写真を巡る、今日の読書

第78回:難解なこともある現代美術を楽しく

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

芸術や美術の楽しみ方

この時期になると、大学では卒業制作展の準備が佳境に入り、毎晩遅くまで学生たちが4年間の集大成となる展示の準備を進めています。各大学の卒展巡りをするのが、この時期の楽しみのひとつだというアートマニアの方も多いのではないでしょうか。また、本連載の読者である写真を愛するみなさんにとっても、若い学生たちがどのような写真を撮っているのかは興味のあるところではないかと思います。

卒展には写真だけでなく、彫刻やドローイング、インタラクティブアート、映画など様々な分野の芸術が展示されています。若いアーティストたちによるそれらの作品群は、いわゆる現代美術の最たるものだと言っても良いでしょう。

テーマやコンセプトが難解なこともある現代美術は苦手だという声もよく聞きます。本連載でも、何度か芸術や美術そのものに関する書籍を取り上げてきましたが、今回も芸術や美術の楽しみ方に触れられるような本をいくつかピックアップしてみたいと思います。

『常識やぶりの天才たちが作った 美術道』パピヨン本田 著(KADOKAWA/20234年)

1冊目は、『常識やぶりの天才たちが作った 美術道』。現代美術家でもあり、漫画家でもある著者が現代美術を楽しむためにまとめたという1冊で、マンガやイラストを用いつつ、作家や作品、あるいはその文脈を知るためのキーワードをわかりやすく解説しています。

いわゆる現代美術の始祖とも言われるマルセル・デュシャンから始まり、アンディ・ウォーホルやジェフ・クーンズ、岡本太郎といった作家を取り上げ、現代美術と呼ばれるものが構築されていく過程と、それぞれの作家の特徴的なエピソードが紹介されます。まさに今現在も活躍しているバンクシーやトレイシー・エミンといった作家も挙げられていますし、写真家ではシンディ・シャーマンが紹介されています。

元祖自撮り作家であり、「引用」や「コラージュ」「サンプリング」といった現代美術で用いられる手法を多く取り入れたシンディ・シャーマンの制作から写真の力を考えてみるのも面白いでしょう。とにかく読みやすく、エンタメ的に現代美術について知ることができる1冊だと思います。

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『芸術のわるさ コピー、パロディ、キッチュ、悪』成相肇 著(かたばみ書房/2023年)

次は、『芸術のわるさ コピー、パロディ、キッチュ、悪』。雑多な各種視覚文化を、普段美術館では取り上げられないような物事も含めて構成する展覧会を企画してきた学芸員である、成相肇による1冊です。1950年代から1980年代までの様々な美術やマンガ、広告、あるいはそれらを取り扱った裁判なども含めて「コピー」や「パロディ」、「キッチュ」という観点から複製文化を紐解いた内容となっています。

視覚美術を通した文化論と言っても良い構成ですが、写真家も多く取り上げられています。例えば中平卓馬に関しては、旧国鉄が展開した「ディスカバー・ジャパン」という大規模なイメージ広告に対しての批判が取り上げられています。いかにも広告的な都合の良いイメージの切り取りを「前近代への優越」「虚構」であるとした言説です。広告というイメージに濫用される「幻想」のようなものを考えるには、良い資料になるでしょう。

また「植田正治にご用心」と題された章も、大変興味深いものです。植田の写真家としての評価と、多用される「演出」「フィクション」に関して、実際の写真を取り上げながら考察されています。植田の写真家としての戦略は、私にとっては、なるほどと参考になるものでもありました。論考、評論がまとめられたものではありますが、決して難解でも退屈でもない、読ませるテキストですので、是非。

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『アートの力』マルクス・ガブリエル 著(堀之内出版/2023年)

最後は、『アートの力』。気鋭の哲学者として日本でも人気が高く、特に『なぜ世界は存在しないのか』で話題となったマルクス・ガブリエルによる芸術論です。上記2冊と違い、作品や作家そのものの解説を中心としたものではありません。「アート」とはなにかに迫った論考です。

「アート」とは、それそのものが独立した秩序を持って自律している、という論点を中心に展開されていきます。私が特にハッとしたのは、「アート作品は解釈抜きには存在しない。ただし ~中略~アートを解釈することと、理論的に分析することは、はっきり区別されねばならない」という言葉です。実際大学という教育・研究機関にいると、「分析」することに慣れてしまって、それが「解釈」でもあると勘違いしてしまうことがまさにあると改めて思います。

アートを「解釈」することの重要さがこの本からは豊かに読み解くことができるでしょう。また、「解釈」とは、「自由に好きなように感じること」「鑑賞者が勝手に感じること」とは全く違う態度であるということもわかるのではないかと思います。テキストも読みやすくデザインされており、おすすめの1冊です。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。