写真を巡る、今日の読書
第79回:「ストリート」がキーワードの小説
2025年2月19日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
最初に読んだ小説は何だったろうか…
先日あるお酒の場で、最初に読んだ小説はなにか、という話題になりました。考えてもなかなか思い出せなかったのですが、多分赤川次郎か星新一だろうなという気がしました。ぼくらシリーズの宗田理だったかなとも思ったのですが、調べてみると『ぼくらの七日間戦争』が映画化されたのが1988年と出てきたので、小説を読んだとすればその後であるはず。そうなるとやはり、上記2人のどちらかだったのだと思います。
『南総里見八犬伝』や『三国志』も好きで読んでいた記憶がありますが、それが小学校のどの時期だったのか、どの訳者や著者によるものだったのかは思い出せませんでした。高学年の頃には、アガサ・クリスティーをずいぶん気に入って読んでいたような記憶があります。
昔読んだ本の記憶は、もうちょっと整理してからまたご紹介するとして、今日は別の観点からいくつか小説をピックアップしてみたいと思います。ひとえに小説といっても、本当に多様なテーマが浮かびますが、今日は「ストリート」をキーワードにしてみましょう。
『イッツ・ダ・ボム』井上先斗 著(文藝春秋/2024年)
1冊目は、『イッツ・ダ・ボム』。2024年に同作で第31回松本清張賞を受賞した、井上先斗のデビュー作です。グラフィティライターを中心に描かれた物語です。
グラフィティというのはいわゆる街中の落書きですが、大学卒業後、しばらくストリートアートを扱うギャラリーで仕事をしていた私にとっては親近感のあるテーマで、迷わず手に取った1冊です。
話はフリーランスの記者が、素性不明のグラフィティライターを取材し始めるところから始まります。後半は、1人のグラフィティライターを主人公にしてストーリーが進んでいくのですが、グラフィティというカルチャーを丁寧に解説しつつ、物語がスピーディーに進んでいくため、グラフィティそのものに知識がなくとも十分話に引き込まれるでしょう。スリリングで疾走感があり、夜の空気感が印象的な小説です。
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『僕という容れ物』檀廬影 著(立東舎/2019年)
2冊目は、『僕という容れ物』。著者は、DyyPRIDEの名義でSIMI LABのラッパーとしても活躍した、檀廬影です。日本人と黒人のハーフとして育った著者自身が抱える葛藤や苦しみが描かれつつ、後半では「ギン」という同じ境遇を持つもう1人の主人公の物語が展開されます。
私小説的な生生しさと幻覚的な歪んだヴィジョンが交差する、不穏で乾いたトーンとリズムが非常に印象的です。言葉の繋げ方や語り口もどこかラップのリリックを感じさせるところがあり、実際に途中でSIMI LABの音楽を聴いてみるとその世界観により深く没入できるように思います。
深い低音を響かせながら、鮮やかな色彩が飛び交うような文体が1冊のなかで保たれており、流れるように読み進めることができるでしょう。文章そのものから伝わる切実さが、何よりも頭に残る小説だと思います。
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『重力ピエロ』伊坂幸太郎 著(新潮社/2006年)
3冊目は、『重力ピエロ』。2003年に発表された、伊坂幸太郎作品としては割合初期の作です。今回1冊目で紹介した井上先斗のプロフィールに、「敬愛する作家は伊坂幸太郎」という1文を見つけ、そういえば伊坂作品にもグラフィティが出てくる話があったなと思い出したのが本作です。
とはいえ、グラフィティやストリートに関して深く書き込んだ小説というわけではないのですが、まだこの連載で伊坂作品を紹介したことがなかったことに気づき、3冊目として選びました。本作は、2009年に映画化もされているのですが、渡部篤郎演じる人物の外道さとその演技が深く印象に残っています。
伊坂作品に散りばめられる言葉の使い方や言い回しが参考になることもそうですが、私の故郷である仙台が舞台になっている作品が多いことも手伝って、ほとんど全ての著作を読んできたのではないかと思います。『重力ピエロ』は、その中でも特に印象に残っている1冊です。その他に、阿部和重との合作で、蔵王のお釜の謎をめぐる『キャプテンサンダーボルト』など、他にもいろいろ紹介したいのですが、それはまた次の機会に。