写真を巡る、今日の読書

第70回:モノや人物の本質へ向けた鋭い視点と、写真への情熱/細江英公の作品集

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

写真に対する深い情熱を

先月9月16日(月)に細江英公先生が逝去されました。私は、東京工芸大学在学中に先生の指導を受けた学生のひとりですが、現在の私が写真家として、また教育者として写真に携わっていられるのは、まぎれもなく細江先生の教えを受けたからに他ならないと改めて感じているところです。

なによりも、写真に対する深い情熱を伝えてくださったことには、今も深く感謝しています。その情熱の伝播こそが、細江先生の写真教育の真髄だったのではないでしょうか。また、高い熱量が込められているからこそ、細江作品が国を越え、世界中で最高峰の評価を得たのだと思います。

代表作には『鎌鼬』や『薔薇刑』、『おとこと女』などの名作がありますが、今日はまだ手に入る作品集のなかからいくつかをご紹介したいと思います。

『花泥棒 細江英公写真絵本』細江英公 著(冬青社/2009年)

1冊目は、『花泥棒 細江英公写真絵本』。写真絵本として仕上げられた1冊で、詩を早坂類が、モチーフとなった人形を鴨居羊子が制作しています。

撮影は1966年。『薔薇刑』を撮り終え、『鎌鼬』の制作に取り掛かる少し前になろうかと思います。細江自身の代表作が相次いで生まれた時代の写真です。その後数十年を経て、「花泥棒」として早坂類の詩を重ね合わせて編まれたのが本書になります。

細江による人形との対話と旅が記録された1冊であり、また早坂の詩によりその世界観が文字によって顕在化した作品として、非常に重要な本であると言えるでしょう。

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『原罪の行方 最後の無頼派 ヨシダ・ヨシエ 細江英公人間写真集』細江英公 著(窓社/2008年)

2冊目は、『原罪の行方 最後の無頼派 ヨシダ・ヨシエ 細江英公人間写真集』です。モデルとなったのは、戦後間もない1950年代初頭に丸木位里・俊夫妻の『原爆の図』を担いで全国を行脚したことでも知られる、美術批評家のヨシダ・ヨシエ。

ボードレールの詩を散りばめながら、細江によって舞台化された写真の世界で佇むヨシダの姿は、舞踏の一瞬を見ているようにも感じられるのではないでしょうか。躍動感溢れる彫刻のように、その人物の本質とも言える姿を写し留めた写真群からは、『鎌鼬』や『薔薇刑』と共通した讃歌が読み取れると思います。

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『気骨 細江英公人間写真集 われらが父、われらが祖父。』細江英公 著(博進堂/2011年)

3冊目は、同じく人物を写した写真集として『気骨 細江英公人間写真集 われらが父、われらが祖父。』をご紹介したいと思います。「戦後日本経済の開拓者たち」とサブタイトルが付けられた本書には、原安三郎や江崎利一、出光計助といった三十四人の実業家たちの姿が記録されています。どの写真にも漂う凛とした佇まいと力強い眼差しには、まさに終戦後の日本を支え育んだ「気骨」が顕現するようです。

本書は、『季刊 中央公論経営問題』で掲載された写真をまとめたものですが、私自身も雑誌などで肖像を含んだ取材仕事をすることがあり、そんなときには「細江先生ならどうするか」とこの写真集を思い浮かべることがあります。

あとがきで細江は、これらの肖像を「日本人の顔の原型」であると語っています。今の時代にこそ、日本人の精神性を象徴する本書のような写真群を眺めることが必要なのかもしれません。

どの写真集を眺めても、細江英公によるモノや人物の本質へ向けた鋭い視点と、写真というメディアへの情熱が感じられることだと思います。是非、この機会にもう1度細江作品に触れていただければ幸いです。末筆にはなりますが、先生にいただいた生前のご厚情に深く感謝申し上げます。いただいた多くのお言葉を、様々な場でお伝えしていきたいと思います。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。