赤城耕一の「アカギカメラ」

第92回:「GR III」にぴったりのストロボと出会い、日中シンクロの妙味を改めて思い出す

最初に少し昔の話をします。筆者は1980年代の中盤ころまで、週刊誌やらグラフ誌などの仕事もしていたので、事件、事故から芸能ニュースまで、昼夜、天候、場所に関係なく、現場をかけずりまわっていました。

当然、この当時はフィルムカメラの時代です。この当時、主に報道の現場ではどのような撮影でもストロボを使用するのがあたりまえになっていました。過酷な報道現場では、ライティングする時間もなく、どのような撮影条件でも、被写体を鮮鋭に写すため確実に静止させる必要があったからです。

バブル時代になると、週刊誌でもカラーページが増えたこともあり、リバーサルフィルムの使用がマストになったということもストロボの使用にさらに拍車がかかりました。

この頃はまだISO 400級の高感度ポジフィルムでさえ、特別な存在であり、色味や粒状性もいまひとつで、上質な画質は期待できませんでした。増感現像などもよほどの特別な条件とか、特殊な効果でも狙うなどの目的がないかぎり行わなかったのです。

人にもよると思いますが、筆者も突っ張って、過酷な報道現場でもISO64-100くらいの中庸感度のカラーポジフィルムをメインに使用しており、被写体の動きを確実に静止させ、発色のよい写真を得るため、どのような撮影条件でもストロボを使うのがマストになりました。現場ではライティングすらままならず、こちらで主体的に光を創って撮影するしかなかったわけです。

同業者で大混乱している報道現場では、スタンドに載せたストロボの発光部にディフューザーをかけるとか、ソフトボックスとか傘バンを使うなど、優しい光を作り出すような工夫をすることはできないので、カメラ直接に取りつけたストロボで直光(ストロボを被写体に向けてダイレクトに発光させる)撮影するのが基本になります。つまりストロボ光を被写体にそのまま浴びせかけてやるというやり方になりますから、ライティングもへったくれもありません。

このため強いコントラストで描写される写真は、うまくいけば強い印象をもたらすこともあるのですが、こちらの思惑以上に過度に暴力的な印象をもたらす写真ができることさえありました。

あえてローアングルから見上げる感じでストロボを発光させて撮影してみました。青空が微妙に落ちて、奇妙な世界を作り上げました
GR IIIx/26mm(40mm相当)/プログラムオート(1/1,000秒、F10、−0.7EV)/ISO 400/ストロボ発光
アンダーパスです。通学の自転車がやってきたので、真上から撮影してみました。手前のシャドー部も明るくなっています
GR IIIx/26mm(40mm相当)/プログラムオート(1/1,250秒、F5.6、−1.0EV)/ISO 400/ストロボ発光

筆者はこうみえても、優しい性格ですから、ストロボ光においても軟らかい光で撮影したいのです。ただ、先に述べたような条件では、せいぜいが天井や壁にストロボの光源を向けて、バウンスさせて撮影する程度しかできないわけです。

本来、筆者はスタジオなどでの落ち着いた環境においてポートレート撮影などを主に仕事にしたかったこともあるのですが、当時は仕事も選べず、ありとあらゆる現場に赴くことになり、こうした暴力的にもみえる撮影方法も学ぶことになりました。

ちなみに新聞のカラー紙面も次第に増えたのですが、新聞カメラマンはカラーネガフィルムを主に使用しており、後でかなり調整が可能なラチチュードの広さが羨ましいこともありました。後のプリント処理でいかようにもコントロールできるからです。

単独の露出計で測光する時間さえない現場で、ラチチュードの狭いカラーポジフィルムを使用して適正露出の写真を得るというのは、単純なようもみえたけど、それなりの経験則や技量を必要としました。

なにしろポジフィルムは1/3絞りの光量の違いでも仕上がりに影響があるのです。現像が出来上がるまで胃が痛くなる思いをしたものであります。今では考えられないことですね。デジタルとはなんと便利で確実なのでしょうか。

