写真を巡る、今日の読書
第53回:小説を深く読み込んでみる
2024年2月21日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
この冬に読んだ小説から……
冬というのは、比較的読書をする時間が増えるように思います。同じように飛行機や新幹線に乗っていても、春や夏には映画を観ていることが多いような気がするのですが、冬はなんとなく本が読みたくなるというのは、まあ私の個人的な感覚なのかもしれません。私にとって、文字を追うのに適した季節であるということなのでしょうか。
そんなわけで、最近は写真集や写真家のエッセイを紹介する回が続きましたので、今回はこの冬に読んだいくつかの小説について、ご紹介したいと思います。
『無敵の犬の夜』小泉綾子 著(河出書房新社・2023年)
一冊目は『無敵の犬の夜』。著者は、2022年に『あの子なら死んだよ』でデビューし、第八回林芙美子文学賞で佳作を受賞。その後の第二作となる本作では、審査員の満場一致で第60回文藝賞を受賞した小泉綾子です。
北九州で半端な不良グループと時間を過ごす主人公が、唯一心酔し憧れていた先輩が東京のラッパーとトラブルを起こしたことを聞き、敵討のようなかたちで上京するという物語です。自分の現実にあがきながら、葛藤や衝動のなかで刹那的に行動していく、その思春期特有のもどかしさやスピード感からは、忘れようとしていた、自分のなかにもかつて溢れていた稚拙で傲慢な感情が強く刺激されるようでした。
洗練された都会としての「東京」というイメージへの、抵抗感と憧れ、恐れ、羨望のようなものが、いわば愛憎入り乱れて複雑に混じり合った、自分自身の十代の頃の感覚が呼び戻され、読み始めると、一気に最後まで読み切ってしまう没入感に溢れた物語です。表題の「無敵」という言葉の意味と切なさが沁み入る小説だと思いました。
主人公の今後がまた小説として描かれないだろうかと期待していますし、「SR サイタマノラッパー」の入江悠監督や、「サウダーヂ」の富田克也監督あたりが映画化してくれないかと願っている作品です。
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『君が手にするはずだった黄金について』小川哲 著(新潮社・2023年)
二冊目は、『君が手にするはずだった黄金について』。作者の小川哲は、本連載でも以前、クイズプレーヤーの物語を描いた『君のクイズ』を紹介しました。最新作となる本作では、著者自身を思わせる小説家が出会う様々な人物との物語が連作短編としてまとめられています。
ロレックスを巻く漫画家や占い師、怪しげなトレーダーとなった旧友など、出会う人物それぞれが、各自の「怪しさ」と「承認欲求」を抱えて主人公である小説家の「僕」と対峙します。『君のクイズ』では、クイズプレーヤーというキャラクターを深く分析し描いていましたが、本作では哲学や文学を織り交ぜながら、小説家というキャラクター、あるいは著者自身の思想のようなものが展開されているように思います。
あるストーリーでは、小説家になるためにはどうすれば良いのか、という会話が交わされますが、私自身はここを「写真家」に置き換えて読んでいました。「脱サラして写真家になりたい」と言われたら、自分ならどう答えるだろうか。「写真家」という職業に必要な才能や運をどう説明するだろうかと考えさせられたように思います。
私小説的でもあり、またエッセイ的な軽妙さもあるため、さらりと読むこともできますが、深く読み込むと様々な刺激がある一冊ではないかと思います。
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『黒猫を飼い始めた』講談社 編(講談社・2023年)
最後は、『黒猫を飼い始めた』です。「黒猫を飼い始めた」の一行から始まる、26編の短編で編まれた一冊になります。
ミステリーを中心に、それぞれが自由なスタイルで描いており、文章量もそれぞれが一息で読めてしまうものですので、気になったタイトルから好きなときに読むのにも適しています。私自身、初めて読む作家が多く、それだけでも十分な価値がありました。
通勤通学の電車内や、寝る前に少しだけ読書したいといった時にはちょうど良い短編集ではないでしょうか。
シリーズの最新作として、『嘘をついたのは、初めてだった』という同じ一文から始まる短編集が出ていますので、本作が気に入ったかたや、タイトル的に最新作のほうが面白そうだと言う方は、是非こちらもチェックしてみてください。