インタビュー

AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VR

開発困難な「凹先行ズームタイプ」に挑んだ理由は?

ニコンが10月22日に発売した「AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VR」は、新たに手ブレ補正機構「VR」を搭載した大口径標準ズームレンズだ。24-70mm F2.8はいわゆる“大三元レンズ”の1つで、メーカーを代表する高性能ズームレンズという側面がある。

各社がしのぎを削るプロ・ハイアマチュア御用達レンズに、ニコンはどのようなテクノロジーを投入してきたのか? 今回は本レンズのトピックである新光学系、手ブレ補正機構(VR)、AFの高速化などを中心にお話を伺った。(聞き手:杉本利彦、本文中敬称略)

左から
ニコン 映像事業部 開発統括部 第一システム設計部 第四設計課 主任研究員の堀越誠氏(メカおよびAFの設計を担当)
同事業部 マーケティング統括部 第一マーケティング部 ILグループ 副主幹の石上裕行氏(マーケティングおよびレンズの商品企画を担当)
同事業部 開発統括部 第一システム設計部 第五設計課 主任研究員の原田壮基氏(光学設計を担当)
同事業部 開発統括部 第三システム設計部 第四設計課 主幹研究員の藤原誠氏(開発リーダー兼メカ設計を担当)
同事業部 開発統括部 第一システム設計部 第四設計課の今榮一郎氏(メカおよび絞り機構の設計を担当)

「どのようなシーンでも破綻がない」のが設計ポリシー

――前モデルのAF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8G ED(2007年11月発売)は、非常に評価が高く、当分はモデルチェンジがなさそうに思えたので今回の発表には驚かされました。どうしてモデルチェンジの必要があったかというところからお聞かせください。

石上:前モデルは、プロ・アマ問わず非常に高い評価を頂き、非常にたくさんのお客様にお使い頂きましたが、その分多くのご要望も寄せられました。今回のモデルは、そういったお客様の声にお応えするという目的で、モデルチェンジの検討がはじまりました。

その目的の1つ目は、ご要望が最も多かったVR機能の搭載です。2つ目は、前モデルで好評を頂いた光学性能のさらなる向上。3つ目はプロのハードな使用に耐える堅牢性です。堅牢性の向上についてはプロユーザーからのご要望が多かった点です。

(参考)前モデルのAF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8G EDおよび、同時期に発売されたデジタル一眼レフカメラD3(有効1,210万画素)

――前モデルのAF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8G EDの発表当時はカメラの画素数は1,200万画素前後でしたが、D800で一気に3,630万画素になりました。AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8G EDの設計時に、これほど画素数が上がることを想定されていましたか?

石上:正直に言いますと、ここまで急に画素数が上がることは想定していませんでした。

――ということは、先ほどの光学性能の向上という目的には、D800以降の高画素モデルに対応する意味もあったということですか?

石上:そうですね。

――そうしますと、具体的に今回のモデルではどれくらいの画素数のカメラまで対応できるのでしょうか?

原田:将来的にどこまで画素数が上がるかについてはお答えできませんが、ニコンがレンズの高画素対応をどう考えているかについてお話し致します。

例えば、白黒の線がどこまで細かく再現できるかといったチャートを撮影した場合に、コマ収差や倍率色収差などによって像がぼやけていても解像力だけは結果として出ているレンズを作ることもできます。しかし、ニッコールレンズはそういう方向は目指していません。

高周波のMTF「だけ」を上げることはそれほど難しいことではなく、高周波の解像力を維持しながら低周波のコントラストもバランスよく上げるのが難しいのです。むしろ、低周波のコントラストをあげるほうが、光学設計的にはより多くのレンズ枚数等を要求されます。

最近よくサジタルコマフレアを補正したというレンズの話を聞きますが、あれは夜景を撮影した時の点光源の再現に効果があるというだけでなく、日中の被写体にも効果があります。テストチャートで解像しているレンズも、実際の被写体でのディテール再現では低周波の収差が高解像性能を落とす方向に影響してしまうことが多いのです。特に、白っぽい被写体の中の細かい構造などは、テストチャートとの乖離が大きくなりやすいです。

そのため、ニッコールレンズでは全ての周波数の収差バランスを見ながら、どのようなシチュエーションでも絵として破綻がないようにということを考慮して設計しています。従って、カメラの画素数が上がっても急に絵がおかしいということにはならないようなバランスにしています。

前モデルも、高周波と低周波のバランスに留意した設計にしていましたので、お客様から高い評価を頂いていたのだと思います。この考え方はその後の単焦点レンズにも活かして高評価を頂き、さらに今回のレンズにもフィードバックしています。

それらの収差バランスがきちんと実製品で作り込まれているかを、工場でMTFや各種仕様を全数検査して保証しています。ちなみに、ニッコールは最も安価なレンズも伝統的に全数検査を行っており、最近はそれらのレンズも全数MTF検査を行っています。

――「手ブレ補正は不要なので、もう少しコンパクトなほうがいい」というユーザーもいると思いますが、前モデルのAF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8G EDは併売されるのでしょうか?

石上:今回のAF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VRは、前モデルの後継機になりますが、前モデルをすぐに終了するということはいたしません。いつ終了するかはまだ決まっていませんが、その際にはWebサイト等でアナウンスすることになると思います。

――前モデルのAF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8G EDは元々やや高めの値段設定でしたが、VR機能がついて画質もよくなってプラス3万円は、高価ですが前モデル比という点ではリーズナブルに見えますね。

石上:今回のモデルは、前モデルの後継機の位置付けですので、それほど大幅に価格が上がることがないように最初からある程度の価格設定が行われ、その範囲に収めつつ新たな機能をどうするかというふうに開発を進めた結果、こういうお値段でご提供できたということです。

――このレンズは日本製ですか? 工場は?

