写真を巡る、今日の読書
第77回:写真というメディアにしか表現できない「なにか」…吉江淳写真集『出口の町』など紹介
2025年1月22日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
2024年に刊行された近作から
前回、新年1回目の連載では、心新たに眺めたいいくつかの写真集を紹介しましたが、今回も引き続き写真集に目を向けてみたいと思います。昨年刊行された近作のなかから、まだ紹介できていなかったいくつかの本を取り上げてみましょう。
『NEW YORK(新版)』北島敬三 著(PCT/2024年)
1冊目は、『NEW YORK(新版)』。1982年に出版された北島敬三の代表作『New York』の増補版とも言える新版写真集です。本作は、オリジナルに収録されていたモノクローム写真のほか、1980年代後半に撮影されたカラー写真が加えられています。
学生時代、ストリートアートに傾倒していた私にとって、グラフィティライターについて描かれた映画『ワイルドスタイル』で繰り返し見ていた80年代のニューヨークという街が、写真というメディアによって紡ぎ出されたようにも感じられた北島の作品には、ずいぶん憧れて何度も図書館で写真集を捲ったのを覚えています。
卒業してからも、古書店でその写真集を見つけては価格に怖気付いて購入できていなかった1冊でしたので、この新版刊行の発表は昨年嬉しかったニュースのひとつでもありました。
巻末の北島のエッセイや倉石信乃の寄稿文からも、当時の空気感や本書の写真史的な重要性が読み取れます。写真というものに封じられる時代の熱量のようなものが、ふんだんに感じられる写真集です。この機会に是非。
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『I’m So Happy You Are Here: Japanese Women Photographers from the 1950s to Now』Pauline Vermare 編集他(Aperture/2024年)
2冊目は、『I’m So Happy You Are Here: Japanese Women Photographers from the 1950s to Now』。昨年、ストックホルムの写真学校で招待講演を行う機会を頂いたのですが、そこで日本の現代写真について話す際に資料として紹介した本のひとつです。
聴講者のなかには女性も多く、男女格差の排除や平等性が日本よりもはるか昔から進んでいる北欧において、日本における女性写真家の系譜はなによりも気になるトピックのひとつだったようで、講演後のQ&Aでも女性写真家の地位や働き方について多くの質問があがりました。本書はその点において、女性写真家の仕事を細やかに、かつ横断的に捉えた良書であると言えるでしょう。
和書でもここまでしっかりと体系的にまとめられた類書は見つからないため、資料としても非常に価値のある1冊だと思います。和訳でも刊行してもらいたいところですが、図版が豊富な構成になっていますので、洋書でも十分参考になるのではないでしょうか。
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『出口の町』吉江淳 著(ふげん社/2024年)
3冊目は、『出口の町』。第25回三木淳賞受賞作である吉江淳の「出口の町」がまとめられた写真集です。
吉江の生活する群馬県太田市を中心に、ある種なにもなく、特徴のない日本の風景にレンズを向けた作品です。しかしながら、作者が「愛着のない地元」と評する風景写真を眺めていると、殺伐としているようでいて、どこか追憶の彼方にある自らの故郷の風景と重ね合わせてしまう読者は、私だけではないでしょう。
私は仙台の生まれで、比較的都会で生まれ育ったと言えるかもしれませんが、本作に出てくる多くのシーンからは、なぜか懐かしくどこか虚ろで、不満はないけれど「何もない」と感じていた少年時代の感覚がフラッシュバックするような体験が得られました。それは、視覚を通して後天的に生成された生理に機能するようなものなのかもしれません。
写真というメディアにしか表現することができない「なにか」が、これらの写真群には多く含まれているように思います。