EV)/ ISO 400
OLYMPUS OM-D E-M1 / M.ZUIKO DIGITAL 25mm F1.8 / 絞り優先AE(F1.8・1/100秒・+1.7EV)/ ISO 640
当時はオリンパスのアートフィルター「トイフォトI」にピンホール効果の組み合わせで撮ることも多かった。色味やコントラストで主役がグッと引き立つ。OLYMPUS OM-D E-M1 / M.ZUIKO DIGITAL 25mm F1.8 / 絞り優先AE(F1.8・1/40秒・+0.7EV)/ ISO 640
(後藤)その写真を本当に気に入って今でも名刺やプロフィールに使わせていただいています

正しく広く、知ってもらう為に

彼女が絵を描き人の目に触れられるチャンスを作りたいと思い、老舗紙メーカーであるキャンソン社や靖国神社など、力及ばないが繋げられるところには紹介した。結果的に2016年にキャンソン社のアンバサダーを務め、靖国神社ではみたままつりで掲げられる懸雪洞(かけぼんぼり)を現在まで奉納している。俺の賀茂別雷神社(上賀茂神社)の写真展で狛犬の絵を描いてもらって一緒に会場に飾らせてもらったりもしたね。

2015年5月に開催された山岸伸写真展「世界文化遺産 賀茂別雷神社 ~第四十二回式年遷宮までの道~」。後藤さんに狛犬の絵を描いてもらった

2015年8月末、うちのスタジオで写真塾として開催したイベントではお客さんを16名ほど呼んで彼女がライブペイントをする姿を鑑賞・撮影してもらって、そのあとにギャラリートークなどをした。写真塾でありながら「みんなで後藤さんを応援しよう」ということだった。

片側からリファーライトを当て、お客さんは鑑賞しながら撮影
ライブペイント後は、弊社ギャラリーにて後藤さんの作品などをモニターに映しながらギャラリートーク

ここでまた知り合いもできたと思うし、本当はこれを何十回とやっていくのもいいんだろうけど、後藤さんには後藤さんの世界があるから。色々とやっていく中ですごく応援してくれる人を掴んでいくっていうのが大切だと思う。

みんなの前で絵を描いて見せるっていうね、ライブペイントって今すごく流行ってるけど、俺たちもテザー撮影をしてPCやモニターに映せば現像やプリントをせずにみんなの前で写真をすぐに見せられる。そういう部分で似たようなことはできるがやはり違う。

写真っていうのは撮りますよと言った瞬間にもう完成してるんだよ、絶対写るから。撮ったら即座に1枚が完成するけど、絵だと1枚を仕上げるのに2時間とか3時間とか内容によっては10~20時間かかるかもわからない。この時は約1時間半で仕上がったね。イベントとして考えられた内容と時間設定だと思うけど、それはやっぱりデッサン力があるから人前でも描いていけるんだと思う。後藤さんが描いている姿やでき上がっていく絵を見て感動した人もいるだろうし、そこはやっぱり写真とは違うかなって。

お客さんの後ろから、自分も長玉で撮影。OLYMPUS OM-D E-M5 MarkⅡ / M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO / 絞り優先AE(F2.8・1/80秒・-1.0EV)/ ISO 400
この時はアートフィルター「トイフォトI」にフレーム効果をつけている。OLYMPUS OM-D E-M5 MarkⅡ / M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO / 絞り優先AE(F2.8・1/100秒・露出補正なし)/ ISO 400

出会った頃は第63回「湘南ひらつか織り姫」を務めていたりしてそういう経験も人前で話したりメディアに出たり勉強になるよね。画家だから一切喋らないというスタイルの人もいれば、鼻歌を歌いながら描く人がいてもおかしくないし、描くときは本当にひとりの世界で、その集中力はたくさん人が見ていようがひとりで描こうが同じだと思うから。このライブペイントもひとつのいい経験として残っていたら嬉しい。

今日も後藤さんがスタジオに来る前に偶然銀座の画廊の社長さんがスタジオに立ち寄ってくれていて、名刺を交換してもらったりそういう繋がりはできていく。画廊の社長さんは後藤さんの事を「先生」って言っていたね。今後さらに応援のしがいがあるような人になって欲しいと思う。

日々、SNSを通して活躍を目にする

SNSがあっていい時代だよね。後藤さんは昨年の9月末から約3カ月間ハンガリーを中心に海外にいて、彼女が何をしているか細かいことは正直よくわからないんだけど、随分長いこと海外にいるからそのまま永住してヨーロッパで活動するのかなと思ったね(笑)。

時差はあるけど、SNSの投稿にはいいねが押せるし彼女から返事も来る。何故彼女の投稿にいっぱいリアクションをしたかというと、ひとり異国の地で頑張っていると思ったから「いいね、頑張れよ」って応援のつもりで押しているわけ。あれが日本だったらそこまでしないよ。今は海外や遠くにいてもSNSを使って応援できるから応援の仕方もより広がったと感じる。