石上:前モデルと同様に株式会社栃木ニコンで行っています。

原田:このクラスの製品には、栃木ニコンのとても高い技術力が活きてきます。

敢えて「凹先行ズームタイプ」を採用した理由

――今回のレンズを使ってみて、ちょっと大きく重くなったなという第一印象を持ちました。前モデルは、全長は長めだけれど胴回りがスリムで、ハンドリングに優れていたので余計気になったのかも知れませんが、ニコンの場合、レンズのサイズや重さなど、特に設計上の制限はないのでしょうか?

藤原:設計的にサイズを制限するということはありません。ただ実際には、最初におおよその外径サイズは決めて、いろいろな方にボリュームモックを持って頂き、ボディーに装着した際の感触なども確認した上で、ここはこうしたほうが良いという意見を反映して目標となるサイズを決めます。あとはその目標に収まる形に設計するという手順です。

左が新モデル、右が前モデル。全長は21.5mm長くなった

――体力があり、手も大きな人が多い海外では大型化はむしろ歓迎されているようですね。

原田:まだ発売前(編注:インタビュー当時)なので実際のお客様の反応は頂いていませんが、サービスセンターなどでさわられた時の感触はネット上の掲示板等でお見受けすることがあり、おおむね思っていたほど大きくはないという反応を頂いていると思います。

――試写の際はD810に装着しましたが、D4Sなどの大型ボディーではこれくらいのほうがバランスがいいという意見もありそうですね。

原田:ズームリングの位置が前寄りになっていてむしろ使いやすくなっている面もあります。

藤原:全長が伸びている分、ズームリングを長めにして操作性を向上させています。あとは、ズームリング部分の直径も前モデルより約2mm大きくなっているだけで、前モデルの細身で快適な操作感は、ほぼ継承できていると思います。D4系でのバランスも良いと思いますが、社内での評価ではむしろD800系とのバランスのほうが良いとする人も多かったです。

――初期の説明パンフレットには「設計難易度が高く、全長や質量の点でメリットが得られない、凹先行ズームタイプの光学系を採用した」とありますが、敢えて大きく重くなりがちな凹先行ズームタイプの光学系を採用した理由は?

原田:結論から申し上げますと、VR機構を入れた大口径標準ズームとして最高の光学性能を目指すには凹先行ズームタイプの光学系しかないという判断をしました。

新モデルのレンズ構成図(橙=ED非球面レンズ、青=非球面レンズ、黄=EDレンズ)
旧モデルのレンズ構成図(青=非球面レンズ、黄=EDレンズ)

一般的に、広い画角が必要な超広角ズームでは凹先行ズームタイプの光学系を採用していますが、前方に凹レンズを置くと望遠端の焦点距離を伸ばすのが難しく、Fナンバーを明るくするのも難しくなります。多くの超広角ズームでズーム比がおおむね2倍以内になっているのはそのためです。

一方で、凸先行ズームタイプの場合は望遠側の焦点距離を長くしてズーム比を上げやすく、10倍以上のズームレンズはほぼ凸先行ズームタイプのレンズ構成になっています。しかし、凸先行ズームタイプの場合は逆に広角側に焦点距離を伸ばすのが難しいのです。

標準ズームではどちらのタイプでも採用可能で、F2.8の24-70mmに関して言えば、凹先行ズームタイプでも望遠端70mmはギリギリ頑張れる範囲ですし、凸先行ズームタイプでも広角端24mmはギリギリ頑張れる範囲で、ちょうどオーバーラップしています。

実際に、手ブレ補正機構なしのレンズでは、他社から凸先行ズームタイプの24-70mm F2.8のレンズが発売されていますし、ニコンでは前モデルをはじめ伝統的に凹先行ズームタイプを採用して来ました。

ここで、VR機構を入れた場合を考えますと、凹先行ズームタイプの場合、特に望遠端で明るさを確保するのが難しい上に、VR時の光学性能を確保するのは非常に難易度が高いことがわかっていました。また、世の中の明るい標準系のズームレンズを見ますと手ブレ補正機能が入ったものはすべて凸先行ズームタイプであることもあり、私も最初は凸先行ズームタイプから検討を始めました。

ところが設計を進めるうち、凸先行ズームタイプの光学系ではどうしても望遠端70mmでの周辺画質が思うように上がらないことがわかってきました。高周波のMTFはまずまずですが、低周波のMTFがあまり良くないのです。また、ボケ味もあまり良好になりません。そのため、メカが成立するところまで設計が進んでいたのですが、ニッコールとしてこの画質は許せないと判断しました。

また、凸先行型ズームタイプでは、製造誤差による偏心や、使っていくうちにズーム群の偏心が変化した際の性能変化量が若干大きいということも気になっていました。本製品の目標のひとつである、堅牢性の向上に対して逆行してしまいます。ニコンが伝統的に大口径標準ズームに凹先行ズームタイプを採用してきた大きな理由は、製造誤差を小さく抑えやすいことと堅牢性にもあります。

それならば凹先行ズームタイプでいくしかないとなった時、これまで凹先行ズームタイプでVR機構を入れるとなぜ難しいのかをもう一度考えました。一晩ほど考えて出た答えは、従来、凹先行ズームタイプのVR化で2つの課題があると思われていたのを、ある1カ所を工夫すれば同時に何とかなるのではないかというひらめきでした。

具体的には、明るい凹先行ズームタイプでVR機構を入れると、防振時に望遠端の画質と広角端の周辺画質が悪化する傾向があり、これを同時に解決するアイデアを思いついたということです。

3日ほど設計すると良好な性能が出ることがわかり、これでいけそうだと思いました。しかし、そのアイデアはメカ的には大変難易度が高そうなものだったので、メカ成立するかが唯一の不安でした。そこで、藤原にダメもとで相談したところあっさりと「出来るはずです」というので、凹先行ズームタイプで本格的に検討を開始しました。

その後、凸先行と凹先行ズームタイプ両方のモックアップとそれぞれの設計値を用意して上司の判断を仰ぎました。凸先行ズームタイプのモックアップは、長さは短いがかなり太いのに対して、凹先行ズームタイプのモックは全長が長めですが前モデルとほとんど変わらぬ細さに仕上がっていました。この細さでこれだけ性能差があるのであればと、凹先行ズームタイプにゴーサインが出ました。

ここに、他社のこの3年ほどで発売された凸先行ズームタイプの同スペックレンズと実写比較した結果があります。これを見て頂いても、特に望遠側でのコマ収差の違いが良くわかるかと思います。ちなみに、他社レンズは複数本購入し、その中でも最も性能が良かった個体で撮影しています。

ということで、最初から凹先行ズームタイプありきで開発したのではなく、両者のメリット・デメリットを出し尽くした上で、最終的に凹先行ズームタイプを選んだということです。

――最近の各社の24-70mm F2.8レンズの光学構成図を見ますと、今回のニコン以外は全て凸先行ズームタイプになっていて、構成はみな驚くほど似ているのに気がつきました。原田さんとしては他社と似たような構成になるのが嫌だったのでは?