仕事を広告関連を主軸に移したころは、クリップオンタイプのストロボはまったくといってよいほど使わなくなり、大型のストロボをアシスタントさんと共にえっちらおっちら運びます。仕事上、きちっとしたライティングが求められるからです。

それでも時おりカメラ雑誌や写真集などにおいてマーティン・パーや須田一政、最近ではエリックなどの日中シンクロを使用したスナップ作品をみると、なるほど、ストロボの短い閃光時間は動体を静止させるとか、色を綺麗にみせるためという目的だけではなく、ストロボ光を使うことで、見る人を日常とは異なる世界に誘うことができるということを知ったのです。いや、本当は知ってはいたけれど、すでに仕事での撮影とは別の世界という認識が強くありました。

芭蕉の木。葉の裏に太陽がありますのでストロボを発光させて撮影。独自の世界を作り上げますね
GR III/18.3mm(28mm相当)/プログラムオート(1/1,000秒、F6.3、±0.0EV)/ISO 400/ストロボ発光

そうこうするうちにデジタル時代を迎えて、ISO感度の設定の幅が広くなりましたから、かつては大型ストロボを使うのがマストのような撮影でも、クリップオンタイプのストロボをオフカメラでディフューズやバンスさせるだけで、まるで大型ストロボを使ったようにキレイにに光が回せることができるようになりました。クリップオンタイプストロボの復権ですね。もっとも今でも報道現場では直光で撮影するような場面もよく見ますけど。

さらに超高感度領域でもノイズがなく画質が向上してゆくにつれ、今度はストロボ自体の使用頻度は減ってゆきます。ホワイトバランスが自由に設定できるということもあるのですが、アベイラブルライトフォトが非常に簡便にできるようになったということもありますね。動画などの撮影も加味するとLEDでのライティングも、すでに普通のライティングセットになっています。

背景に太陽があります。ストロボを使用しなければシルエットになってしまいます。それも悪くはないんですが、ストロボを発光させたら、漁具のディテールが再現されました
@@size|85|GR IIIx/26mm(40mm相当)/プログラムオート(1/1,000秒、F16、−0.3EV)/ISO 400/ストロボ発光
街路樹からぶら下がっていた金属の輪。ただ、それだけのモノなのですが、気になったものは撮らずにいられない。でもストロボがなかったら撮らなかったなあ。露出バランスも悪くないですね
GR III/18.3mm(28mm相当)/プログラムオート(1/640秒、F7.1、−0.7EV)/ISO 400/ストロボ発光

ところで、数は少なくなったとはいえ、いまでもコンパクトカメラにはストロボを内蔵することがほぼ絶対的な仕様となっています。

これは記念写真を撮影するなど、主にファミリーフォトで使われることが想定されるからでしょうか。天候とか撮影条件、光線状態にかかわらず、明確に顔が明るく綺麗に写るからでしょう。報道写真とは別の意味で、確実な記録性が追求されるわけであります。フィルムカメラ時代と異なり、ISO感度を調整すれば、光量が小さな内蔵ストロボでも効果があるのですから、ストロボ内蔵は意味があるということなのでしょう。

コンパクトカメラの分野でもストロボが内蔵されている機種はいまも多いのですが、非内蔵とするコンパクトカメラもいくつかあります。これらは搭載センサーがAPS-Cから35mmフルサイズフォーマットなど大型であることが共通の特徴のひとつですね。これらは高感度領域に余裕がある、あるいは想定されるユーザーは内蔵ストロボを使用することは少ないのではないかと判断されたのかも。ストロボを内蔵しなければコンパクトにもできます。

筆者も、コンパクトカメラの内蔵ストロボは購入してから手放すまで、一度も使用しないということも多いのですが、同系列の機種で、それまで内蔵されていたストロボが省略されてしまった事例があります。それまで内蔵されていたものが省略されると、内蔵ストロボなど使いもしないに損をしたような印象を持ちます。なんだかケチくさい考え方ですが、このカメラこそ、リコーイメージングのRICOH GR IIIなのです。

