写真を巡る、今日の読書

第60回:何を考えながら、どのように写真と関わるのか

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

迷いながら、寄り道しながら…

今日は、写真に関する読み物をいくつか紹介したいと思います。何を考えながら写真を撮るのか、見るのか、あるいはどのように写真と関わるのか。写真というメディアが持つ多様性というのは、それこそ人それぞれであると言えるくらい、その裾野が広がり、また深くなっているように思います。

学生たちと話していても、写真て面白い、とはっきり自分では分かっていても、果たして写真で自分が何をしたいのかと考えると、その答えを見出すのは簡単ではないようです。翻って私がその答えを見出したのかと言えば、そうだとも、まだまだだとも言えます。

商業写真に携わったり、写真に関して何か書いてみたり、あるいは美術としての作品を制作したりと、そのスタンスやアプローチはその時ごとに違いますし、明確な目標があるのかと言えば、特に無いようにも思います。あるとすれば、一生写真に関わりながら生きていきたいな、という漠然とした夢のようなものです。むしろ目標があるようで無い、暗中模索で写真にすがり続けてきたからこそ、今までやってこられたようにも思います。

様々な写真家の文章を読んでみると、どうもそれは私だけではないようだというのが分かります。一見、理路整然と写真に向き合っているように見える写真家や写真研究者も、迷いながら、寄り道しながら、あるいは行き当たりばったりで進んできたという方は少なくないようです。

『杉本博司自伝 影老日記』杉本博司 著(新潮社・2022年)

さて1冊目は、『杉本博司自伝 影老日記』。世界的な美術家である杉本博司の半生が綴られた自伝になります。日本経済新聞紙上で連載した「私の履歴書」をベースに加筆され1冊にまとめられた本書には、幼少期から現在に至るまでの杉本の道のりが詳細に描かれています。

自身は「書けないことの方が面白いに決まっている。」とあとがきで書いていますが、実際の内容は私からすれば随分「裏」のほうまで開陳していて、波乱万丈な人生を読み込むことができます。

写真家から美術家へ、さらに仏教美術蒐集家、舞台芸術家へとその活動の幅を広げていく様は、必ずしも高い志や目標に沿ったものではなく、その時々の時勢や運に身を任せた部分も多いのだということが感じられ、私にはそれがある種の希望のように読み取れました。

熱心な読書家でもある著者らしく、時折挟められるアーティストや文学者、科学者の言葉は、杉本博司という1人の現代美術作家を構成する要素を非常に分かりやすく表現しているように思えます。最終章、「私の人工衛星」で書かれているニュートンの警句と、キャリア最初期を描いた「現代美術への道」で引用されたデュシャンの言葉、「答えはない、なぜなら質問がないからだ」はその際たるものだったと思います。

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『晴れときどきライカ』落合陽一 著(文藝春秋・2023年)

2冊目は、落合陽一による『晴れときどきライカ』。メディアアーティストでもあり研究者でもある著者の、写真家としての視点が読める1冊です。

「文學界」で2019年から2021年末まで連載した「風景論」に加筆が施されてまとめられた作品になっており、時系列に日記的な体裁を取りつつ、スナップを中心とした写真とエッセイが編まれています。レンズを通して「見る」ということがどんなことなのか、写真とはなんなのか、ある種曖昧で抽象的なかたちで論じられてきたことも多いトピックが、非常に明快に自身の言葉で語られているように思いました。

もちろんそれは、私の写真に対する考え方や態度ともまた違うものですし、読者の皆様とも異なるものではあると思いますが、写真に関する1つの関わり方として、興味深いものであることは間違いないでしょう。

オールドレンズやライカなども含め、様々なレンズとカメラを用いた写真を、その文章と並べながら眺めると、著者の視点を追体験しているような感覚も得られるでしょう。

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『迷走写真館へようこそ』大竹昭子 著(赤々舎・2023年)

今回最後に紹介するのは、『迷走写真館へようこそ』。写真関係の文筆家として多くの仕事に携わってきた大竹昭子による、2013年から2017年に渡って「ギャラリー時の忘れもの」のWebサイト内で連載された「迷走写真館」のテキストを元に構成された1冊です。タイトルや写真家の名前が伏せられた1枚の写真と大竹のエッセイによって、様々なイメージを鑑賞することができます。

写真というのは、なかなか「読み込む」のが難しい美術のひとつだと思いますが、大竹のテキストを手がかりに写真を眺めてみると、今までとはまた違った想像力が喚起されることで、新たな読み方が可能になることが分かります。

個人的には、今まで見たことがある写真が、著者の目からはそのように見えるのか、そこに視線が向くのかといった驚きがあり、改めてそれぞれ見る側によって写真は違った物語を生み出すのだということを痛感しました。

写真を鑑賞するって難しい! と感じられている方には、是非1度手に取ってもらいたい本のひとつです。巻末には、それぞれの写真がどの写真家の作品だったのかも紹介されていますので、ディープな写真ファンには答え合わせも楽しんでいただけると思います。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。