赤城耕一の「アカギカメラ」

第114回:シネマカメラ用レンズに想いを馳せつつ、癖のある描写を味わう

敬愛する写真家の長野重一(ながの しげいち、1925年3月30日 - 2019年1月30日)さんに、恐れ多くもご愛用のカメラについてお話をお伺いしたことがあります。おおよそ20年ほど前のことです。長野さんのような大写真家に、メカニズム話をお聞きするのはさすがに気が引けるものですが、デリカシーに欠ける筆者はここぞとばかり色々な質問をしてしまいました。長野さんにとっても、ご自身の意に沿わないインタビューだったと思いますが、質問にイヤな顔ひとつせずに、応じていただきました。今思い出しても恥ずかしいです。

とはいえ、長野さんは往時からのライカ使いであることは存じ上げておりましたし、20数年前は、ミノルタCLEユーザーであることが知られていました。CLEをよくお使いになった理由は「ライカより軽いから」という点が大きかったようです。

レンズの描写に話が移ったとき、「レンズの味わいなんかわかりませんよ」と最初はさらっとかわされてしまったのですが、話を進めると、長野さん、ただ一言だけ、「Cooke」(クック)のレンズは違うんですよね。 と発言されたのでした。

PCに画像を展開した時、心が2線ボケでざわつきましたぜ。最近こんなに酷い、じゃない個性的なボケを見たことがないものですから。画像処理で手を入れてしまおうと思ったのですが、思いとどまりました。
ライカM11-P/LIGHT LENS LAB M 50mm f/2 SPII/50mm/マニュアル露出(1/4,000秒、F2.0)/ISO 64
順光気味の光で撮影してみたのですが、被写体以外の背景は手ブレが発生したかのような再現で、心が落ち着きません。私が乱視だからというだけではなさそうです。少し絞れば解決はするのですが。
ライカM11-P/LIGHT LENS LAB M 50mm f/2 SPII/50mm/マニュアル露出(1/1,000秒、F2.0)/ISO 400

筆者もクックがシネカメラ用のレンズであることは知識のひとつとしてありました。「Speed Panchro」等の名称は知ってはいたものの、ほとんど視野には入っていませんでした。

クックは現在も現行製品としてレンズを供給しています。シネカメラ用に特化していますから、かなり高価でMFということもあり、コンシューマ用とは言い難いものがありますがEマウント互換レンズも用意しており知る人ぞ知る存在です。

シネカメラはカメラ本体や、レンズもレンタルして使用することがほとんどで、これも一部の業務に特化した人でなければ知られていないのは当然のことでしょう。長野さんは映画カメラマンもこなされていた時期も長かったこともあり、クックのレンズをよく使われていたそうです。

もちろん長野さんは筆者のような語彙不足による軽薄な言葉でレンズの印象評を語ることはありませんでした。

クックのレンズで撮影した映画の試写をみた女性の俳優さんから、「とても美しい画ですね」と褒められ、クックレンズの印象を強めたということです。もっともそのレンズの具体的な焦点距離などの仕様を聞き忘れてしまったのですが。

でも「美しい」か「美しくないか」というレンズ評価は、これはとてもわかりやすくないですか? つまらない光学理論より説得力ある一言だと思いますが、正直なところ、それって、長野さんの撮影の腕じゃないのかなあとも思えるんですが。

百歩譲って、ライティングが良かったとか。いや長野さんには申し訳ありませんが、ここはクックのレンズのおかげで効果的な描写が得られたとしませんと、説得力がなくなり本稿の話が続かなくなってしまいますのでもう少しお付き合いください。

とにかく長野さんのお話により、記憶力の悪い筆者の脳裏にも「クック」の名がより強く刻まれることになりました。そして、今日まで、ずっと引きずっていたというわけであります。

今回も恐ろしく前置きが長くなりましたが、このクックのレンズ、その名をLIGHT LENS LAB(ライトレンズラボ)M 50mm f/2 SPIIという名称にて、ラインアップされていたことを知ったのはわりと最近のことでありました。筆者の勉強不足でした。