GR IIIは内蔵ストロボを省略することで、内部設計を見直し、無線機能を搭載しながら小型化を追求しています。筆者の予想どおり、内蔵ストロボがなくても今日まで、困ることは一度もありませんでした。微量光下では高感度に設定して撮影すればいいだけのことですから。

最近ではサードパーティ製のクリップオンの小型のストロボを紹介するなどして、懐の広いところも見せるGRなのですが、筆者はあまり感心しませんでした。これがマニュアルのストロボだったからです。テスト撮影する余裕があれば問題ありませんが、撮り直しのできない撮影では困ることになります。

GR IIIはストロボの機能を犠牲にしていたわけではなくて、PENTAXブランドの外付けフラッシュでTTL自動調光に対応するように改良されており、機能的には拡張されています。

筆者自身GR IIIを使い始めてからストロボ撮影をしようとは1ミリも考えていませんでしたから、ストロボのことはすっかり忘れていたのですが、先日のこと、東京は四谷のPENTAXクラブハウスで、小さなストロボを見つけてしまったのです。

これが小型のクリップオンストロボ、PENTAX オートフラッシュAF201FGです。

GR IIIxに取り付けてみました。外形寸法は約65×72.5×31mm。重量は約141gですから見た目よりもバランスは悪くありません。筆者は今回はストロボ本体を手に掴んでカメラを持ち歩いておりました
GNは20(ISO100/m)。照射角は水平70度、垂直53度。ワイドパネル使用時は同98度、85度になります。ワイドパネルは35mm判換算で20mmレンズ相当の画角をカバーします

大きさはタバコサイズくらいでしょうか。とても小さくて軽くカワイイですね。光源部は上部方向のみですが動かせるので、横位置では天井方向に向けてバウンス撮影が可能です。

発光部は上135度〜下10度の範囲で可動します。ただ、発光部は回転しませんから天井へのバウンスは横位置撮影のみとなります。これはちょっと残念

電源は単四乾電池2本。GN(ガイドナンバー)は20(ISO100/m)。その名のとおり、PENTAXブランドの一眼レフ用のTTL調光可能なストロボとして開発されたのでしょう。

電源に単四電池を使用。発光回数はアルカリ電池で約80回、ニッケル水素電池(750mAh)で約100回

仕様からすればGR IIIでもTTL自動調光撮影が可能で、その大きさからするとGR IIIに装着してもなかなかお似合いな印象ですので、これを入手し、使用してみることにしました。

光量は大きくありませんので、夜間や室内など暗いところでメイン光として使用するよりも、日中の明暗差の大きい条件で、シャドー部をカバーする補助光的なフィルインフラッシュ(日中シンクロ)用として、あるいは曇天や日陰の条件で、自然光とバランスして発光させることでコントラストをつけ、ハイライトを明確にするために使用することにしました。

いまソニーα9 IIIのストロボ全速同調が話題ですが、GR IIIもGR IIIxもレンズシャッター方式ですから、ストロボの全速同調が可能となるわけです。1/1,000秒でストロボ同調撮影ができるのは快楽に近いものがあります。

AF201FGはTTL調光時は先幕シンクロ、後幕シンクロの切り替えと、マニュアルでは2段階の光量調整が可能ですが、今回はすべてカメラの撮影モードはほぼプログラムAEで条件に応じて絞りをシフトさせています。AF201FGはAUTOのポジションで撮影してみました。

背面。電源スイッチを兼ねた「発光モード切り替えダイヤル」(電源オフ、P-TTLオート先幕シンクロ、同後幕シンクロ、マニュアル発光フル、同1/4の5段階ダイヤル)、テスト発光ボタン、レディランプを装備しています。マニュアル発光時の計算板は撮影時の距離情報がわからないので省略されているのでしょう
GR IIIxのホットシュー接点。これはPENTAXブランドの接点と共通していますので、リコーイメージングが「P-TTL」と呼ぶTTL自動調光が可能になります

