写真を巡る、今日の読書
第30回:言葉と写真。目の前の世界を表現すること
2023年4月5日 08:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
言葉でしか表現できないこと
この連載では、写真集や写真研究の本以上に、多くの文学作品を紹介してきました。写真は、言葉で言い表せないことを語り、表現する手段として非常に有効な芸術だと思いますが、言葉にもまたそれでしか表現できないイメージがあります。
私の最近の仕事として、詩人のクリス・モズデルとの共著『Behind the Mask』(スローガン)がありますが、これは百の句に百の写真を添えた写真詩集となっています。その出版記念で、改めて言葉と写真の関係について対談する機会があり、考えさせられたのは、どちらも自己の内面や目の前の世界を観測した結果であり、その表現であるという点です。
そこで今回は、言葉によって世界を眺める方法が良く理解できる本を、いくつかピックアップしてみたいと思います。
『柿の種』寺田寅彦 著(岩波文庫・1996年)
一冊目は『柿の種』。著者は、本連載の第一回でも『科学と科学者のはなし』というエッセイ集を紹介させて頂いた寺田寅彦です。物理学者であり、随筆の名手でもある著者の文章は、目の前の現象を言葉でつぶさにスケッチする点で、まさに写真的と言えるでしょう。
本書は、エッセイではなく短文集となっており、短いものではツイッターのつぶやき程度の文章量で、長くとも数ページ程度で構成されています。随筆が4×5や8×10で撮影された緻密な情報量のファインプリントだとすると、本作に収められた文章はコンパクトカメラで撮られたスナップ写真といった軽妙なものになっているように思います。それだけに、寺田寅彦の閃きや想像力の源泉を眺めるようで、興味深い書物になっています。
文章を読んでいると、昭和の始めの日本の風景がイメージとして立ち現れ、自分の祖父もこんな風景を見ていたのかもしれないと、様々な想像が頭を巡ります。少し時間に余裕があるときに開く本として、鞄の隅に潜めておくにはうってつけの一冊になるでしょう。
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『中谷宇吉郎随筆集』中谷宇吉郎 著(岩波文庫・1988年)
二冊目は、『中谷宇吉郎随筆集』。東京帝国大学理学部で寺田寅彦に師事し、卒業後も理科研で寺田研究室の助手となった物理学者です。師の影響もあって、随筆家としても多くの文章を残した作家でもあります。
世界で初となる人工雪の製作に成功したことで知られ、本書にも雪や氷、霜柱に関するエッセイが収められています。また、随所に寺田寅彦との思い出や言葉を残しており、教育者としての寺田を中谷の視点から知ることもできます。
事象に対する興味の持ち方や観察の仕方など、文章のなかに中谷独特の作法が垣間見えるのも印象的です。また、本書の面白いところは、物理学者による科学的な物事の考え方に触れられることに加え、実に分かりやすくある事象の不思議さや、科学的知識を教授してもらうことができる点にあります。私にとっては、新たな視点によって社会を見るひとつの方法を伝授して頂いている感覚があり、本書を通して物事に対する関心の幅が豊かに広がったように思います。
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『声でたのしむ 美しい日本の詩』大岡信 編、谷川俊太郎 編(岩波書店・2020年)
最後は、『声でたのしむ 美しい日本の詩』です。みなさんは、最近音読をしたことがあるでしょうか。私は、少なくとも高校生以来そのような経験を思い出すことができませんでした。あとがきの中で、編者である谷川俊太郎は「耳に訴えかけるべき詩とも言うべきもの」があると書いています。また、昔は吟じることが普通であった詩が、現代になり声をなくしたことで、多くのものを得たと同時に失ったとあります。
私にしてみると、そのような観点で詩について考えたことがなく、まずは本書に収められた詩を眺め、その後声に出して読み進めていきました。実際にやってみると分かるのですが、和歌や短歌、俳句などを声に出して読むと、確かに朗唱されるために作られているというのが感じられます。言葉が持つトーンやリズムというものが、黙読しているのとは別の感覚で理解できるようです。
クリス・モズデルと一緒に行なったトークイベントでも、いくつかの詩を実際に声に出して読む、ポエトリー・リーディングが行われましたが、それは確かに文学的体験というよりも、音楽や演劇を鑑賞する体験に近いものだったように思います。収録されている詩歌には、それぞれ短い解説としての脚注も付けられているため、詩の内容やイメージについても手ほどきを受けながら読み進めることができます。声に出す、ということにもし興味を持たれたら、是非本書を手に取ってみてほしいと思います。