写真を巡る、今日の読書
第76回:写真集を眺めて心新たに
2025年1月8日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
写真集からはじまる1年
年が明けて仙台の実家から帰京すると、毎年決まって、様々な写真集を眺める時間を設けています。アーヴィング・ペンやリチャード・アベドン、あるいは細江英公や奈良原一高といった写真家たちが残した作品を正月に眺めることは、1年の始まりとして、私にとってとても重要な儀式のようなものになっています。
写真の美しさや力強さ、また写真に対する態度のようなものを改め、新たな抱負をそこで持つことにより、その年が始まるような気がします。手に取る本はずいぶん昔からコレクションしているものが多いのですが、今回はその中でもまだ手に入りやすい本と、近年発売されたなかからいくつかをご紹介したいと思います。
『内藤廣+石元泰博 空間との対話』内藤廣 著(ADP/2013年)
1冊目は、『内藤廣+石元泰博 空間との対話』。石元泰博は、正月に必ずその写真集を見返す写真家のひとりです。『シカゴ、シカゴ』や『桂離宮』は、常に自分の写真家としての視点や目の前の風景の見方を正しく矯正してくれるような作品です。
本書は、石元が捉えた建築写真によって編まれた1冊ですが、その写真群を眺めると、視点が矯正されるという意味がお分かりいただけると思います。建築の持つ線と空間をここまで見事に把握することは、通常の見方ではなかなか辿り着くことができないのではないかと思います。
写真家としての優れた観察眼と共に、写真というメディアが持つ情報の伝達力と表現力がよく分かります。ただ見たまま、感じたままに写すのではなく、1枚の「写真」として建築や風景、光を表現するにはどのような視点が必要になるのかを理解することができるでしょう。
あとがきにおいて内藤が「言葉なき対話である。写真を見ていただければ、お分かりいただけるものと思っている」と書いている通りの、優れた写真集であると思います。
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『Advice for Young Artists』アレック・ソス 著(MACK/2024年)
2冊目は、『Advice for Young Artists』。アレック・ソスの最近作でもある本書は、アメリカ全土の美術学校を訪問した際に撮影された、若いアーティストたちの作品を含んだスナップによって構成されています。
タイトルにあるような格言的な教えや、なんらかの教育的な指導、批評を表したものではなく、各所で出会った若い美術家志望の学生の姿や作品を現代の諸相のひとつとして記録するように紡がれているように感じられます。
時折挿入されるポストイットの手書きの言葉には、芸術哲学に関連するような重要な言葉であるかのような装いがありつつ、一方で取り留めのない曖昧なテキストにも見えます。それは1つの限定的な「界隈」が写されたものであり、芸術教育の現場を通したアメリカの「今」を捉えた記録として読むことで、より様々な発見があるのではないかと思います。
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『Look at the U.S.A.: A Diary of War and Home』Peter Van Agtmael 著(Thames & Hudson/2024年)
3冊目は、『Look at the U.S.A.: A Diary of War and Home 』です。マグナムに所属するジャーナリストであるピーター・ヴァン・アグトマエルによる、現代アメリカの記録です。
アフガニスタン戦争などの前線で撮影された写真に対して、ある種の対照として皮肉的で非現実的に見えるアメリカ国内の現実を鮮やかに編み込んでいます。ドナルド・トランプのキャンペーンの様子やその支持者たちの集会といった、ある種の狂騒を戦地の暮らしと相互に紡ぐことで、アメリカというイメージを1冊の写真集に記録し、表しています。
アメリカという国のそれぞれの時代の記録には、ウォーカー・エヴァンスの『アメリカン・フォトグラフス』やロバート・フランクの『アメリカンズ』、アレック・ソスの『Sleeping by the Mississippi』など、写真史に残る多くの名著がありますが、本書もまた現代アメリカの記録として重要な写真集であると思います。写真というメディアのもつ表現力、伝え方という点を考え学ぶことのできる作品でもあると思います。