成長した姿を見てみたくて

プロフィールを見るとたくさんのことをしているけど、2016年からそごう西武系列でほぼ毎年個展をしていて、今年も個展のスケジュールを調整中だよね。

成長した後藤さんを見てみたくなり、ヨーロッパから帰ってきた後藤さんに連絡をして久々にスタジオに来てもらった。12月末の寒い中、スタジオ前で1時間20分ほどかけて1枚描き上げてくれた。その様子をアシスタントの近井がスチール、マッハ君が動画で撮影した。

まず道具を並べる。紙はキャンソン社のヘリテージ水彩紙、絵の具はシュミンケ社のアクリルと水彩絵の具、筆は日本の宮内不朽堂と清晨堂のもの。(後藤)シュミンケ社の本社にも絵を飾っていただくことになり、日本未入荷の絵の具をご提供いただきました

最初に白紙を撮る理由

何でも白紙からスタートしたい、世の中何でも始まりは白紙なんだよね、その上にできていく、例えばこの木なんの木気になる木から家までできて、その家で家庭ができて、その家庭で育って何をしていくっていうのは全部設計図がゼロのところにあるわけじゃない? テレビのブラウン管が消えている状態のような気持ちとイメージで、いつも白紙を見せたいっていうのがある。絵でも写真でも共通することはゼロのところに描いていく、ゼロのところに撮るということ。

道具は全て描いていく中でその時の感覚によって使うものを手に取る。(後藤)筆の軸が赤色のものは宮内不朽堂さんが作ってくださった後藤真由美筆です

今回スチール撮影はライカのSL2にシグマの45mm F2.8 DG DN | Contemporaryを組み合わせた。何故ライカとシグマなのか。ライカのレンズは高額なのでそんなに多く持っていない。決してその穴埋めというわけではないが、俺はシグマのこの渋い表現力が気に入っていて常日頃から好んでLマウントのシグマのレンズを使っている。自然とアシスタントにも同じように使わせることになるのだ。

ライカSL2 / SIGMA 45mm F2.8 DG DN | Contemporary / 絞り優先AE(F4・1/500秒・-0.3EV)/ ISO 1600
ライカ SL2 / SIGMA 45mm F2.8 DG DN | Contemporary / 絞り優先AE(F4・1/500秒・+1.0EV)/ ISO 1600
ライカ SL2 / SIGMA 45mm F2.8 DG DN | Contemporary / 絞り優先AE(F4・1/640秒・-0.3EV)/ ISO 1600
ライカ SL2 / SIGMA 45mm F2.8 DG DN | Contemporary / 絞り優先AE(F4・1/250秒・-0.3EV)/ ISO 1600
白紙から完成まで、マッハ君が撮影・編集をして約10秒にまとめたもの。動画はソニーα1、FE 24-70mm F2.8 GMで撮影

(山岸)今回は何を描いてくれたの?

(後藤)桜です。自分は今まで山岸先生から貰ったチャンスを生かし切れていないと感じていて、これが最後のチャンスのつもりで先生との桜の花を咲かせたいという気持ちで描きました。私はいつも先生からほとばしるような情熱と何においても真剣にぶつかっていく姿をずっと見ていて……。

(山岸)と思うの? そんなこと無いんじゃないの?(笑)。

(後藤)いえいえ、その姿を見ていてすごく美しいなと思っているんです。私もそうありたいし少しでも先生に見てほしい、認めてもらいたいというか、そんな思いをぶつけるように描いていたらこの桜になりました。

(山岸)外でのライブペイントを終えた後はスタジオでシンプルなプロフィール写真や持ってきてくれた作品と一緒に撮影した。これは俺が撮ったよ(笑)。

(後藤)この日先生に撮っていただいた写真の中からさっそくSNSのアイコンやプロフィールに使用させていただいています。

GODOXのストロボAD300Proを使用。ライカSL2 / SIGMA 85mm F1.4 DG DN | Art / マニュアル(F5.6・1/125秒)/ ISO 200

(山岸)この時背景に置いた絵は今の自分の力作なの?

(後藤)そうですね、新しい状態に入ったかなと感じています。山岸先生と最初にお会いした時に「桜はピンクじゃなくたって赤でも青でもいいんだ、何色でもいいんだ」とおっしゃり、当時の私はほかの色でも描きたかったのですが技量が無くて、ほかの色で桜を描くと桜に見えなかったんです。それでもいつか違う色で表現したいってずっと考えていて、最近やっと虹色で描けるようになりました。この作品の時には段々と桜に火や水を感じるようになり、桜の中に別のものが重なって自然と違う色やイメージが入ってきたので自分の中ではターニングポイントになるものでした。

作品を資産価値として持つ、持たれること

(山岸)君が何を志してどこにどう行くのかはわからないけど、俺は後藤さんだけじゃなくていろんな人を自分が撮る写真の力で応援したいっていうのが根本にある。そしてその人が売れて、後藤さんの場合はプレゼントしてくれた作品の値が高くなっていけばそれは嬉しいこと。それはもう、あくまでもそうなって欲しいために持つわけだよ。スタジオの外でライブペイントしたものを頂戴よって言ったら後藤さんが快くくれて、絵の額じゃないけどフレームマンに額装を頼んだら「フレームは白がいいですね」と作って持って来てくれた。