発売している焦点工房のサイトによれば、ベースになったレンズは1940年代のシネカメラ用レンズ「Cooke Speed Panchro Series II 50mm f/2」で、その描写を再現したとあります。おーすげー。

このレンズの存在を知った時に、真っ先に思い浮かべたのは長野さんのお顔でした。レンズの印象をできるだけ知る必要があると考え、思い切ってウチにお越しいただいたわけです。レンズはさらっと短時間使用しただけでは、その本質に迫ることが難しいのです。ええ、買う理由を無理に考えたフシもありますが、このあたりは長い目で見てください。

モノクロ化して、金村修さんのような作品にしてやろうと思ったのですが、思い直してそのまま素直に提示します。素晴らしい描写であります。
ライカM11-P/LIGHT LENS LAB M 50mm f/2 SPII/50mm/マニュアル露出(1/1,000秒、F8.0)/ISO 200
このレンズで1番気に入った写りをするのは絞りF4くらいですね。絞ってしまったら何でも同じという描写じゃないようにも思うのです。
ライカM11-P/LIGHT LENS LAB M 50mm f/2 SPII/50mm/マニュアル露出(1/2,000秒、F4.0)/ISO 64

筆者は本レンズのベースとなるオリジナルのクックレンズの性能を知るどころか、姿すら拝見したこともありませんが、一部ではマウントの改造品があったという話もありましてスチルカメラに流用したとかなんとか。これはウラはとれていません。

シネカメラ用のレンズも昨今はマウントアダプターを使用してミラーレス機に装着してその写りを楽しむことも珍しくないのですが、入手しやすいのは16mmや産業用カメラ用として用意されているCマウントのレンズで、もちろんクックブランドのレンズもあります。

これらのシネ用レンズは見た目も仕様も一般には見慣れないものです。フォーマットは35mmフルサイズよりも小さく、焦点距離も異なるので写りのニュアンスは比べることができません。

本レンズは35mmフルサイズ用のレンズとして用意されていることはとても興味深いことです。レンズ構成はダブルガウスタイプですから、特別な印象は一切ありません。ただ、鏡筒は細身ですが、50mmレンズとしては全長が長めで、中望遠くらいのレンズにみえて個性的です。素人には鏡筒の長さが必然かどうかは知るよしもありませんが、個性ある印象的なデザインですね。

筆者が購入したのはシルバータイプでメッキの仕上げも細かく、品質はなかなかのものです。数値表示も非常に美しい加工ですが、ユニークなのは「中國製」と漢字でエングレーブされていること。漢字表記はコンシューマーに向けた光学製品ではあまり見たことがなく新鮮な印象です。

レンズがどこの国で製造されようがさほど気にすることはないですが、ここまで漢字で明確に刻印するということはメーカーの矜持なのかもしれません。

レンズ構成は5群7枚。硝材にランタンフリントガラスを使用、コーティングはシングルということです。実際のレンズ面はえらく青くみえます。

コーティングは深いブルーです。あまり見たことない色なのですが、このために、レンズだけを見るとシリアスな雰囲気があります。

オリジナルに近い光学性能を実現することで、往時の味わいのある描写が得られるとされています。もちろん1940年代のいわゆるシネカメラ用のレンズをデジタルカメラで使用することで、どこまで味わいとやらがわかるかは未知数ですよね。

興味深いのはUVフィルターを内蔵していることです。保護用として、レンズ第1面の前にあり、脱着はできず固定されていますね。ただ、フィルターのねじは切ってあるので、各種フィルターの装着も可能としています。

筆者はプロテクターフィルターをつける派なので、最初からフィルター内蔵と言われるとあまり面白くないのですが、さすがにこのレンズにプロテクトフィルターを装着するのは二重連結みたいな抵抗感があるので、漢らしく、このまま使用することにしました。

