写真を巡る、今日の読書
第29回:学生をモチーフにした物語で、創作に込められた希望や切実さに触れる
2023年3月22日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
学生時代の環境に影響される感性
写真にしても美術にしても、あるいは創ること以外における感性においても、多くの人にとって大きな礎となっているのは中学や高校、大学時代といった頃の経験や教育にあるのではないでしょうか。私にしても、日常的な部分で言えば、好きな場所や食べ物、服の好みや聞く音楽といったものも、少し考えてみると学生時代からの影響が今も色濃く残っているように思います。
この連載では、様々な写真家や作家たちを描いた自伝や成長譚、小説などを多く取り上げてきましたが、今日はその中でも学生/生徒たちをモチーフにした物語をいくつか紹介したいと思います。
創作だからこそのリアリティや、没入感もあり、登場人物が描くそれぞれの時代や生活、芸術への向き合い方に思いを馳せるだけでなく、全てが新鮮で日々発見があったあの頃の自分を思い返すといったこともあるでしょう。物語の世界で、創作や表現といったものに込められる希望や切実さに、是非触れてみてほしいと思います。
『桐島、部活やめるってよ』朝井リョウ 著(集英社文庫・2012年)
最初は、『桐島、部活やめるってよ』。桐島という校内で誰もが注目していた一人の生徒がバレー部を辞めるという噂から端を発した、複数の同級生たちの様々な変化や心の機微が緻密に描かれる物語です。
作者は、執筆当時大学生で本作によって第22回小説すばる新人賞を受賞しデビューした朝井リョウ。主に5人の登場人物の物語をオムニバス的に重ねながら展開される長編小説ですが、ひとつの大きな軸として描かれるのが映画部の存在です。運動部と文化部、クラスの目立つ存在と地味な存在というあからさまなスクールカーストの中で、それぞれが葛藤や悩みを抱えて日々を過ごすなか、映画部の部員たちのひたむきな創作欲は闇のなかの光としてそれぞれのストーリーに関わるようになります。
読んでいると、17歳という限定された年にあった様々な思いと感情がよみがえり、抉られるようでもあります。映画化にあたって監督を担当した吉田大八が巻末の解説で触れているように、「当時19歳の作者が同世代の気持ちをここまで徹底的に対象化、描写し得たこと」に関しては一読の価値があるでしょう。映画版では設定がある程度変えられており、また違った作品として楽しめると思います。ちなみに映画公開年の「ライムスター宇多丸のシネマランキング2012」では、2位を獲得しています。
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『パトロネ』藤野可織 著(集英社文庫・2013年)
二冊目は、『パトロネ』。作者は、2013年に『爪と目』で第149回芥川龍之介賞を受賞した藤野可織。本作は、2012年の野間文芸新人賞候補となった作品です。大学院を卒業後、カメラスタジオでアシスタントとして働きながら小説を書いていたという下地があり、本作では「写真」が重要な役割を担っています。
舞台は大学の写真部と、妹と同居するワンルームマンション。物語の前半、妹はニコンF3を使って、荒れたハイコントラストのモノクローム写真を制作していくのですが、そこで描写される写真群はプロヴォーグ当時の中平卓馬や森山大道の写真を想起させる、暗くノイジーなイメージとなっています。姉はそれを「ゴミみたいなモノクロ写真」として眺めているのですが、ある時を境にその写真世界そのもののような、夢と幻覚を彷徨うような日々に誘われていきます。
一冊目の『桐島、部活やめるってよ』が光を描いたものだとすると、本作は闇を感じさせる物語だと言えるでしょう。赤黒いセーフライトと酢酸の匂いに包まれるような、仄暗い幻想空間が感じられる物語になっています。本書に同時収録されている「いけにえ」は、美術館で中年の主婦が双子の悪魔を見るという物語ですが、こちらもおすすめです。
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『線は、僕を描く』堀内厚徳 著、砥上裕將 原著(講談社コミックス・2019年)
三冊目は、『線は、僕を描く』。今回紹介するのは、砥上裕將の原作を堀内厚徳の作画によってコミカライズされた、全4巻からなる漫画版です。
2019年から『週刊少年マガジン』で連載されており、掲載当時は毎週楽しみに読んでいました。なによりも、この物語で扱われる「水墨画」というものにはそれまであまり触れてこなかったこともあり、黒一色の芸術を扱う世界に、新鮮な感動を覚えたことを思い出します。
主人公の大学生、青山霜介は、物語のはじめから繊細で類い稀な読み解き能力を発揮し、その感性を水墨画の巨匠に認められることになりますが、その後の様々な修行や人との出会いによって、感性を十分に表現する技術を習得していく様が実に興味深く描かれていきます。
芸術の実践は、感性だけでなく技術だけでもない、その絶妙なバランスがこの物語には良く表現されており、まさにそのバランスを巡って様々な作家たちがどのように苦悩し、創作に向かっているのかが物語のひとつのテーマになっています。原作は小説として発表されている他、横浜流星主演によって映画化もされていますので、興味のある方は是非そちらもチェック頂ければと思います。