ヒューレット・パッカード(HP)と言えば、世界でもっとも多くのユーザーを抱えるインクジェットプリンタベンダーである。日本での存在感はエプソン、キヤノンの2大メーカーに水をあけられ、近年はインクジェット複合機に活路を見いだしているというイメージが強いが、特に北米やアジア地区では大きなシェアを持つ。キヤノンと並び、ヒーターによる水蒸気爆発でインクを吐出するサーマルインクジェット方式を発明したベンダーとしても知られている。
HPブランドは、高品質な文字印刷を実現する顔料系黒インク、普通紙でのコントラストが高いカラー染料インク、自動両面印刷、前面給排紙、自動用紙タイプ判別、ヘッド位置自動調整、静かな動作音といった特徴から、長らく普通紙画質の良い実用指向のプリンタブランドとして認知されてきた。
しかし近年、特に約2年ほど前からはフォトインクカートリッジを用いた高品質の写真印刷のレベルが向上して来ている。日本で発売される単機能機は2機種と少ないが、最上位のDeskjet 6840(DJ6840)に使われるプリントエンジンは今年から一新され、同社主力のインクジェット複合機にも採用されている。
■ 新インクカートリッジ採用で長期保存が可能に
HPはおよそ2年に1度、印刷の要となるプリントヘッドの世代を更新する。インクタンク一体型のヘッドを採用するため、このときにヘッドとインクの両方が新しくなるわけだ。また、一部機種を除いてヘッドは同一世代の各機種で共通だ。
今年から投入される新ヘッドは顔料系黒インクのノズルが約1.5倍の672ノズル、染料系インクノズル数が2倍の200ノズルとなり、さらに染料インクの改良により額縁保存100年の耐光性を実現した。
またHP製プリンタは比較的高機能なプリンタ言語のPCL3を用いて印刷を行なうことでプリンタとPCの間に通すデータ量を大幅に削減し、プリンタ側で一部の処理を行なう負荷分散の仕組みを持っている。今回はその処理方法も更新され、従来は各色8bitで行なっていた内部処理を16bitに拡張。RGBで入力された色情報をCMYKへと分解、ドットパターンを作る部分での量子化ノイズを減らし、より滑らかな階調を表現可能になった。
また、従来の顔料黒、3色カラー、フォトという3カートリッジに加えて、3階調のフォトグレーカートリッジが追加され、色転びのないモノクロ印刷が可能になった。これら4種類のカートリッジのうち、カラーインクは固定となるが、残り3つは目的(普通紙カラーの場合は顔料黒インク、カラーフォトならフォトインク、モノクロフォトならフォトグレーインク)に応じて取り替えながら印刷を行なう。
実は海外では3カートリッジ同時装着可能なモデルも発売されており、3色カラーインク、フォトインク、顔料系黒インクを同時に装着し、フォトから普通紙までをカートリッジ交換なしで印刷できる。もしくは顔料系黒インクとフォトグレーインクを交換すれば、コントラスト調整にグレーを用いながら高画質の写真印刷を行うといったことも可能だ。コントラストをグレーでコントロールする手法は、エプソンのPX-Pインク採用機でも行なわれているが、画質面では非常に良い結果を出すだけに日本市場投入が見送られたのは残念である。
なお、カートリッジを交換すると普通紙1枚を用いる調整が行なわれるが、光センサーを用いて自動的に行なわれるため、カートリッジ交換に際しての手間やインクロスは気にするほどではない。HP製プリンタはヘッドをインクカートリッジごと交換することもあり、自動ヘッドクリーニングの頻度が低く、インクを捨てる量が少ないため長期に渡って使う場合にはランニングコストは意外にも安くなる場合がある。
■ リージョンコントロールでランニングコストを低減
“意外にも”と書いたのは、連続印刷で計測した場合、これまでのHP製プリンタはインクコストがエプソンやキヤノンのプリンタに比べかなり割高だったためだ。特にフォト印刷時のコストが高く、計測方法によっては2~3倍ものインクコストになっていた(用紙を除く)。ところが今年、この点は大きく改善されている。
HP製インクが高い理由は、インク単価がワールドワイド共通で設定されていたためである。エプソンやキヤノンのインクカートリッジは日本と海外との価格差が大きく、海外ではかなり高く販売されている。海外ではプリンタ本体を安く設定し、インクカートリッジの単価を上げる手法が市場に定着しているからだ(これはメーカー側の問題というよりも、主に消費者側の機種選択傾向の違いから来ている)。
以前からこうした価格差に対応するため、日本向けのHP用インクカートリッジを値下げするという噂はあったが、アジア地区で人気の高いHP製プリンタで使えるカートリッジを日本で仕入れ、他地区で販売するブローカーが現れる可能性が高く、値下げに踏み切れなかったという背景がある。実際、日本で組織的なカートリッジの盗難があり、それがアジアで売られたというケースもある。HP製カートリッジはインク容量が比較的多いため単価が高く、そうした組織的な犯罪で狙われやすいという事情もあった。
そこで新カートリッジでは、販売地域ごとに異なるリージョンコードを設定。異なるリージョンのカートリッジを利用不可能にすることで、日本市場におけるランニングコスト引き下げに成功している。
手元にあるDJ6840で印刷テストを行ないながら計算してみたところ、L版1枚あたり19円程度の印刷コストとなった。ライバルのエプソンやキヤノンは、6色以上のフォト印刷でL版1枚あたりおよそ14~15円程度。純正L版フォト用紙の単価が異なるため、用紙を含めたコストは別途計算する必要があるが、インク代だけであれば5円ほどの差まで肉薄してきている。
インクコストはこれまで、HP最大の弱点だっただけに、ややトリッキーながらコスト削減を実現した点は評価すべきだろう。もちろん、それは同じカートリッジを用いるインクジェット複合機でも同じだ。
■ ポータビリティが魅力のPhotosmart
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Photosmart 325