原田:他社のまねをしたくないというよりは、画質を優先して凹先行ズームタイプを選択しました。先ほどもお伝えいたしました、凸先行ズームタイプと凹先行ズームタイプにはそれぞれ良いところがあるのですが、今回のスペックに関してはトータルで画質を考えた場合は凹先行ズームタイプのほうが良いと考えています。他社がなぜ凸先行ズームタイプだけになったのか、その本当のところはわかりませんが、あえて言えば、そもそも凹先行ズームタイプで明るい多群ズームを設計するのはとても難易度が高いと言われています。

車で例えるなら、凹先行ズームタイプの場合どこかで必ずドリフト走行を入れなくてはいけません。つまり、正攻法だけではまとまらず、不安定要素を入れなければ成立いたしません。VR機構を入れると、さらにコースに砂利が撒かれているといったイメージで難易度が飛躍的に上がります。とても難易度が高い領域ですが、うまく制御(設計)できればスムーズに乗りこなせるかもしれないという領域なのです。

もう1つは、凹先行ズームタイプでは前のほうの大型レンズを非球面レンズにする必要があり、どうしてもコストが上がってしまうという問題もあります。そのため他社では、凸先行ズームタイプが多くなっているのかもしれません。

本モデルが凹先行ズームタイプを採用したもう1つの理由はボケです。F2.8の明るいズームの場合、凸先行ズームタイプでは高周波のMTFは出しやすいのですが、低周波のフレアが出やすいのでボケ味に影響して来ます。

よくボケ味の話になると球面収差の振る舞いが影響すると言われますが、実際には球面収差の影響が大きいのは光軸付近であり、ボケの大半は軸外なのでコマ収差などの影響もかなり効いてきます。そういう部分をきちんとコントロールするには、設計難易度は厳しくても凹先行ズームタイプのほうが有利です。

――先ほどもございましたが、WWW.nikkor.comのインタビュー記事によると、光学設計の原田さんが水面下で行っていた凹先行ズームタイプの設計で製品化できるかどうか、メカ設計のリーダーである藤原さんに相談したとありますが、そこでもし「NO」という返事だったらどういう設計になっていたと思われますか?

原田:端的に申し上げて、まだ製品化できていないと思います。凹先行ズームタイプにNOが出されたら、再び凸先行ズームタイプでいくしかありませんから、そこで四苦八苦してニッコールと呼べる製品はできていないのではないかということです。

――それくらい、メカ設計がこのレンズの製品化に果たした役割は大きいのですね。

原田:藤原に見せた段階では、まだメカ的には成立していない段階でしたが、「このタイプには先がある」と言ってくれました。

藤原:標準ズームではない全く違ったレンズですが、その構成を応用すればできる可能性があると考えました。

――ちなみに、そのもとになったレンズとは?

藤原:意外に思われるかもしれませんが、AF-S NIKKOR 70-200mm f/4G ED VRですね。

原田:タイプとしては凸先行ズームタイプの望遠ズームで、その機構を凹先行ズームタイプの標準ズームに応用するというのですからここも常識はずれです(笑)。

藤原:機能的には望遠端が200mmで高い防振効果があって、ズーム機構も入って細身の鏡筒に収まっているのだから、直感的にできるのではないかと考えました。

AF-S NIKKOR 70-200mm f/4G ED VR
AF-S NIKKOR 70-200mm f/4G ED VRの構成図

撮影後の補正が難しい像面湾曲の補正を重視

――前モデルも凹先行ズームタイプでしたが、前モデルの課題と今回のモデルの改善点、つまり光学的にどこをどう改善しようとしたか教えて頂けますか?

原田:VR化以外の面では、ズーム全域での像面湾曲の減少と周辺画質向上です。前モデルよりも周辺画質が向上していることが取り上げられがちですが、中間画角でもより高画素にマッチした、よりフラットな像面となっています。

また、前モデルと今回のモデルの周辺部のMTFを比較して頂くと、30本/mmのMTFより10本/mmのMTFの向上が目立つと思います。これは先ほども申し上げた低周波のフレア成分なので、これを良化させる工夫をしました。

画面周辺部で細かな像は何となく写っているが、全体としてはボケていて甘く見える。これが低周波のフレアですので、主としてコマ収差の発生をバランスよく抑え、これを重点的に改善しました。それがボケ味や諧調再現性にもよい影響を与えています。

その結果からも、このレンズをひと月ほど使い込んだある写真家の方からは、「かつて中判カメラで体験したような、ハイライトは飛ばない、シャドーは潰れない諧調再現性と、眼で見ている景色そのままの自然なボケを描写しつつ、デジタル時代にマッチした高解像度が両立している」とのコメントを頂きました。

新モデルのMTF曲線
旧モデルのMTF曲線

――周辺部でよく見られる像の乱れの成分はコマ収差が多いのですか?

原田:低周波のMTFを劣化させる要因は、コマ収差や倍率色収差、像面湾曲であったりといろいろですが、主な成分はコマ収差です。コマ収差を若干残したほうが高周波のMTFは出しやすいですが、それは極力避けました。

――早速試写する機会を得ましたが、D810でも絞り開放から画面周辺部まで極めてシャープな描写が得られていました。反面プロ向けレンズとしては、歪曲収差がやや目立ちましたが、これは「ゆがみ補正機能」の使用を想定しているのでしょうか?

