写真を巡る、今日の読書

第61回:自分の写真を説明する言葉

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

文章の構成や技法のヒントに

写真表現には言葉が必要になるシーンが非常に多いことは、この連載でも何度か触れ、写真家のエッセイなどを多くご紹介してきました。今回は、文章を書くことそのものに参考になりそうな本をいくつかピックアップしてみたいと思います。

自分の写真を説明するときや、良いと思った写真についてその魅力を自分なりの言葉で説明したいと思った経験はあるでしょうか。中にはそのような説明が得意であるという方もいらっしゃると思いますが、実際にはなかなかうまく言葉が出てこないという方も多いのではないかと思います。

「美しさに惹かれて」とか「心が動かされて」といった曖昧で抽象的な言葉でしか説明ができないということもあるでしょう。詩的な言葉の連なりになってしまって、具体性に欠けてしまうということもあるかもしれません。

もう少し良い言い方はないものかと常に悩むのは、私もまた同じです。仕事柄こういった文章を日常的に書いていても、なかなかスムーズに書き連ねることは難しいものです。そんなわけで、今日は文章の構成や技法のヒントになりそうな本を挙げてみましょう。

『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術』三宅香帆 著(ディスカヴァー・トゥエンティワン/2023年)

1冊目は、『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術』。ここでは「推し」という言葉が用いられていますが、これをそのまま「写真」に置き換えてみても良さそうです。

実際、良い写真に出会ったときや、魅力的な写真家をみつけたとき、「やばい!」とか「かっこいい!」「綺麗!」と言った言葉しか出てこないことはあるのではないでしょうか。著者は、「やばい」を古語の「あはれなり」と同じ意味であるというところから、考えを展開しています。

本書では、「あはれなり」とは、「感情が大きく動くこと」「感動」としています。その心を動かされたポイントをできるだけ細分化し、さらにはそこに妄想を加えることで、感想=説明にはオリジナリティが生まれ、その人だけの言葉が生まれるのだということが、読んでみると良く分かります。

その細分化の方法や、それをうまく人に伝える文章技法、相手と自分の距離感など様々な観点から文字にする術を説明しています。論文やエッセイの書き方を説明した本は今までにも色々読んできましたが、この本で書かれているような「熱量」と推しへの「尊さ」のようなものに焦点を当てた本というのは少なかったように思います。

また、炎上や誹謗中傷が渦巻くソーシャルメディアなどでの発言において、言葉を適切に扱うための方法や、自分の言葉を見つけるためのヒントを見出すこともできる1冊ではないかと思います。

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『大人の語彙力「言いまわし」大全』齋藤孝 著(KADOKAWA/2018年)

2冊目は、『大人の語彙力「言いまわし」大全 』。同じ著者による『語彙力こそが教養である』『大人の語彙力大全』に続く、「語彙力」シリーズからの1冊です。

二字熟語、三字熟語、四字熟語に加え、ビジネスの場などで使われることの多いカタカナ語や、新しく使われ始めた最新の「新聞」語などが章ごとにまとめられており、ひたすら語彙を詰め込むための事典として眺めることができます。

こんな言葉があったんだ、というような語句や、この言葉忘れてた! というような記憶を刺激するような語句もあり、ぱらぱらと捲っているだけでも楽しめる1冊です。

例えば「ダイバーシティ」のようなカタカナ語や、「踵を接する」のような慣用表現、「エシカル消費」といった新聞語などの正確な意味や使い回しを改めて覚えておくことは、文章表現の自由度をさらに広げることに繋がるでしょう。読後は、大学受験を控えている娘の本棚にそっと差し込んでおこうと思いました。

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『本の風景が織りなす 心に響く情景のことば365』パイ インターナショナル 編(パイ インターナショナル/2022年)

3冊目は『日本の風景が織りなす 心に響く情景のことば365』。1月1日から12月31日まで1日ごとに、370枚の写真とその季節の言葉が紹介されています。

例えば、このテキストを書いている6月12日の頁には、福島県猪苗代湖の天神浜の写真と共に、「徒波(あだなみ)」という言葉が解説されています。風が無いのに立ち騒ぐ波を、人の心の変わりやすさにたとえた言葉で、思慮の浅い人が騒ぎたてる様子を「浅瀬に徒波」と表現するのだそうです。

全国の風景が眺められると共に、風景にちなんだ様々な単語や慣用表現を学ぶことができる1冊です。自然風景をモチーフにされている方には、特に興味深く読める1冊になっているのではないかと思います。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。