写真を巡る、今日の読書

第72回:写真史に名を残した写真家…その作品群を眺め直しておきたい

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

作品群を眺め直しておきたい作家

今年は例年にも増して良い写真集が多く出版されています。この連載でも、いつもに比べて写真集を取り扱う回が格段に増えたような気がします。

新しい写真家や注目している写真家の新作が見られることはもちろん嬉しいのですが、時には写真史に名を残した写真家を振り返るのも大変興味深い読書のひとつです。

今回は、最近発売されたなかでも、改めてその作品群を眺め直しておきたい作家の写真集をいくつか紹介したいと思います。

『安部公房写真集 PHOTOWORKS BY KOBO ABE』安部公房 著(新潮社/2024年)

1冊目は、『安部公房写真集 :PHOTOWORKS BY KOBO ABE』。言わずと知れた、数々の前衛的作品を残した小説家ですが、多くの方がご存知のように、写真にも積極的に携わっていたことで知られる作家です。

今年は生誕100周年ということもあり、この写真集をはじめ、多くの安部公房関連の作品が発表されました。小説『箱男』は最も写真との関連も強い作品のひとつですが、石井岳龍監督によって映画化され、都内でもユーロスペースとTOHOシネマズ シャンテで公開されました。私もシャンテで鑑賞しましたが、石井監督作に永瀬正敏、浅野忠信というキャスティングとその映像は、学生時代に観た様々なインディペンデント映画の記憶が呼び戻されるような1本になっており、なんとなく懐かしい気分にもなりました。映画を観終わったあと、改めて本書を読み返しましたが、また新たな発見があり興味深いものでした。

これまで、安部公房の写真をまとまって見られるのは、1996年に出版された、入手困難な『Kobo Abe as Photographer』だけでしたが、本書によってより多くの写真をまとめて俯瞰できるようになりました。少し値が張る写真集ではあるものの、装丁も美しく良い写真集だと思います。少なくとも、安部公房のファンにとっては必携の1冊になるでしょう。

 ◇

『Solitude Standing』小島一郎 写真(roshin books/2024年)

2冊目は、小島一郎の未発表作を含め新たに編集された『Solitude Standing』です。写真家としての活動期間はわずか10年ほどでありながら、残されたその作品群が近年再評価されている写真家です。

出身地とその活動に関連する青森県立美術館では、作品が多くコレクションされていると共に、以前この連載でも紹介した『小島一郎写真集成』を監修しています。先に出された写真集成も、ヴォリュームとしては申し分ないのですが、今回紹介する本書は、小島の写真群の中からその孤高の立ち位置と視点、あるいは孤独といった面から作品群が再編集された1冊になっており、小島の写真芸術を読み解くには非常に良くまとめられた写真集になっているように思います。

小島独特の、畑仕事をする人物のシルエット表現もそうですが、本書ではそれ以上に表情豊かな雲の表現が、小島の写真を良く象徴しているように私には思えました。

 ◇

『Man Ray: Liberating Photography』Nathalie Herschdorfer 著(Thames & Hudson2024年)

最後は、『Man Ray: Liberating Photography』。写真研究者のNathalie Herschdorferによって編集された1冊です。マン・レイの写真は、写真ファンであればどこかで1度は拝見したことがあるものでしょう。シュールレアリスムの時代、写真を用いて前衛的でコンセプチュアルな表現を切り拓いた作家であり、同時にポートレートの名手でもあったマン・レイの作品は、見るたびに様々な発見がある作品群であると言えるでしょう。

これまでにも、マン・レイの作品をまとめた作品集というのは数多く発刊されてきましたが、レイアウトや編集、印刷などの違いによってその表情が変化して見えるというのは興味深いところです。普通の写真というのは、印刷がきれいなほうがもちろん良いのですが、マン・レイの場合ラフな印刷でもそれはそれでまた違う見え方が現れて来るように思えます。

その点で言うと、本書の印刷は非常に美しく印刷されている部類ではないかと思います。ハイライトからシャドウまでトーンも感じられますし、より写真的な見応えにシフトした仕上がりになっているように思いました。

代表的な作品も収められていますが、あまり他の類書では見たことがないポートレートや静物写真も取り上げられているため、資料としても非常に良い1冊になるでしょう。鮮やかなペールグリーンと箔押しが美しい装丁になっており、モノとしての写真集としても非常に良く出来ていると思います。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。