原田:歪曲収差の狙いは前モデルのレベルで、ゆがみ補正機能を前提に特に歪曲収差を大きくしたということはありません。

プロ用レンズは歪曲収差が少ないほうが良いと言うご意見はもっともです。しかし厳しいプロの目で判断されると、前モデルの歪曲量を例えば30%減らしたところでご満足は得られないと思います。

それに対して、例えば光学的に歪曲収差を30%減らすと今度は像面湾曲が200%も増大するといった具合になって、中途半端な性能になってしまいます。それなら、のちの補正が難しい像面湾曲をまずはしっかり抑えた上で、前モデルレベルの歪曲収差に収まるようにしようという方針で設計しました。

ソフト補正前提で野放しに設計したということでもありませんが、歪曲収差について厳しい評価をされる方は、ゆがみ補正機能をお使い頂ければと思います。

ちなみに、歪曲収差の補正には純正以外のソフトをお使いの場合もあると思いますので、補正しやすい形状になるよう留意しています。

――例えば、陣笠タイプの歪曲収差は補正が難しい?

原田:陣笠タイプの場合、歪曲収差の数値は小さくなりますが補正は難しいです。それなら、見た目は歪曲が大きく見えても補正しやすい素直な形になるようにということです。

――ニコンでもレンズの実写テストは当然行われていると思いますが、チャート撮影で厳密にピントを合わせたい場合はどうすれば良いですか?

原田:詳細はお伝えできませんが、ピントを合わせる際のターゲットに、カメラの取扱説明書にありますように、ピントが合いやすいものを使うことが大事です。

初めて採用した「ED非球面レンズ」の働き

――さて、今回のもう1つのポイントとしては、ニッコールレンズ初搭載のED非球面レンズの採用があると思います。ED非球面レンズの特徴と、このレンズにおける働きを教えてください。

原田:EDレンズについてはご存知の通り、軸上色収差、倍率色収差共に補正能力が高いのですが、屈折率は低いため、球面収差やコマ収差の補正に関しては必ずしもベストの硝材ではありません。

一方、非球面レンズは色収差の補正能力はありませんが、球面から形状を変えることによりコマ収差や球面収差、歪曲収差などを補正できます。そうであればこれらを組み合わせれば、色収差とコマ収差や球面収差が同時に補正できるのではないかということで開発しました。

EDレンズと非球面レンズそれぞれの収差補正イメージ図

【EDレンズ】可視光線を構成する各波長によって異なる特殊分散性を持ち、色収差を低減することが可能
【非球面レンズ】レンズ中心周辺から屈折率を連続的に変化させ焦点を1点に絞り、球面収差を抑えることが可能

――比較的もろいと言われている低分散ガラスをどうやって非球面レンズ化することができたのですか?

原田:残念ながら詳細はお伝えできません。今回のレンズに採用しているED非球面レンズは非常に大型で、製造の難易度は高いものですが、なんとか実現してほしいと技術者にお願いしたレンズです。

前モデルの前玉も、当時の写真レンズ用としては世界最大口径レベルのガラスモールド非球面レンズですが、これがなければ実現できないということで、担当技術者のチャレンジ精神で課題をなんとかクリアしてもらえました。

今回のレンズではさらに大きなガラスモールド非球面レンズを採用していますが、今回も技術者がさらなる技術的なブレークスルーを実現してくれました。こういった要素技術のレベルが高くないと、設計値は絵に描いた餅でしかありません。その意味で、今回は非常に多くの部署の方々の総力戦となりました。

ED非球面レンズ

――ED非球面レンズは構成枚数を減らす上で効果的だったのではないですか?

原田:ED非球面レンズは構成枚数を減らすと同時に画質向上にも貢献していますが、ED非球面レンズだけが本モデルの高性能を実現したというわけではありません。ED非球面レンズがあるからいいレンズ、ないから悪いレンズというくくりではなく、多くの要素技術や生産技術のレベルが高いからこそ、個々の技術も活きるということはお伝えしておきたいです。

――前玉と2枚目、そしていちばん後のレンズも非球面レンズですが、それぞれの働きは?

原田:前の2枚は主に広角側特有の収差補正に使っています。後の1枚は広角から望遠まで共通の収差補正に使っています。

――レトロフォーカスタイプのレンズでは前玉の凹レンズを非球面にすると、歪曲収差や像面湾曲に効果的と聞いています。

原田:そうですね。ただし像面湾曲と歪曲収差はトレードオフの関係にあり、片方を極端に良くするともう片方が悪化するので、そのバランスをとるのが難しいですね。

前玉は凹の非球面レンズ

――いちばん最後の非球面レンズは、後群に集中しているEDレンズなどとともに諸収差を追い込んでいるイメージでしょうか?

原田:広角から望遠までコマ収差の低減というテーマを掲げていますので、そういったレンズも必要になってきます。

――高屈折ガラスも使われているそうですが、構成図に表示がないのでわかりません。どのレンズですか?

原田:申し訳ありませんが、公表はしておりません。

――それでも効果は謳うと(笑)。

原田:はい(笑)。

――高屈折ガラスには、どんな効果がありますか?

原田:先ほど非球面レンズによって球面収差やコマ収差が補正できると申し上げましたが、屈折率によってしか補正が難しい収差が像面湾曲です。像面湾曲の補正をするには、どこかに高屈折率の凸レンズを入れたいということです。

――構成枚数は前モデルから5枚増えて20枚になっていますが、この理由は?