TTL調光ではAF201FG単独では、光量調整することができないのですが、フィルインフラッシュという性格上、適正値よりも光量は落としたいので、GR IIIとGR IIIxのメニュー画面から光量を1-1.3段程度落として撮影しています。

結果はごらんのとおりですが、想定より光量が強くなり、不自然にみえるカットもあれば、レフ板を使用したくらいの絶妙な効果になったりと、被写体や光線状態によって変わります。けれど、TTL自動調光を久しぶりに本気で使用してみましたが、黎明期とは大違いで、その精度はすばらしく優秀で、露出精度も安心でき、想像よりもはるかに好結果になりました。これは被写体の反射率に加えて、距離情報がうまく機能しているからでしょう。

もちろん撮影後に画像を確認できるメリットもありますから、かつてのように出来上がるまでの心配もなく、胃が痛くなるようなこともありません。ダメなら撮り直せばいいだけのことですから。あらためて幸せを感じつつ日中シンクロ撮影を楽しむ筆者なのでありました。

街のオブジェです。トップからの光が強い季節はどうにも光が美しくないのでこちらから光を浴びせかけてしまうことを考えました。背景との露出バランスが難しいところですが、うまく制御していますね
GR III/18.3mm(28mm相当)/プログラムオート(1/1,200秒、F13、−0.7EV)/ISO 400/ストロボ発光
路上で咲いていた八重桜。ビル街にある自然というニュアンスを出したかったのですが、ストロボを使わないと花のディテールは再現されません
GR III/18.3mm(28mm相当)/プログラムオート(1/800秒、F8.0、−0.3EV)/ISO 400/ストロボ発光
花とガスタンク。仕事場近くの風景なので毎日のように撮影してますが、時には花を入れて季節感を感じさせてという目論見です。自然光のままだと、花は暗めになります
GR III/18.3mm(28mm相当)/プログラムオート(1/125秒、F9.0、−0.7EV)/ISO 100/ストロボ発光
少々暗く、日陰にあったモニュメントです。そのままでは眠い調子でハイライトが明確にならないのでストロボを使用してみました
GR III/18.3mm(28mm相当)/プログラムオート(1/80秒、F5.6、−1.3EV)/ISO 400/ストロボ発光
街を歩いていたら、奇妙なオブジェを発見。ただ、黒い壁に黒い木ですから潰れてしまいます。そこでストロボを発光させてディテールを出したわけです
GR III/18.3mm(28mm相当)/プログラムオート(1/1,000秒、F14、−0.7EV)/ISO 1600/ストロボ発光
ワイドパネルを使用して撮影しましたが、よい感じにシャドーを補っています。ストロボ光をあまり感じさせません
GR III/18.3mm(28mm相当)/プログラムオート(1/100秒、F16、−0.7EV)/ISO 400/ストロボ発光
夕景です。ランプの色を見せたかったのでストロボを発光。少し強めでしたが、これはこれで不思議な雰囲気にはなりました
GR IIIx/26mm(40mm相当)/プログラムオート(1/1,250秒、F10、−0.3EV)/ISO 400/ストロボ発光

逆時の条件でストロボ発光ありなしで撮影をしました。あたりまえですが、ストロボを使用したほうが被写体のシャドー部が明るくなります。不自然であるという見方もできる一方、シャドーのディテール再現を考えれば優秀です。

ストロボ発光なし
ストロボ発光あり
赤城耕一

1961年東京生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒。一般雑誌や広告、PR誌の撮影をするかたわら、ライターとしてデジカメ Watchをはじめとする各種カメラ雑誌へ、メカニズムの論評、写真評、書評を寄稿している。またワークショップ講師、芸術系大学、専門学校などの講師を務める。日本作例写真家協会(JSPA)会長。著書に「アカギカメラ—偏愛だって、いいじゃない。」(インプレス)「フィルムカメラ放蕩記」(ホビージャパン)「赤城写真機診療所 MarkII」(玄光社)など多数。