写真を巡る、今日の読書
第20回:好きなお酒と一緒に読みたい、“お酒にまつわる本”
2022年11月16日 09:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
好きなお酒をかたむけながら……
空気も次第に冷え込み、今年も年末が近づいてきたように思います。コロナ禍前には忘年会という風習がありましたが、今年はそういった慣しも少しは戻ってくるのでしょうか。
40代になったあたりから、少しずつ酒に弱くなってきたように思います。それ以前から、飲みすぎるとすぐ眠くなってしまうので元々そんなに強いほうでもないということなのでしょうが、20代の頃は、新宿のゴールデン街などで同年代の写真家志望の連中と、互いの写真論についてほとんど言い合いのような議論を交わしながら朝まで飲んでいました。
私が通っていた飲み屋などは、2千円以上飲むと一杯が百円という値段に切り替わるといったシステムがあったことで、ほとんど毎回泥酔になり、当時は西新宿の外れに住んでいたのですがそこまでも辿り着けず、途中の成子天神社あたりで力尽きて寝ていたのを思い出します。まあ、私にとって酒というのは、色々な意味で人生に彩りを与えてくれたものだということなのでしょう。
今日は、そんな酒にまつわる本をいくつか紹介したいと思います。秋の夜長、好きなお酒をかたむけながら読むのにも良いのではないでしょうか。
『やし酒飲み』エイモス・チュツオーラ 著(岩波文庫・2012年)
はじめは、『やし酒飲み』。酒文学(というジャンルがあるのか分かりませんが)の中では、孤高の存在と言いますか、なんとも独自の世界観と文体が印象的な一冊です。私が初めて触れた「アフリカ文学」でもあります。
主人公は子供の頃から「やし酒」を飲むことだけに人生を費やしてきた人物です。ある日、その「やし酒」を造ってくれていた父親と、やし酒造りを相次いで亡くしてしまい、困った主人公は、死んだやし酒造りを探しに死者の町を探しに出かけるという話です。その旅のなかで出会うのは、八百万の神や霊、妖怪といった類のもので、音楽やダンスの描写も交えつつその独特の世界観が濃密に描かれていきます。
文章表現も独特で、和訳では「だ・である」と「ですます」が混在し、不思議なリズムが感じられます。他の文学作品とは違う部分の想像力が刺激されるという点でも、独自の個性が光る作品だと思います。
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『ブコウスキーの酔いどれ紀行』チャールズ・ブコウスキー 著(ちくま文庫・2017年)
二冊目は、酒にまつわる文学といえばまずこの人とも言える、チャールズ・ブコウスキーの『ブコウスキーの酔いどれ紀行』。自身の筆によるノンフィクションです。
1978年、58歳のときにドイツとフランスを訪れ、朗読会などを催しながら旅した日々を綴ったものです。その場その場にある全てのワインを飲み尽くしながら、当時の恋人であるリンダ・リー・ベイルとの会話を軸に旅路の情景を描いています。ブコウスキーの破天荒さや豪快さだけでなく、弱さや脆さ、哀しさなどが、言葉の端々から読み取ることができるでしょう。
さらに本書には、同行したマイケル・モンフォートによるスナップ写真が多数掲載されており、実際の様子を写真で眺めながらブコウスキーのテキストと重ねることができるのも魅力的です。写真そのものも、温かくチャーミングで、これらの写真群を眺めるだけでも十分楽しめるのではないかと思います。
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『中島らもの特選明るい悩み相談室 その1 ニッポンの家庭篇』中島らも 著(集英社文庫・2002年)
最後は、『中島らもの特選明るい悩み相談室 その1 ニッポンの家庭篇』。
中島らもと言えば、アルコール依存の体験を元に書いた『今夜、すべてのバーで』など酒にまつわる作品を多く残していますが、本書は80年代から90年代に刊行された「明るい悩み相談室」を再編集した一冊で、様々な読者の悩みに、独特の返しで応じるという人気シリーズの中から抜粋された内容となっています。
様々な知識や経験をもとに悩みに応える様は、ひとつひとつが短い新作落語のようでもあり、流れるように読み進めることができるのではないかと思います。上記の二冊とはまた違う、読む楽しみと喜びに溢れた一冊です。最近本を読んで笑った記憶がないという方にも是非おすすめしたいと思います。