原田:VR機構を入れるために5枚増えたということではありません。基準性能を上げるために増やしました。

――前モデルと構成図を比較しますと、前モデルは比較的各レンズ間に間隔がありますが、今回のモデルはぎっしりとレンズが詰まっていて、断面はいかにも高級そうに見えますね。

原田:レンズの断面は非常に大事だと思っています。私もプライベートに、古今東西のいろいろなメーカーのレンズを購入しますが、レンズの一般的な評価よりも断面図を見て購入するかどうか決めています。今回のレンズの場合は、前から4枚目以降12枚目までのレンズの並びが、テレゾナータイプ+テレコンバーターのようにきれいに並べることができたので気に入っています。

原田氏は自前の“断面が美しいレンズ”を見せてくれた
1つはライカSUMMILUX 35mm F1.4(第1世代、左)、もう1つはフォクトレンダーのNOKTON 50mm F1.5(旧西ドイツ製のオリジナル、右)だ

前モデル越えるボケ味を実現

――今回のレンズは、中望遠域も含む大口径レンズですので、ボケ味への配慮も行われているのでしょうか?

原田:コマ収差を整えることで、中心から周辺までなるべく均質なボケになるように配慮しています。先ほども申し上げましたとおり、よくボケ味については球面収差が支配的といわれる場合がありますが、球面収差の影響が大きいのは中心から2〜3割の範囲で、それより外側ではそれ以外の収差の影響が大きくなります。

例えば、二線ボケ傾向のボケが周辺部で片側だけ半月状のボケになったりしますが、あれはコマ収差の影響です。コマ収差は画面周辺部で急激に増える収差なので、何かおかしいという時はコマ収差が原因ということも多いです。

そのため、コマ収差を整えることで、画面内で急激な変化がないように横方向にできるだけ均質なボケが得られ、奥行き方向(撮影距離方向)でもボケの形が変わらず均質なボケが得られるようにしています。よくピントの合った部分はシャープでボケ始めると急激にボケが大きくなるレンズがありますが、個人的にはそういう描写には立体感を感じられません。

このあたりは設計者によって好みも違います。光学設計上、ボケ味を語る上で難しいのは、どういう収差バランスが良いかということと、実際にそのレンズタイプでアイデアが実現できるかということは別々ではないからです。

例えば凸先行と凹先行のズームタイプがあって、凸先行に凹先行ズームタイプのボケを求めてもだめなので、それぞれのレンズタイプでよりボケ味を良くするにはどうするかということになります。

答えは定性的にこうだとは言えないのですが、今回のレンズではなかなか良いところに落とし込めたと感じます。望遠側は特に留意しましたが、実際に撮影してみると意外に広角側のボケも自分では良いと思いました。これも、サジタルコマフレアを大変小さく抑えた結果です。

――ボケの形は無限遠と近接、また焦点距離によってどう変わりますか?

原田:厳密に言えば収差変動によりボケの強度分布が変わりますので、無限遠に対してフォーカシングに伴って最至近で若干解像力が変わるということは、ボケも若干変わります。ただ、多くのシチュエーションで使われる無限遠から人物撮影の距離くらいまでは、ボケの形が変わったと思われないくらいに解像力とボケのバランスを各ポジションで最適化しています。

顔のアップくらいの至近撮影では、解像力は若干落ちますが、周辺までボケが柔らかめでかつ均一になるように留意しています。

前モデルの場合、特に広角から中間焦点域端のボケは画面中央から7割ぐらいまではいいのですがそれより外側が急変しがちでした。その原因は、サジタルコマフレアによる低周波のフレアが出ているためとわかっていましたので、今回はその部分までケアして、画面全体で均一なボケが得られるようにしています。社内の評価では、中判カメラのような自然なボケだとする評価も得ています。

――昔はボケ味のきれいなレンズは解像力が劣ると言われて来ましたが、今回のモデルで解像力とボケ味が両立できているのはどうしてでしょうか?

原田:昔のレンズは球面収差以外にも軸外の収差はたくさん残っていて、それを打ち消してボケをきれいにするためにはもっと球面収差を増やさなければいけない。そうすると当然解像力はさらに落ちることになります。

一方、最新の技術で仮に無収差レンズができたとすると、ボケはクセのないものになりますが、きれいかどうかというと議論になる部分もあります。そういう時には敢えて球面収差を倒してボケ味を良くすることがありますが、その場合もやはり無収差に比べると解像力は若干落ちます。

ただし、そういう時の解像力低下は、実用上に目立つほどでは無く、十分基準レベルを超えたうえでの話になります。要は、その時の収差バランスが大切になります。

昔の基準では、ボケ味を良くするには解像力に大きく影響するほど球面収差を倒す必要がありましたが、最近のレンズでは最小限の解像力の低下でボケ味を良くすることができるようになっています。

新開発ジャイロセンサーによるVR 立ち上がり時間も短縮

――前出のインタビュー記事で、前モデルの時もVR化を検討したものの太くなりすぎるので断念されたそうですが、今回さらに条件が厳しいのにも関わらず採用することができたのはどうしてですか?

原田:前モデルの光学設計も私が担当しましたが、当時の設計技術や、VR機構の小型化技術がそこまで進化していなかったということもあり、かなり大きなものになってしまいました。一応、モックアップを作ってお披露目もしたのですが、一体誰がこれを買うんだ(笑)という話になり、さすがにこれはないということで断念しました。確か500mm F8のミラーレンズより太かったことを覚えています。

堀越:前モデルの検討時と比べますとこのおよそ10年間の設計や製造、VR要素に関係する技術進化は目覚ましいものがあります。それに加えて前モデルと同様にスリムなデザイン・操作感を継承するというコンセプトもありまして、最外径だけではなくフォーカスリングやズームリングの操作部のサイズは最初に決めました。

前モデルと比べて内部のレンズ径はアップしていますが、操作リング部の直径は約2mmしか上げていませんので、メカで使えるスペースは前モデルよりむしろ小さくなっています。

そのため鏡筒内部の部品構成や配置を徹底的に見直し、少しのスペースも無駄なく使用するメカレイアウトとしています。VR機構においてもユニット内部の構成や、鏡筒との連結部分の構造を工夫することで、小さいスペースに収めることができました。

――ちなみに、VR機構を省いたバージョンを作るとすれば、どんなレンズになりますか?