インフの指標は赤です。意味があるのかどうかはわかりません。メートルの単独表記というのも潔く、かつ見やすいですね。
絞り指標。クリックストップがないのはシネレンズという趣を出したいからなのかなあ。ファインダーを覗いて、クリックを頼りに絞り設定するのは難しいです。

マウントはライカM互換。Mマウントは、ライカはもとより、現在ではユニバーサルマウントとしての役割もあり、マウントアダプターを組み合わせることで、多くのミラーレスカメラに装着することができます。

実際の使い勝手はどうでしょうか。個性的な理由はもうひとつあり、これがフォーカスレバーです。蝶々のような2股デザインと、シャフトのような棒状デザインの2種が用意されていて、出荷時には前者が装着されています。ただ、筆者の印象ですと、2股デザインのもので操作性は良好でしたので、付け替えずに使用することにしました。

変わった形のフォーカスレバーです。蝶々の羽とかを連想します。シャフトタイプのものもあるのですが、色気はないわけで、やはりこちらでしょう。指がかりは悪くはないです。

フォーカスリングの動きはきわめてスムーズで、ひっかかかりなど違和感を感じるようなことはありませんでした。このあたりの工作精度の向上は目を見張るものがありますが、AFの交換レンズでは決して得ることのできない情緒的な官能性があります。絞り環はクリックのない仕様で、このあたりもシネカメラ用レンズという感じもします。

使用カメラはライカM11-Pを用いました。光学ファインダーと距離計の相性をみたかったので、極力ビゾフレックスIIは使わず。

鏡筒の長さのために当初心配していたファインダーのケラれも、鏡筒が細身なことで気にならないレベルです。付属のフードにもスリットが入っていますから、実用上は邪魔になることがなく、問題はないと思います。

スリットの入ったフード。光学ファインダーを使用する場合は有益であります。カブセタイプなので、装着すると指標が隠れてしまいます。マイナスネジのところに絞りを合わせてねということです。

鏡筒が少し長いためか、使い始めた当初はフォーカスレバーの位置関係に戸惑うこともありましたが、少し慣れたら、すっと指がかかるようになりました。最短撮影距離は0.7mとこのあたりに特別な冒険はありません。

非球面レンズやアポクロマートなどは非搭載です。だから現代仕様のレンズではありませんが、写りに関してはなかなか興味深い印象を持ちました。

具体的に言いますともちろん開放絞りから実用性十分ですがボケ味がなかなかワイルドです。高周波成分の多い被写体だとパーフェクトに2線ボケが出ますね。

シャープネスもありますが、なかなか奇妙なフレアが出たりします。つまり高解像力ですが、コントラストが低め。輪郭線がやや太い印象なので、オールドレンズファンの中には興味のある人もいるのでは。

ただですね、すごいのは1/3絞り絞っただけでも、よい感じに締まり、像は立ち上がり、ボケ味は落ち着いてきます。

このレンズの使いこなしの達人は、少し絞って、よしよしと言いながら撮るか画面に厄介なボケが出ないような被写体を選ぶことです。
ライカM11-P/LIGHT LENS LAB M 50mm f/2 SPII/50mm/マニュアル露出(1/350秒、F2.8)/ISO 64
絞って使用しますと、今後の残りの人生も一緒にうまく手を携えて、やってゆけそうな気になります。こうした描写をみますとモノクロフィルムを使いたくなりますね。もし機会があればご報告します。
ライカM11-P/LIGHT LENS LAB M 50mm f/2 SPII/50mm/マニュアル露出(1/1,000秒、F8.0)/ISO 200

最近はこれだけ“絞りの効く” レンズ見たことないので逆に新鮮ですが、撮影者がある程度自分のイメージを持っていないと結構厄介な結果になるかも。

色再現も厚みを感じます。これはコーティングの影響もあるのでしょうか。M11-Pを使用してこのような印象をもつレンズはそう多くはありませんでした。けっこう取扱注意ですが、絞ってもガリっという感じのない厚みを感じないのはいいと思います。結論から言いますと、少し絞って、像を落ち着かせた方がいいじゃないかと筆者は思いますけどね。長野先生だったらなんとおっしゃるでしょうか。「どうせスナップは適度に絞るから関係ないですね」いや、先ほど頭の上に長野先生が降りてこられ、そうおっしゃっていたような気がしました。先生の名作「遠い視線」は結構絞られて撮影されていました。

