写真を巡る、今日の読書
第71回:故郷や帰属意識…自分の物語を写真で表現する
2024年10月30日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
その土地や文化に関わる写真表現
写真芸術には、記録と表現という2つのバランスが関わることは、多くの写真論から読み解くことができます。それは、ジャーナリズムのジャンルにおいても、ファインアートのジャンルにおいても変わりません。構図やトーン、露出の決定といった写真表現が不足した記録写真には、人の心を動かすような力が備わりにくいでしょうし、写真の機械的な記録性を全く無視したような芸術写真には、写真というメディアそのものを用いる必然性が感じられないものです。
その辺りのバランスを考えるということそのものが、写真表現の難しいところでもあるのですが、今日は少し的を絞って考えてみたいと思います。
写真を写すということは、目の前の出来事にレンズを向けるということでもあります。シャッターを押した一瞬には、時代や地域、あるいはその場その時を構成する様々な属性が映り込むと言って良いでしょう。ドキュメンタリーやスナップ、あるいは肖像や群像を含めた人物写真は、特にその影響を強く受けるでしょうし、風景や静物にもそれは少なからず写し込まれるように思います。
今日は、その土地や文化に関わる写真表現について参考になりそうな写真集をいくつか紹介したいと思います。記録と表現のバランスについて考えるには、良いアプローチのひとつになるのではないでしょうか。
『Mo Yi: Selected Photographs 1988-2003』Mo Yi 著(Thames & Hudson/2022年)
1冊目は『Mo Yi: Selected Photographs 1988-2003』。文化大革命後、1980年代から現在に至るまで、中国国内において最も重要な写真表現を残してきた1人であるモー・イー(莫毅)の仕事が俯瞰できる1冊です。
ドキュメンタリー写真に実験的な手法を組み合わせた独自のアプローチによって、シリーズごとにその映像表現が変化すると共に、1人のアーティストの鮮やかな視点が確かに表現されていることがわかります。
政治色の強い作品から、ストレートなストリートスナップまで、多様な表現手法によって、中国という地と時代の変化が捉えられており、1冊を通して多くの発見がある写真集になると思います。
◇
『Pao Houa Her: My grandfather turned into a tiger ... and other illusions』Pao Houa Her 写真(Aperture/2024年)
2冊目は、『Pao Houa Her: My grandfather turned into a tiger ... and other illusions』。作家のパオ・フア・ハーは、中国南西部や東南アジアに住む民族であるモン族をルーツとしたアメリカ人写真家です。
幼い頃に暮らしたラオスにおける家族の歴史や、モン族の歴史における事件などを軸に、風景や肖像写真を巧みに組み合わせながら1つのストーリーとして再構築が試みられています。
カラーとモノクロが混在し、肖像、静物、スナップ、タイポロジー的アプローチなどを組み合わせ、非常にリズミカルで鮮やかな編集によって展開されています。自らの故郷や帰属意識といった感覚を、概念的なかたちで写真というイメージに昇華した作品となっていると言えるでしょう。
自らの物語を、よりコンセプチュアルな装いで1冊の写真集として紡ぎあげるという点において、非常に参考になる1冊ではないかと思います。
◇
『Justine Kurland: Girl Pictures 』Justine Kurland 写真(Aperture堂/2020年)
最後は、『Justine Kurland: Girl Pictures』です。本作は、様々な舞台的演出写真でも知られるカーランドの代表的な作品である「Girl Picture」が再編された1冊です。
男性主権的な家父長制に抵抗して家出した少女たちがたどり着いたフロンティアを舞台に、豊かで美しく、タフに生き抜くある種のユートピアが描かれています。自然なスナップや群像にも見える写真群には、ロードトリップ的な要素やビートニクに通じるカウンターカルチャーの流れも感じられ、詩的で豊かなストーリーが描かれます。
上記2冊の世界観とは全く違う、アメリカという土地特有の空気感が感じ取れるでしょう。ライアン・マッギンリーなどの写真表現にも通じる流れとして、是非1度手に取って欲しい写真集です。