原田:仮にVR機構を省いても、重量1,070gが900gになるということもありませんし、大きさもそれほど変わりません。というのも、そもそも高画質化のためにレンズ構成枚数が増えています。

今回のモデルはVR化のために、VRレンズ群に無理な収差補正を担わせずに、VRレンズ群と全体の構成を最適化することで実現しています。このVRレンズ群は、VR以外の通常の収差補正にも非常に役立たせているため、仮にVRを搭載しない設計を行っても省くことはできません。

さらに、1枚目のレンズはAF-S NIKKOR 50mm f/1.8Gに使われる全てのレンズと同じくらいの重さがあり(一般的に収差補正に有利な高屈折率なガラスは重たくなります)、他にも重たいレンズをいろいろと使っています。

――現実にF2.8の大口径ズームにVR機構を入れるのは光学的にも結構大変なのでは?

原田:これは、上司にも「全ニッコールレンズの中で最高の設計難易度で、針の穴を通すようなもの」と言われるほど大変でした。できるかどうかもわからない状態で模索し始め、できるとなったら今度は目標とする仕様が上がるという繰り返しで、6度ほど設計を大幅にやり直しました。

ナノクリスタルコートのマークと共に「VR」の表記がある

――最近はどんなレンズでもVR付きレンズを求めるユーザーの風潮があり、このままだとF1.4の単焦点レンズまでVR化して欲しいという要望がありそうですが、仮に要望があれば実現できるのでしょうか?

原田:光学的には可能です。ただし焦点距離によっては大型化してしまうこともあるでしょう。広角系はレトロフォーカスですし望遠系はテレフォトタイプが主になりますから、VR群をどこに作るかで変わってきます。

焦点距離によってVR群を作れる箇所が限られ、メカ的な機構を重ねた場合にVR群まわりが大きくなってしまうということがあります。大きくなるとその干渉を避けるために全長を長くする、そうすると今度は光量が不足するのでレンズの口径がさらに大きくなる、とどんどん大きくなります。

こうなって来ますと、単純に光学設計で可能かどうかということと、製品として成立するかの乖離が大きくなってしまうということがあります。

――VRなしでも大きめのF1.4レンズが、さらに大きくなって受け入れられるかどうかということですか?

原田:そうです。

――補正効果は今回の場合約4段分となっていますが、これは望遠端での数字でしょうか?

今榮:はいそうです。

――広角端では補正効果はどうなりますか?

今榮:数字としては、公表はしておりませんが、実際の撮影では十分な補正効果を実感して頂けると思います。

――今回のモデルの製品紹介ページで手ブレ補正効果のグラフ(下図参照)が掲載されているのですが、手ブレ補正効果4段(CIPA規格準拠)を決める基準になっているブレ量の数値表記が省略されています。これはCIPAの規格書によると撮像面で63μmと考えてよろしいでしょうか?

藤原:手ブレ補正の効果はCIPAの規格準拠ということで発表させて頂いていますが、その図に関しましては概念図ということで細かな数字は省略させて頂いています。

VRの手ブレ補正効果のイメージ

――VR機構自体の改善点はありますか?

藤原:手ブレ検知用のジャイロセンサーは新規開発したもので、このレンズの少し前に発表されたレンズから採用され始めています。

このセンサーとそれに特化したアルゴリズムの搭載により、カメラの電源ON直後の防振の効果が飛躍的に向上し、またファインダー像が瞬時に安定するようになりました。この他にも制御アルゴリズムは日々進化していますので、総合的な性能が向上しています。

――三脚ブレを補正可能とありますが、ニコンで言う三脚ブレとはどんなブレですか?

藤原:ボディー側からの振動が伝わることによるブレや、風などの外的な要因で発生するブレの両方が補正可能になっています。

――三脚の種類や撮影条件によっては、VR機構をOFFにしたほうがよい場合もあるとの注意書きがありますが、結局ON/OFFのどちらがいいのかわかりません。目安はありますか?

藤原:新開発ジャイロの効果や、制御アルゴリズムの進化もあり、三脚装着時でもONにすることを推奨致します。そのうえで、お客様の使用三脚・環境ではあまり結果が良くないということがあればOFFを試してみてはいかがでしょうか。

――D810の電子先幕シャッター使用時でもVRはONがいいのでしょうか?

藤原:本製品では光学的にもONを推奨しています。

――天体撮影や月光撮影など長秒露光の場合は?

藤原:長秒時露光の際は、OFFがよろしいかと思います。

VRには、走行中の自動車や船上からの撮影に適したACTIVEモードも備えている

連写時の安定性に優れる電磁絞りを採用

――電磁絞りを標準ズームで採用するメリットを教えてください。

今榮:電磁絞りにすることにより露出精度と、高速連続撮影時の露出の安定性が向上します。現行の連動レバーによる絞りでも、、精度としては高い水準にありますが、ボディーとレンズの締結部分のメカガタが誤差として乗ってしまうということがありました。電磁絞りではそれがありませんので、露出精度はかなり向上しています。

制御もボディーとの電気的な通信で行いますので、高速連写時を含め、露光をさらに安定した確実なものにしています。

電磁絞りのため、マウントに絞り連動レバーはない

――望遠レンズやテレコンバーター使用時ならメカ連動による露出誤差が出やすいのはわかりますが、標準ズームでもそういった露出誤差はあるのでしょうか?

今榮:露出精度の面では、駆動系をレンズ内に完結できる電磁絞りが有利になります。

――本レンズの少し前に発表されたAF-S DX NIKKOR 16-80mm f/2.8-4E ED VRは、標準ズームで初めて電磁絞りが採用され、設計の方に以後の機種では全て電磁絞りになるのかどうかお聞きしたところ、「今回の機種でユーザーの反応を見ながら決める」とおっしゃっていました。今回のレンズでも採用されましたが、Eレンズ化はやはり既定路線なのでしょうか?

