写真を巡る、今日の読書

第35回:ある時を境に、自分の中で特別なものになる作品

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

初見でピンと来なくても…

今回は、近年に発表された写真集の中から、個人的に強く印象に残っているものをいくつかご紹介したいと思います。

作品というのは、見るそのときの感覚や感情、気分、体調などによっても印象が変わりますし、それまでに経験してきたものごとや記憶などによっても感じ方が変化するものです。私自身、はじめに見たときにはあまりピンと来なかった作品が、ある時を境に急に自分の中で特別なものになるといった経験は、これまでも多くありました。

特に、造形や色彩が美しいといったことだけではない、複雑な社会環境や自己の感覚を反映した作品にはそのようなことが多いのではないでしょうか。

『物語』金サジ 作(赤々舎・2022年)

今日はじめに取り上げるのは、金サジの『物語』。鮮烈な赤と青の装丁も印象的な、比較的大型の判型の写真集です。オブジェやコラージュを思わせる、異形のポートレートや生物、風景で構成され、数見開きごとに日本語と英語、韓国語による詩的な“物語”がテキストとして挿入されています。

在日コリアン三世である作者が、自身の経験をもとに植民地主義や戦争、文化といった複雑な問題と環境をシュルレアリスム的な映像手法で再現した作品になっています。黒の背景を基調としたイメージは、どれも力強く鮮烈で、神話や呪術、悪夢といったキーワードが散りばめられています。言葉で紡げば、目を背けたくなるような写真に感じられるかもしれませんが、引き込まれるような美しさも併せ持った作品です。

個人的な“物語”を通して、社会に渦巻く大きなストーリーと、そこにある社会問題や、個人のアイデンティティについて考えるきっかけになる作品でもあるでしょう。巻末に収録された、グレッグ・ドボルザークによる「トリックスターとトラウマ」と題された解説も、是非多くの方に読んで頂きたいと思います。

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『One last hug 命を捜す』岩波友紀 著(青幻舎・2020年)

次に紹介するのは、『One last hug 命を捜す』です。東日本大震災で失われた子供の遺品や遺骨を探す、父親たちの姿を追ったドキュメンタリーです。筆者は長野県出身で、新聞社でジャーナリストを経験して現在は福島で活動を続ける岩波友紀。丁寧で静かなカラーとモノクロームを混在させた構成となっており、記録的な要素に加えて、砂浜や生物、水などを捉えたイメージとしてのスナップショットが差し込まれています。

東北出身である私にとって、一枚一枚の重みが伝わると共に、ようやくこのような記録を自分がしっかりと眺められるようになったことにも少なからず驚きがありました。私は、震災や津波を扱った作品には、ずいぶん長い間目を背けてきたように思います。

この写真集に収められた写真群は、とても美しいものだと感じます。言葉で言えば、それはどこか似つかわしくない、あるいは不謹慎な感想に聞こえるかもしれませんが、これらの写真には、レンズを通した誇張の無い、自然な美しさというものが再現されており、だからこそ命や思いというものの強さや儚さというものが、写真を通して伝わるのではないかと思うのです。命と対峙し目を背けず、真摯に向き合い続けた結果としての、まさに渾身の写真集ではないでしょうか。

ジャーナリズムやドキュメンタリーを元にした作品というものは、その姿勢に時には様々な意見や批判も伴うものだと思いますが、私はこの写真集を通して出来るだけ多くの人の記憶に、しっかりと震災やその被害の跡を残し、このような天災がいつでも、どの土地でも起こり得るものであるという意識を繋げていってもらいたいと感じます。

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『はじめて あった』大橋仁 著(青幻舎・2023年)

最後に紹介するのは、『はじめて あった』。作者の大橋仁は、雑誌や広告、映像監督などの商業分野で活躍しつつ、義父の自殺未遂現場を捉えた『目の前のつづき』や、無人島での男女300人の“行為“を撮影した『そこにすわろうとおもう』など、衝撃的とも言える写真集を発表し続けてきた写真家です。

本書はそれらの作品に比べると、一見して穏やかなイメージが並ぶ写真集です。家族の肖像や海、雲、公園の風景に加え、女性の身体や下着といったイメージが編まれていきます。その淡々とした、ある種の日常をどのように見るのかは、見る人それぞれによって大きく異なるのではないでしょうか。また、大橋仁という写真家のこれまでの道のりを知っているかどうかでも変わるかもしれません。

巻末のテキストは、それを紐解くひとつの手がかりになる可能性はありますが、「はじめて あった」という大橋の写真の本質が一体何かは、見る側に問われているように思います。写真とはなにか、生きるとはなにか、その深淵をこの写真集から垣間見るという方も多いかもしれません。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。