写真を巡る、今日の読書

第48回:“犬”撮影の魅力とは?

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

犬を撮るということ

私が初めて犬と暮らし始めたのは、小学校一年生のときでした。近所で何匹かの犬が生まれたというので見に行ったのですが、そのうちの一匹を家に連れ帰り飼うことになりました。私がねだったのか、両親が最初から犬を飼うつもりだったのかは覚えていませんが、犬が家に来て嬉しかったという記憶は、今でもなんとなく思い出すことができます。

白い雑種犬で、よく走る犬でした。何度も家から逃げ出し、通報されて捕獲される前に見つけなくてはと、その度に近所を探し回りました。大体近くの神社の境内をうろついていて、見つけるたびにホッとしたものです。高校三年生の頃、カメラを持つようになった私は、時折その飼い犬を被写体にしました。大学に入ってからの課題でも、何度か撮ったように思います。

その犬が亡くなったのは、大学三年生の頃でした。それからしばらくは、犬と暮らす機会はなく、次に犬を飼い始めたのは、娘が生まれてからでした。今では、二匹の犬が一緒に暮らしているのですが、ずいぶんたくさんの写真を撮ったように思います。

この夏、フィリピンに旅行に行きましたが、そこでは多くの野良犬を撮影しました。犬を撮るというのは、大変魅力的なことなのですが、それを言葉で説明するとなかなか長くなりそうなので、今回はその魅力が存分に感じられる本をいくつか紹介して代わりとしたいと思います。

『MAGNUM DOGS マグナムが撮った犬』マグナム・フォト 著(日経ナショナル ジオグラフィック・2021年)

一冊目は、『MAGNUM DOGS マグナムが撮った犬』です。世界で最も著名な写真集団であるマグナムに所属する写真家たちが捉えた犬の写真です。先日惜しまれつつ亡くなったエリオット・アーウィットにはじまり、アレック・ソスやブルース・デヴィッドソン、マーティン・パー、スティーブ・マッカリーといった写真家のクレジットが並びます。

世界中を旅する写真家たちが見た、犬がいる風景や犬の肖像が編まれた一冊になっています。路上にいる犬たちや、様々な俳優たちと犬との肖像写真、犬が遊ぶ浜辺のシーン、家で主人の帰りを待つ犬など、人間と犬との関係が、多角的で愛情溢れた視点で収められています。

言葉では語り尽くせない、犬との物語が豊かに描かれた写真集となっています。普段から犬を撮影することが多い方には、これ以上ない参考書ともなるのではないでしょうか。

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『犬たちの状態』太田靖久 著、金川晋吾 写真(フィルムアート社・2021年)

二冊目は、『犬たちの状態』。文筆家の太田靖久によるエッセイ的な小説と、金川晋吾による写真で構成された一冊です。犬が出てくる映画をひとつの軸に、犬との様々な邂逅や暮らしが綴られ、折々に金川による表情豊かな犬たちの肖像やスナップ写真が挟み込まれています。

映画の話題が多く出るため、映画と犬好きのための映画読本といったかたちで読むのも楽しいでしょう。ジム・ジャームッシュの「パターソン」やゴダールの「さらば、愛の言葉よ」といった映画を通して犬のことが語られると、見たことがあるという方も、もう一度見返してみたくなるのではないでしょうか。

犬たちの写真も、何気なく撮られているようでいて、後ろ姿や視線がとても印象的で、眺めているときっと犬にレンズを向けてみようという気にさせられると思います。ストーリーごとにさっと読める手軽さもあり、通勤や通学の際の読書としてもおすすめです。

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『猫―TOKYO WILD CATS 武田花写真集』武田花 著(中央公論社・1996年)

犬のことばかり話してしまいましたので、最後は猫のことにも触れたいと思います。私自身は猫と暮らしたことはないのですが、写真を撮るという一点で考えると、猫というのは犬をしのぐ魅力を持った被写体だとも考えられます。

実際猫を主題にした写真集というのは数多く、日本でも例えば、岩合光昭や金森玲奈の撮影した猫の姿などはパッと頭に浮かびます。その中でも、特に長く猫に取り組み続けてきた作家のひとりに、武田花がいます。写真集『眠そうな町』で第15回木村伊兵衛賞を受賞した写真家でもあります。

ライフワークのひとつに、キャリア初期から撮り続けた野良猫の写真があり、今回紹介する『猫―TOKYO WILD CATS』もその一部となります。モノクロームで仕上げられた猫の写真と、時折綴られる猫へのつぶやきが、街と猫を眺める視点やその時の光を良く表しています。巻末に収められたエッセイも含め、写真集全体から、猫を撮るその魅力が十分に伝わってくる一冊ではないかと思います。

私自身も、猫に出会うと何も考えずにまずは写真を撮ってしまうのですが、この写真集を眺めていると、その謎というか、魅力がなんとなく理解できるように思います。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。