石上:いいえ。最近のレンズではAF-S NIKKOR 24mm f/1.8G EDがGタイプです。GタイプとEタイプの使い分けは、より露出精度に対して厳しい要求が考えられる機種に対して電磁絞りを採用して行くということになると思います。

――例えばの話しですが、現状Nikon 1用のマウントアダプターFT-1には絞りの駆動機構が入っていますが、Eレンズの場合この駆動機構が必要ないとすると、将来35mmフルサイズのミラーレス機が出て来たとしても互換性がよりスムーズになりますね。

石上:EタイプのレンズはNikon 1では電気接点の連動だけで動きますので、互換性という点ではよりスムーズになります。

超音波モーターも新設計

――前出のインタビューでは、今回のレンズのためにSWM(Silent Wave Motor=超音波モーター)も新設計されたそうですが、どういった点が課題だったのですか?

堀越:課題は2つありました。1つはフォーカスレンズが重くなりこれまでのモーターよりパワーが必要になったこと。もう1つはSWMを配置するスペースが小さかったことです。そこで、小さくてパワーアップした新しいSWMの開発を担当部署に依頼しました。

――先ほど外径サイズを先に決めたとありましたが、従来のモーターでは入らなかったのでしょうか?

堀越:径方向としては入ったのですが光軸方向のサイズが大きすぎました。

――モーターの具体的な改善点を教えてください。

堀越:詳細はwww.nikkor.comのインタビュー記事でSWM設計者が説明していますのでぜひご覧いただきたいですが、部品剛性は数mm小さくするだけで大きく変化しますので、部品強度を保ちつつパワーアップするため各部品とも100回以上のシミュレーションを繰り返して最適化を図りました。

――光学設計の要求から新機構の開発が行われたそうですが、逆にメカのほうは頑張ってもここまでが限界だからフォーカスユニットや手ブレ補正レンズを軽量コンパクトにしてくれと要求することはあるのですか?

堀越:もちろんあります。

原田:そういうやりとりは日常茶飯事で、挨拶代わりくらいに考えています。

――そうすると、皆さんで侃々諤々やりながら作って行く感じですか?

原田:製造現場含めて、みんなで相談しながら最適なバランスを探るという感じです。大昔のように、「光学設計ができたから後はよろしく」という感じではありません。そのあたりの調整役はリーダーの仕事です。

藤原:光学担当とメカ担当が討論している後ろで、私が見ながら弱いほうに加勢して均衡を保つような感じです(笑)。

――AF動作が速くなっているそうですね。従来からの進化点は?

堀越:AFはスピードと精度が向上しています。新設計のSWMに加え制御系の分解能を上げるため駆動部分のメカ構成を工夫しています。また制御アルゴリズムも改良しまして、駆動を高速化しつつ最後の部分でいかに精度良く停止させるかという部分にも重点を置きました。

こうした工夫の積み重ねにより、高精度化しつつ、従来のモデルと比べて約1.5倍の高速化を実現しています。

――実際の動作はどういった感じで速くなっているのですか?

堀越:前モデルはどちらかと言えば、初動はゆっくりで徐々に加速する感じですが、今回のモデルは初動が早く瞬時にトップスピードに達するイメージです。

プラスチック外装は堅牢性のため

――大きく重めのレンズなので、どうしても取り扱いが慎重になってしまいますが、堅牢性が向上しているというのは朗報です。どういった部分を強化したのでしょうか?

堀越:フォーカスやズームの可動部分です。特に前方のレンズ群がズーミングによって前後に動くタイプですので、この可動部全般を重点的に強化しました。そのほか内部の可動部やビス締結部など細かい箇所まで配慮しています。

また本モデルでは良好な操作性を確保するため操作リングを含む外装部品において適所にエンジニアリングプラスチックを採用しています。外装をプラスチックにしますと、一見コストダウンのためと思われるかもしれませんが、金属は衝撃によって塑性変形し動作に影響が出てしまう場合があるのに対し、プラスチックは衝撃入力時も弾力で元に戻るため変形を抑えることができます。

外装はガラス繊維強化プラスチックだ

プラスチックはガラス繊維を入れて強度を上げています。使用する箇所に応じてガラス繊維の量を変えるなどして、適材適所で異なる材質のプラスチックを使っています。

車で例えると、骨格となるシャーシ部分は金属でバンパーは柔軟な素材にし、衝撃はバンパーで吸収して重要部分のダメージを防いでいるといったイメージですね。

――破損時のシミュレーションについてもう少し教えてください。

堀越:大まかな構成が固まると、まずはシミュレーションによって衝撃を与えどの部材に力が集中するか、どこを通って分散していくかなどを見極め、効果的な構成や補強形状を検討し、修正してはまたシミュレーションで確認するという作業を繰り返します。

最終的には、実機検証とそのフィードバックを繰り返し、修正を加えて製品化しています。

――実際に落としたりぶつける実験をするのですね。

堀越:もちろんやっています。

藤原:実際のシーンをお見せできないのは残念ですが、びっくりするぐらい衝撃的です。

原田:担当製品は我が子のようなものですから、見ていて、つらくなったりします。

――その気持ちはわかりますね。ところで、軽量化への工夫点はありますか?

堀越:本レンズでは光学性能を最重要視した設計になっていますのでレンズ枚数が増え重くなっています。また鏡筒全長も長くなりメカの重量も増加しがちですが、先ほどのシミュレーション技術を駆使して強度に影響しない部分の肉厚を削ったり、部品の材料を変更したりするなど、各パーツを地道に最適化して軽量化する努力も行っています。

――防塵防滴については向上点はありますか?

堀越:具体的には申し上げられないのですが、前モデルより、レンズ内への水や埃の侵入がしにくい構造として向上しています。

小型になったフードにも注目

――初めてレンズを使ったとき、レンズフードを付けたはいいのですが、はずすときになかなかはずれなくてあせりました。フードロック解除ボタンはしっかり押し込まないとはずれなくなっていますね。

藤原:前モデルのレンズフードはロック解除ボタン部分が出っ張っていて、お客様から何かに押されて不意にはずれる、というご指摘をたくさん頂きました。そこで、ボタンの周囲の高さを上げることで不意に押されて外れるのを防ぐと同時に、ボタンを深く押し込まないと外れない構造にしています。

ご指摘のようにややはずしにくいと感じる場合もあるかもしれませんが、簡単にはずれることがないことを念頭にした設計です。

――ロック解除ボタン以外にレンズフードでの工夫点はありますか?

