写真を巡る、今日の読書
第102回:ひとの日記を読んでみる――植本一子『降伏の記録』など
2026年1月21日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
飾り気のない日常の記録
新年が明け、新たな心持ちで日記をつけ始めたという方もおられるのではないでしょうか。私自身は、2020年に新型コロナウイルス感染症の流行を受けて政府が非常事態宣言を出した日からふと思い立ち、宣言が解除となった9月まで毎日日記を書いた経験があります。その時の写真と日記は『宣言下日誌』(kesa publishing)として出版されたのですが、今読み返しても当時のことがありありと思い出され、日記というものの記録性の重要さを改めて実感します。
日記は基本的に他人に見せるためにつけるものではありませんが、いざ他者の日記を読んでみると、これが実に興味深い。飾り気のない日常の記録は、むしろ一層のリアリティを伴って書き手を浮かび上がらせるようです。そこで今日は、「日記」という形式をとった書籍をいくつか紹介したいと思います。
『昨日、今日、明日、明後日、明々後日、弥の明後日』横尾忠則 著(実業之日本社/2025年)
1冊目は『昨日、今日、明日、明後日、明々後日、弥の明後日』。美術家・横尾忠則による日々の記録です。2019年12月から2024年12月までの約5年間を収めた日記で、その期間には、私が日誌を書いていた緊急事態宣言の時期も含まれています。
自分の日々と照らし合わせながら読むと、それぞれがその時々にさまざまなことを考え、行動していたのだということがわかり、とても興味深い読書体験でした。
また、日々の読書メモや美術に関する走り書き、その日に見た夢の記録のようなものも散りばめられており、著者の見ている世界を追体験しているような気分にもなります。なにより、5年間という時間の厚みのなかで日常が展開していくことで、美術家の生活がどのようなものなのか、1冊を通じて少し理解できるように思えます。
手の届くところに置き、休憩がてら数ページずつめくるような読み方がおすすめです。
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『降伏の記録』植本一子 著(河出書房新社/2017年)
2冊目は『降伏の記録』。著者は写真家の植本一子です。写真家の日記と聞くと、私としては世代も近い彼女の著作をまず思い出します。『働けECD―わたしの育児混沌記』から始まった日記形式のエッセイは、『かなわない』『家族最後の日』と続き、本書はその後の日々を綴ったものです。
夫であるミュージシャン・ECDのがん闘病に寄り添いながら書かれた時期で、そこで噴き出すネガティブな思いや心の弱さまで隠さずに記されています。人を傷つけながら、自分自身も傷ついていくその虚しさや悲しさがダイレクトに伝わってくるようです。
また、読んでいる自分の内側にも同様に潜んでいる、暗く黒い感情に改めて気づかされるようにも感じました。
文章のテンポや場面転換、感情の抑揚によってぐいぐい読ませる力を持ったテキストで、ここまで没入して読み込める日記は非常に稀なのではないかと思います。写真だけで構成された『うれしい生活』と合わせて読むのもおすすめです。
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『フリーダ・カーロの日記ー新たなまなざし』フリーダ・カーロ 著(冨山房インターナショナル/2023年)
最後は『フリーダ・カーロの日記―新たなまなざし―』。メキシコの美術家フリーダ・カーロによる、文字とドローイングが一体となったスケッチブック形式の日記をまとめた1冊です。
死の直前までの約10年間の記録で、夫への愛情や嫉妬、政治的信念やアイデンティティ、医療記録や身体的苦痛と精神の自由をめぐる言葉が、詩的なテキストとして綴られています。
初期から後期にかけての色彩感覚の変化や文字の崩れ方にも、10年間の流れが強く刻まれており、時間が彼女の身体と精神に与えた影響が視覚的に示されているようです。ビジュアル・ダイアリーとして生き生きと、かつ切実に伝わってくるフリーダの思考と感情を追うことで、絵画作品との関係やそのインスピレーションの源泉についても手がかりが得られるでしょう。
実際の日記の複写とともに日本語訳が掲載されているため、テキストも丁寧に読み込むことができます。解説も充実しており、フリーダ・カーロという1人の芸術家を知る入門としても適した1冊です。






