赤城耕一の「アカギカメラ」
第91回:軽くて小ぶりな「LUMIX S 100mm F2.8 MACRO」に感じた、中望遠マクロ2度目の変革
2024年4月5日 07:00
焦点距離100mmクラスの中望遠マクロレンズは標準50mmマクロよりもワーキングディスタンスに余裕が生まれること、前後ボケが大きくなること、アングルによっては遠近感も自然になりますから、ズーム時代を迎えてからも変わることがない人気の高い単焦点レンズです。
黎明期の中望遠マクロレンズはベローズなどの接写装置を組み合わせて使うことを前提として企画されたものが多かったように記憶しています。このため絞りは手動、もしくはプリセットのものが多く、万人に扱いやすいというものではありませんでした。
自動絞りを装備し、単体で1/2倍の程度で近寄れる中望遠マクロレンズとして100mmクラスの焦点距離のレンズが登場してきたのはそう昔のことではありません。1970年代の半ばくらいですか。そうか、すみません、十分に昔ですよね。
当初は中望遠マクロレンズの開放F値はF4前後のものが多くを占めました。これは小型軽量化、あるいは収差変動による画質の低下を恐れたこともあるのでしょう。
レンズは大口径になるほどとくに至近距離での収差の補正が難しく、リスクが大きいという宿命があるのでマクロレンズで大口径化を望むのは背反する要件となり、補正が難しく画質が低下する。マクロレンズ本来の目的から外れます。
しかしF値が大きいと、一眼レフではファインダーは暗くなりますし、通常の中望遠レンズと比較すると、マクロレンズはどうしても大きく、重くなる傾向がありました。多くのレンズによる構成やマクロを機構を加えるとレンズの繰り出しも多く必然的に重たくなりました。
また、この時代のマクロレンズはいずれも高解像力至上主義であり、ボケ味にこだわったとする資料はあまり出てきません。マクロレンズはとにかく高解像力、高コントラストでなければならないとされました。だから硬い調子でも良いのだという認識もありましたね。
でもね、中望遠レンズだから、マクロでもポートレートにも使いたいですよね。でも、設計の古いマクロレンズで実際にポートレート撮影してみるとギンギンの超高解像力のために毛穴の奥の奥まで描写してしまうことがあります。モデルになっていただいた女性に嫌われてしまうかもしれません。もっともいまではレタッチをすれば問題は解決という考え方もあるのですが、どこかレンズの本質を見極めることができないようにも思えてきます。
これも古い話ではあるのですが、1979年に登場したタムロンSP90mmF2.5がそれまでの中望遠マクロレンズの常識を破りました。開放F値が通常の中望遠レンズと同等で明るく、条件によっては軟らかい描写と美しいボケが得られるとされました。
このレンズは「ポートレートマクロ」と呼ばれたくらい評判を呼んで、改良が重ねられながら、今日にまで至ります。マクロレンズだからと、シャープであればいいわけではないことを私たちは認識したわけです。
このレンズの刺激を受けたのでしょうか、他のメーカーの中望遠マクロも次々と改良されて開放F値が見直され、現在の100mmクラスの中望遠マクロレンズの開放F値はF2.8あたりが定番になってゆきます。
またこの頃の多くの中望遠マクロレンズは今でいう1/2倍(現在はハーフマクロと呼ばれたりします)くらいが最大倍率どまりになるものが多く、さらに高倍率を求めるとなると、再び接写リングやクローズアップレンズの力を借りねばならなくなりますが、これも改良が重ねられてゆき、とくにAF一眼レフ時代を迎えてからの中望遠マクロレンズは単体のままで等倍撮影できるようになります。さらにインナーフォーカスとか、フローティング機構など、全長を必要以上に伸ばすことなく小型化も目指すようになりました。
明るいF値の維持をしつつ、最短撮影距離を縮めて、描写性能にもこだわるとは、難しいリクエストだということは光学設計にはまったくの素人の筆者にも理解できます。
本来は高性能描写のために光学設計を突き詰めてゆくと、中望遠マクロレンズの多くは大きく重たくなる傾向となります。いや、レンズは大きいままのほうが、設計はラクなはずです。
これ、使う側としても趣味のものと割り切って考えれば許容してしまうところもあります。優れた画質を得るためなら、我慢するのです。
ところがこの2月のことです。感動的な出来事がありました。筆者的には事件と言ってよいほどであります。パナソニックの新型の中望遠マクロレンズ、LUMIX S100mm F2.8 MACROの登場です。35mmフルサイズフォーマットの焦点距離90mm以上の等倍マクロレンズにおいて、世界最小・最軽量を実現したということなのであります。拍手!