(後藤)何箇所か桜の花びらをハートのように描いています。今回こういう機会をいただき、先生から愛情をいただいたと思っていて、私の感謝の気持ちをさりげなく花びらと重ねて表現しました

(後藤)最近、絵を潤いや将来の楽しみ、資産価値として持っていただけることがすごく嬉しいことだと思っています。

(山岸)価値が本当にあるものを飾っていくってなかなか勇気がいる。とても立派な家じゃないと。日本は特に家が小さいからみんな絵や写真を飾るスペースがほとんど無い。俺の家だって10枚くらいしか飾れないし、多くの人がいいものは蔵に入れたり大事にしまっていて、出してもいないというか触れていない。本当はただ持っているだけじゃなくて飾って日々触れられる空間があれば一番いいんだけどね。

同じような場所で同じようなことを

俺が昨年、阪急うめだでイベントや写真展をして東京に戻ってきたら、その後に後藤さんが阪急阪神百貨店のカレンダーの一枚に選ばれた、そしてその原画展が神戸阪急で1月に開催されていたね。同じ系列で同じようなことをしていてよかったなっていうのもひとつあった。

ほかに共同印刷株式会社のカレンダーにも選ばれていて、俺は印刷物をずっとやってきたこともあってとても馴染み深い会社で、その会社でこうして1枚でも2枚でも使ってもらえるってすごいことだし、腕を上げたとか知名度が上がったとか諸々含めて良かったねと思う。

共同印刷2023年カレンダーの5・6月に作品が選ばれた

(後藤)「コンペに参加しませんか」と共同印刷さんが推薦作家として候補に挙げてくださり、最終的に作品が通ったという形です。最初に何十枚かデータで送り、鹿児島県にある日本一の巨樹・蒲生の大クスを日本画の野外制作で下書きなしで描いたものが5・6月のカレンダーに選ばれました。普段は桜が選ばれることが多いのですが、この木は大学時代から何度か通って一緒に育ったというか、見てきた木だったのでこの一枚が選ばれて嬉しかったです。2016年ぐらいからこのようなコンペのお誘いが来るようになったのですが、いつも最終審査などで落ちていたので今回初めて形になったので喜びもひとしおでした。

写真には人生を変える力がある

(山岸)例えば、女優の安田成美さんは高校1年生の時に俺と出会って、俺が撮った一枚の写真を「風の谷のナウシカ」のイメージガールを決めるオーディションに持って行って、結果的に彼女がイメージガールに選ばれてデビューした。

安田成美ファースト写真集「MY DIARY」。撮影・山岸伸(シンコー・ミュージックより1984年に発売)

一人の女の子を大きく変える力が写真にはある。それを永遠と思っている俺も古臭いのかもしれないけどやっぱりそれが大切だと思うし、その延長線が今もある。だから今回そういう人がもう少し頑張ればいいなって思って後藤さんに登場してもらったんだ。

写真は人のためになる、自分のためにもなる。どんな職業でもみんなが一枚の写真で幸せになれればいいなと思う。写真は本当にもの凄い力があるから。だから俺は写真で応援する。

これからのこと

(山岸)今後はどうしていきたいのかな?

(後藤)最近、今まで個展を開催したことのない百貨店さんからオファーが来るようになり、個展の開催地を増やしていきたいです。大手のブランドさんとコラボできるような作家にもなりたいですね。そしてずっと支えてくれている日本国内のお客様を大切にしながら、長年望んでいたヨーロッパで作品を発表していきたいと思っています。西洋の文化をミックスして誰も見たことが無い桜を描くことを目標にしているんです。ヨーロッパの方で個展のお話もいただいているので実現後には最終的にアジアに戻ってきて個展をしたいです。また、日本の文化や画材・物を残すために海外の大学でワークショップなどもしています。日本と海外の両方を知っていくことで繋がりを作りつつ、いい影響を与え合いながら画家として成長したいです。

(山岸)すごくたくさんあるね(笑)。

(後藤)あと……、先生にまだ個展に来てもらえたことないので、いつか来てもらえたら嬉しいですね(笑)。

(山岸)俺が行かなくても君が来てくれるからかな。今後の活躍も楽しみに見ているね。

(後藤)新しく山岸先生に撮っていただいた写真の力を御守りに、これからまた頑張りたいと思います。

(やまぎし しん) タレント、アイドル、俳優、女優などのポートレート撮影を中心に活躍。出版された写真集は400冊を超える。ここ10年ほどは、ばんえい競馬、賀茂別雷神社(上賀茂神社)、球体関節人形などにも撮影対象を広げる。企業人、政治家、スポーツ選手などを捉えた『瞬間の顔』シリーズでは、15年をかけて総撮影人数1,000人を達成。また、近年は台湾の龍山寺や台湾賓館などを継続的に撮影している。公益社団法人日本写真家協会会員、公益社団法人日本広告写真家協会会員。