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さて、今回の記事ではDJ6840に加え、Photosmart 325も評価してみた。Photosmart 325はエプソンのE-100(カラリオMe)と同様、ハガキサイズ以下の写真印刷に特化したコンパクトなプリンタである。E-100はビデオ出力からテレビモニタに接続し、その画面を見ながら操作を行なうが、本機は1.5インチと小さいながらもカラー液晶ディスプレイを内蔵しており、単体でメモリカードからのダイレクト印刷が可能となっている。
利用するカートリッジは新開発インクカートリッジのうち、CMY3色が入ったトライカラーカートリッジ(HP135およびHP134)もしくは3階調のフォトグレーインクカートリッジ(HP100)のうちいずれかひとつを選択する。カラー印刷時は3色混合による印刷となり、モノクロ印刷では3階調グレーに交換して利用する形だ。
トースターを小型化したようなデザインは、前後のパネルが開き、片側が用紙トレイとなる。閉じた状態で上部にはちょっとしたツマミがあり、重量も1.2Kgと軽量なため片手でも簡単に持つことができる。加えてACアダプタもとても小さい。
さらにPhotosmart 325には、バッテリのオプションが用意されており、フル充電ならばおよそ75枚の印刷が可能。ちょっとした撮影旅行やホームパーティに持ち込むのも楽しいだろうが、家庭内で使う際にも電源アダプタ不要で動作するのはなかなか便利。もちろんUSBでPCと接続すれば、プリンタとして、あるいはメモリカードリーダとしても利用できる
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背面が給紙トレイ、前面が排紙トレイとなる
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1.5型液晶ディスプレイを搭載。単体で画像を確認しながら操作できる
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インクカートリッジはカラーまたはモノクロを1つ使用する
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背面にPCと接続するためのUSBポートを備える
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底面にオプションのバッテリを装着すればバッテリのみで動作する
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■ インク滴サイズは変更なしながら画質は十分
さて、新世代の印刷ヘッドになったことで期待されるインク滴サイズの縮小だが、実は前世代からの変更はない(このためノズル数増加がそのまま速度向上に直結している)。インク滴サイズは5pl(ピコリットル)で、数字だけを見ると他社に比べ見劣りすることになる。
しかし、詳しくは画質評価の記事で紹介するが、実際の印刷を見ると部分的に粒状性に着目して見ればインク滴が大きいことは識別できるが、十分に高い階調性を持っていることが判る。これはHPの用紙や印刷コンセプトに起因するところが大きい。
HPのプレミアムプラスフォト用紙は膨潤型と呼ばれるもので、他社が提供している写真用紙とはインク定着のメカニズムが異なる。他プリンタメーカー製あるいはサードパーティ製の用紙は多孔型と呼ばれるもので、表面のミクロの孔からインクを素早く吸収し、用紙内部のインク受容層で受け止める。これに対して膨潤型は用紙表面にゼラチン質のインク受容層があり、インクと直接馴染んで色材が膨潤素材を染める。
膨潤型には、時間をかけて何度もインクを重ねることで濃度をリニアに上げていくことが可能という利点がある。多孔型の場合、時間をかけてもインク受容量はあまり増えず、濃度の向上もインクを重ねるごとに少なくなる。このような違いから、膨潤型は時間をかけてインクを重ねることで階調表現、特に高濃度の階調や色の深みを出しやすい。また、薄いインクの重ね打ちも効果的で、インク滴が小さくとも階調の豊富な絵を作ることができる。
ただし、印刷直後は用紙表面が柔らかくダメージを受けやすい状態になり乾きにくい。また表面のインク受容層は水溶性であるため、乾燥後も汗や水などに弱く、水が落ちたところが擦れると簡単に印刷が消えてしまうという欠点もある。HP製プリンタで印刷する際は、なるべく膨潤型の純正用紙を使う方が画質的に有利ではある。しかし、耐水性が求められる用途では、多少の画質低下を容認してでもサードパーティ製の多孔型写真用紙を使うといった使い分けを勧める。
最後に(今回のテストでは評価までは行なっていないが)HP製プリンタにもICCプロファイルが付属するようになった事も付記しておきたい。
HP製ドライバにはAdobe RGBモードがあり、ICCプロファイルを用いなくともAdobe RGBで撮影されたデータをそのまま印刷することができた。しかし、このAdobe RGBモードはカラーマッチングを行なうためのもではなく、データを正しく扱うためのもの。このため、通常のカラーモードと同じくHPなりの絵作りが施され、忠実性よりも好ましい絵作りを重視した印刷結果になる。一方、ICCプロファイルを用い、Photoshopなどから印刷すると忠実性の高い結果を得られる。
ICCプロファイルはドライバのインストール時に自動的にWindowsの該当ディレクトリにコピーされるので、対応ソフトウェアを持っているユーザーはトライしてみる価値がある。
■ URL
インクジェットプリンター 2004年冬モデルレビュー
http://dc.watch.impress.co.jp/static/2004/printer/ijp2004.htm
( 本田 雅一 )
2004/11/26 00:36
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