画面内に高周波の成分が少ないと、お、フツーによく写るではないですか。合焦点もパリッと写るし。
ライカM11-P/LIGHT LENS LAB M 50mm f/2 SPII/50mm/マニュアル露出(1/2,000秒、F2.4)/ISO 64
日陰の条件ですが、色再現に厚みがありますね。右上あたりの看板のボケがざわついてはいますが、今回の作例の中では軽微な方かもしれません。
ライカM11-P/LIGHT LENS LAB M 50mm f/2 SPII/50mm/マニュアル露出(1/2,000秒、F2.0)/ISO 400

本レンズは設定Fナンバーや撮影距離、光線状態によって、描写の印象は大きく違います。

まだ本レンズを使い始めたばかりですから、描写が「美しい」という感想を持つことは締め切りまでありませんでした。筆者の腕が足りないのは自覚しています。長野先生すみません。これから頑張ります。

でもね、非才な筆者が使うからこそ期待が持てる描写をするレンズかもしれません。

なぜならば、その再現性やボケ味に強めの「雑味」のようなクセを感じたからで、このレンズに合う被写体、絞り、光線状態を選ぶことで、唯一無二の再現性が期待できるからであります。探してもこういうレンズはなかなかありません。でも1940年台にも素直なレンズは存在したと思いますけど、それは言わないでおきましょう。

もちろん今の高性能レンズが好きな人にはお勧めすることはありませんので今回のことは早く忘れてください。さようなら。

放置プレイされた鉢。何というか打ち捨てられた植物に対して、このような再現をするレンズはあまり見たことなく。ココロが乱れそうです。はいクセのあるボケ味のせいです。
ライカM11-P/LIGHT LENS LAB M 50mm f/2 SPII/50mm/マニュアル露出(1/1,000秒、F2.0)/ISO 400
ココロを落ち着かせるためにあまりボケ味が気にならない被写体を選んでみました。そうです、被写体を選んでしまうレンズですから仕方ありません。
ライカM11-P/LIGHT LENS LAB M 50mm f/2 SPII/50mm/マニュアル露出(1/2,500秒、F2.8)/ISO 64
至近距離で絞り開放、きちっとハレを切らないと、コントラストが低くなります。周辺の玉ボケもワイルドです。軟らかいなどという甘い描写ではなく、レンズ表面か鏡筒の中で光が遊んでいるような描写です。でも合焦点の解像力は立派です。ポートレートを撮影する方は使いこなす甲斐があるかも。知らんけど。(使い方合ってますか?)
ライカM11-P/LIGHT LENS LAB M 50mm f/2 SPII/50mm/マニュアル露出(1/780秒、F2.0)/ISO 400
画面の平坦性も今ひとつみたいで、絞りを開いた状況では周辺がっ!いいんです。どこで像が落ち着くのか実験してみるのもありかと。
ライカM11-P/LIGHT LENS LAB M 50mm f/2 SPII/50mm/マニュアル露出(1/2,000秒、F2.0)/ISO 64

モデル:ひぃな(@okw_hi_)

赤城耕一

1961年東京生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒。一般雑誌や広告、PR誌の撮影をするかたわら、ライターとしてデジカメ Watchをはじめとする各種カメラ雑誌へ、メカニズムの論評、写真評、書評を寄稿している。またワークショップ講師、芸術系大学、専門学校などの講師を務める。日本作例写真家協会(JSPA)会長。著書に「アカギカメラ—偏愛だって、いいじゃない。」(インプレス)「フィルムカメラ放蕩記」(ホビージャパン)「赤城写真機診療所 MarkII」(玄光社)など多数。