藤原:1つは、前モデルの場合本体の直径に対して、フードの直径がかなり大きめになっていて、一体感に欠けるデザインになっていましたので、今回はより一体感のあるデザインとしました。

前モデル(右)はフードに段差があったが、新モデル(左)は、スムーズな曲線で繋がるようにした

2つ目は、これもご要望が多かったフードの小型化です。外径は同じなのですが今回のモデルのフードの長さは、前モデルに比べて短くしています。短くなっていても今回のモデルではフィルター径が大きくなっていることもあり、遮光効果は前モデルとほとんど変わりません。

新型フード(左)は、旧型フード(右)より小さくなった。なお新旧のフードに互換性はない

3つ目は、今回のモデルでは本体の鏡筒の強度を高めていますが、フードを装着した際により耐衝撃性が増すように工夫しています。レンズを万一落としたりぶつけた時でもフードを装着していれば、衝撃を吸収してレンズを守ってくれます。そのために、フードの厚みや形状なども工夫して衝撃を吸収しやすくしています。

他には、前モデル同様、フードが鏡筒のズーミングによる稼働部分をカバーするような格好になっていますので、急に雨に降られた時でも水濡れをおさえて防滴の助けになるという効果もあります。

広角側では鏡胴が繰り出す(左)。一方望遠端で鏡胴は短くなる(右)。このためフードがより効果的に働く

原田:雨と言えば、レンズ最前面と最後面にはフッ素コートがついていますので、水滴がレンズ面についた場合も簡単にふき取れます。コートと言えば、本製品ではナノクリスタルコート以外のコートも最新の低反射コートを多用し、メカ的な反射も含めて全モデルよりも大変低く抑えています。前述の写真家の方の、眼が開けられないくらいの逆光でも綺麗に写って驚いたという写真を拝見しました。

フードを装着した状態では、新モデル(左)は旧モデル(右)より10mm長いだけだ

――最後にこの点はアピールしておきたいという部分をお願いします。

藤原:性能や操作性をはじめ、フードまで含めた鏡筒デザインへのこだわり、生産部門の頑張りなど、関係者全ての力が結集した、あらゆる面で最高のニッコールレンズを作り上げた自負があります。多くのお客様にニッコールの魅力を存分に感じて頂きたいです。

石上:このレンズは、ニッコールを代表するレンズになります。そのために、光学設計、メカ設計だけでなく関係者全ての熱い思いが込められています。VR化、光学性能向上、堅牢性向上や様々な点で機能向上しておりますので、ぜひ使って頂いてその良さを実際に体感して頂ければと思います。

今榮:このレンズの大きな特徴の1つとしてVRの搭載がありますが、望遠端での補正効果4段という数字だけではなく、ぜひ使って頂きその効果を実感して頂きたいです。電磁絞りも、特に連続撮影の時は、前モデルより精度、安定性ともに大きく向上させていますので実感して頂ければと思います。

堀越:AF性能含め多くの機能が向上しています。ぜひ手にとってその違いを体感して頂きたいです。それと細かいところですが本レンズではズーム指標をズームリングの前側に移動して傾斜を付けていますので、三脚撮影時などカメラの後方から操作する際も見やすくなっていると思います。こういったところにも注目頂けるとうれしいです。

原田:本日は多く語りましたが、撮影して頂ければ語らずともご納得頂けると思います。多くの写真家や愛好家の方々にお使い頂き、良い写真を後世に残すことへ少しでも貢献できればと望んでいます。

旧レンズ(右)ではマウント近くにあったズーム指標を新レンズ(左)では前方に移動し、使用時に見やすくしている

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―インタビューを終えて― 史上最高のニッコールレンズにかける開発者の想いを感じた

今回のレンズのポイントは何と言っても情熱的とも言えるほどの光学設計者の熱い思いと、その思いに応えたメカ設計者の心意気の部分ではないだろうか。

事前に、各社の24-70mm F2.8レンズの構成図を調べた結果、旧機種では凹先行ズームタイプの光学系を採用していたメーカーも含め、現行機種ではニコン以外は全て凸先行ズームタイプの光学系を採用していたのには驚いた。手ブレ補正機構も1社が実現しているのみで、そのほかのメーカーではまだ実現していない。

この状況下、VR機構を入れたニューモデルを開発するにあたり、凸先行ズームタイプの光学系を採用すれば定石通りという評価で終わるが、今や大口径標準ズームとしては絶滅危惧種となった凹先行ズームタイプのままVR化ができれば、まだ誰も達成したことがない技術的な高みを極めることができる。そうなれば、有能な技術者なら誰しもが挑戦したくなるだろう。逆にそんなチャレンジ精神がなければ、新たな技術の世界は切り開かれてはいかない。

とは言え、現実には光学設計者の思いだけでは製品化はできず、メカ設計チームをはじめとした周囲のサポートがなければ製品化できないことは、インタビューでも明らかだろう。

ともすれば自分の担当箇所の課題がクリアできれば後は関係ないとなりがちだが、今回の開発チームには、ある担当者の課題のクリアが難しそうなら、チーム全体でもう1度計画を最初から練り直してみんなで課題を分担してクリアする。そんなチームワークが当たり前にできそうな風通しの良さを感じた。ニコンにはそういった社風があり、だからこそ今回のような柔軟な発想による優れた製品を生み出すことができるのだろう。

リーダーの藤原さんが、意外にもおすすめポイントとして、フードを装着した時のデザインを挙げていたが、当初は大きく重く感じたデザインも、見慣れてくると逆に迫力があって、かっこ良く見えて来るから不思議だ。しかも、唯一無二の技術を極めた史上最高のニッコールと聞けば、誰しも触手が動いてしまうのは無理もない。

杉本利彦

千葉大学工学部画像工学科卒業。初期は写真作家としてモノクロファインプリントに傾倒。現在は写真家としての活動のほか、カメラ雑誌・書籍等でカメラ関連の記事を執筆している。カメラグランプリ2013選考委員。