機構としては新開発のAFアクチュエータ「デュアルフェイズリニアモータ」の採用が注目されると言います。リニアモータの高速、高精度、静粛性等の特長はそのままに、同体積比で従来型リニアモータの約3倍の推力があるとされます。
でもね、パナソニックのHPにある機構図をみても、よくわからず。実際にどういう仕組みなのか調べたり勉強する気もないのですが、さらにパナソニックのアナウンスをベタ書きしてみます。
従来のリニアモータと比べてユニット単体で約50g以上の軽量化と、サイズを約半分に抑えることに成功。動体追従に優れた高速・高精度なAF性能と静粛性に優れたAF動作性能を両立。動画撮影時、フォーカス駆動音を気にせず撮影できるので、ポストプロダクションの際も作業の短縮化を図ります。
とあります。
つまり動画撮影にもばっちりということですね。つづけてアナウンスを一部ベタ書きします。
動画撮影中のフォーカシング時のピント位置の移動に伴い画角が変化するブリージングを抑制。輝度変化が大きいシーンでも、絞りマイクロステップ制御によりF値変化をなめらかに制御することで、急激な露出変化を抑制。また、動画撮影中のパンニング時も安定した露出制御をサポート。
フォーカスリングにおいてリニア/ノンリニア設定の切り替えが可能。
リニア方式ではフォーカスリングの回転量に対して移動量固定でピント移動し、さらに撮影シーンに応じて回転量の設定も可能で、動画撮影時に撮影者の意図に沿った、メカニカルのような直感的で精緻なフォーカシングが可能です。
MFリングの検出と制御方法の改善により、微小なフォーカシングが必要なマクロ撮影においても精密な操作が可能ということです。
なんだかわざと難しく書いていませんか? 軽く読んだだけではわかりづらいですが、早い話が動画でも駆動音がなく、ブリージングがなくて、MF時にも使いやすい設計ということであります。
とにかく、それまで不可能だと考えられてきたことを可能にした中望遠マクロレンズの登場なのであります。それはたいへんなイノベーションなのでしょう。筆者がこう書くと単純すぎて、すぐに終わりますが実際に使ってみるとけっこう感動します。
高性能の中望遠マクロレンズがそんなに小型軽量になるものかと、発表後も疑っていた筆者ですが、本レンズを最初に手にしたとき本当にびっくりしました。その存在があまりにも軽かった(褒めています・笑)からです。298g! という重量。これは素晴らしすぎます。
でも、鏡筒を見回わすと既視感がありますね。そう、LUMIXのF1.8単焦点レンズシリーズである焦点距離18、24、35、50、85mmと同じ最大径73.6mmx全長82mmを達成したサイズ感だからです。鏡筒の意匠も似ています。フィルターアタッチメントも67mm。
性格の歪んだ筆者ですから、以前なら個性に乏しい意匠だとか、意味もなく悪態をついてしまうところですが、もう年寄りの仲間なので、つまらないツッコミを入れたり怒ったりしません。大歓迎します。
小型軽量化を追求したために、作り込み、仕上がりの感動は少々薄めではありますが、パナソニックとしては、同じ鏡筒を使うことができればコストを抑えて製造できるのではという思惑もあるのでしょう。
筆者は虫とか花などは積極的には撮るわけではありませんが、アサインメントのロケ撮影では、ほとんどの場合、中望遠マクロレンズって持って行くことが多くなります。現場でイレギュラーな事態、注文が起きたときに対処することができる保険のためのレンズだからです。
たとえば地方の旅ロケで「アカギさん、とりあえず名産のブツにグッと寄りで押さえたカットもお願いします」と軽く指示する同行編集者の気まぐれな注文に付き合わねばならないことがあります。
筆者は「ったく、どうせ撮っても使わねえだろ」と内心では思いつつ、シブシブ指示に従い、三脚を用意し、ストロボをセットし、重たい中望遠マクロレンズをバッグから取り出して装着し、ゆるゆると撮影しているのですが、このレンズがあれば、にこやかな顔で気まぐれな要望にも素早く、気持ちよく応えられそうな気がします。ホントです。本レンズを買う理由を見つけているわけではありませんよ。信じてください。
軽い機材は間違いなく常に写真家に寄り添います。必ずしも使うかどうかわからないレンズを携行する場合は、小型軽量であることが一番なのです。
具体的な仕様をみてみましょう。最短撮影距離0.204m。最大撮影倍率は1.0倍。レンズ構成は11群13枚で、うち非球面レンズ3枚、UEDレンズ2枚、EDレンズ1枚を採用ということで、収差補正も万全となっています。公表されたMTFをみますと、天井に張り付き寸前で、しかも周辺まで均質性の高い描写性能であることがわかります。
実際の撮影結果ですが、正直、世界を変えるほどの高い超絶な描写とだったということはありません。ただ、それまでの高性能で有名とされるデカい中望遠マクロレンズと見分けのつかない品格のある描写をすることは間違いありません。
絞りによる描写変化は至近距離ではわずかにあるように感じますが、これは被写界深度による目の錯覚かもしれません。開放絞りからコントラストが高く、線の細い描写で、十分すぎるほどの実用性があります。しかもマクロだから硬い、という印象もありません。ボケ味もツッコミができないほど綺麗ですね。絞り羽根は9枚ということです。
撮影時に耳を澄ませても、AF駆動音は聞こえません。鏡筒に耳を貼り付けると、小さな音でウーウーと駆動音がしていることがわかるくらいです。
もちろん撮影距離で鏡筒の長さも変わりません。レンズ前面から、フォーカシングの様子を観察すると、内部のレンズが想像よりも思い切り大きな動きをして、一生懸命仕事をしていることがわかります。「デュアルフェイズリニアモータ」の威力を感じます。視認することができるので説得力があります。
シグマやライカSL系ユーザーにも本レンズは気に留めておいた方がいいと思います。