写真を巡る、今日の読書
第94回:スウェーデンの写真文化に触れる―日本では得難い視点や作品との出会い
2025年10月1日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
日本では得難い視点
前回の連載でも触れた通り、この夏は所属する大学の仕事のため、約2週間にわたりスウェーデンの首都ストックホルムへ出張していました。今回のプロジェクトは昨年に始まり、今年が2度目の渡航でした。滞在を通じて、スウェーデンの写真文化の歴史や現代写真に触れる機会が生まれ、日本との違いや共通点について多くを学ぶことができたように思います。
ストックホルムの写真関係者が必ず推薦する美術書店、Konst/ig Booksはスウェーデン出身の写真家の作品も幅広く網羅しており、日本ではなかなか見かけない写真集が多く揃っています。滞在のたびにこの店に長居し、トランクの重量を気にしながら、どの本を購入すべきかいつも悩んだほどです。日本では入手が難しいタイトルが多いものの、本稿ではその中で、国内でも手に入る可能性のある写真集をいくつか紹介したいと思います。
第85回目の連載では、スウェーデンの写真家モルテン・ランゲやアンダース・ピーターセンらをピックアップし紹介しましたので、今回はさらにその他の写真家にも目を向けてみたいと思います。
スウェーデンの写真文化に触れることで、日本では得難い視点や作品との出会いが生まれ、海外での活動が自己の写真観にも新たな刺激を与えてくれることを実感しています。
『ISLAND』Julia Hetta 写真(Union Publishing Limited/2023年)
1冊目は、ジュリア・ヘッタによる『island』です。ジュリア・ヘッタは、ファッションブランドとのコラボレーションでコマーシャル分野でも活躍する一方、現代アートの分野でも高い評価を受けているスウェーデンを代表する写真家の1人です。
今回の渡航では、ジュリアのレクチャーやワークショップに参加する機会があり、秋には私が所属する大学でワークショップを開催していただく予定もあるため、ストックホルム滞在中には何度も写真について意見交換をすることができました。彼女の作品には絵画的なインスピレーションのみならず、植田正治など日本の写真家の主観主義や画面構成からの影響も感じ取れます。特に北欧特有の静謐さと、日本の陰翳礼讃にも通じる影と光の表現が融合した独特の詩的な写真世界が魅力です。
本作『island』は、スウェーデンのゴットランド島の北側、フォーレ島を舞台にしており、独創的な造形感覚とトーンを存分に味わえる1冊となっています。
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『Elf Dalia』Maja Daniels 写真(MACK/2019年)
2冊目は、マヤ・ダニエルズによる『Elf Dalia』です。マヤはスウェーデン出身で現在はイギリスとスウェーデンを拠点に活動する写真・映像作家です。
本作はスウェーデンの山村「エルヴダーレン」を社会学的かつ詩的に描いた傑作で、複数の写真賞も受賞しています。エルヴダーレンは古くからルーン文字や固有の言語が根付いた伝説的な地域であり、そこに暮らす人々を繊細な光と淡い風景、時に力強い光で捉えながら、発明家テン・ラース・パーションの写真アーカイブを交え幻想的なドキュメンタリー作品としてまとめられています。テーマやモチーフはもちろん、北欧ならではの光が美しい映像群が印象的です。
写真表現の新しい構文を得られる視覚体験の1冊となっており、現在は古書流通で高騰していますが、巡り合えた際はぜひ手に取ってみてもらいたい写真集です。また、本作の続編とも言える「GERTRUD」は日本の便利堂が主催するHARIBAN AWARDも受賞しており、今年の春に行われたKG+では展示も行われました。同名の写真集も販売されておりますので、こちらも是非チェックしてみてください。
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『KLARA KÄLLSTRÖM & THOBIAS FÄLDT』(Verlag der Buchhandlung Walther Konig/2024年)
3冊目は、『KLARA KÄLLSTRÖM & THOBIAS FÄLDT』です。クララ・ケルストロムとトビアス・フェルトはスウェーデン・イェーテボリを拠点に共同制作を続ける写真家デュオです。
彼らの作品に通底するテーマは、写真が歴史にどう関与し、時間の経過とともにその意味がいかに変化するか、そして個人の視点から再構成される社会的・歴史的記録についてです。特にジュリアン・アサンジの「ウィキリークス」にまつわるシリーズでは、メディアや広く流通する「物語的」報道への問いやメッセージが込められています。
また、写真集という形態で写真や資料の複写、テキストを組み合わせる手法は、世界中の美術館でコレクションされるほど高く評価されています。
本書はこれまでの彼らの12冊分の作品をまとめ、2023年のハッセルブラッド財団での展覧会にあわせて刊行されたアートブックです。こちらも中古市場で高騰していますが、機会があればぜひ手に取っていただきたい1冊です。