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キヤノンフォトグラファーズセッション 最終プレゼンレポート

講師はハービー・山口さん&瀬戸正人さん キヤノン賞は誰の手に?

左から瀬戸正人さん、キヤノン賞受賞の小松里絵さん、宛超凡さん、ハービー・山口さん

5月14日、キヤノンギャラリー銀座において、写真ワークショップ「第5回キヤノンフォトグラファーズセッション」の最終プレゼンテーションが行なわれた。

キヤノンフォトグラファーズセッションは、ベテラン写真家のポートフォリオレビューや写真展の開催などを通して、若い写真家の活動を支援するワークショップ。第5回の講師はハービー・山口さんと瀬戸正人さんが務めた。

ハービー・山口さん
瀬戸正人さん

全3回のセッションからなり、5月14日の最終プレゼンテーションでは、ファイナリストに残った10名の中から2名を「キヤノン賞」として選出する。

参加者は、品川にあるキヤノンマーケティングジャパン本社のキヤノンオープンギャラリー2において開かれる、合同写真展に参加できる。また特典として、オンデマンドフォトブックサービス「PHOTOPRESSO」による写真集作成の権利も受けられる。

さらに、キヤノン賞を受賞した2名には、キヤノンギャラリー銀座・梅田での合同写真展の開催と、副賞(EOS 5D Mark III、EF24-105mm F4L IS USM)が進呈される。

選考前の会場の様子。ファイナリストが自分のプレゼンの順番を待っている
ワークショップのスケジュール

最終プレゼンテーション後に選考を行なった結果、宛超凡さんの「水辺にて」と、小松里絵さんの「紡ぐ」がキヤノン賞を受賞した。

ファイナリストの名前と作品名

写真に写る"情"

宛超凡さんの作品「水辺にて」は、中国で学生時代に通っていた大学の近くにある河川の周りで撮影した写真をまとめた作品。お茶を飲んだり、散歩をしたり、思い思いにのんびり過ごす川辺の人々を写している。

生まれ育った河北省の町には水場がなかったという宛さんは、毎日撮影に赴くうちに、河が好きになったという。大学卒業後に日本へ渡り、写真を撮るようになった。今回のフォトグラファーズセッションに参加して、講師から「中国で撮影した写真の方が力がある」と指摘を受けて気付いたことは、「写真には"情"の有無があるのではないか」ということだった。

宛超凡さん

“情”について考えた宛超凡さん。

「"情"とは、被写体となる人々の生活環境や社会の事情を知っているかどうか、暮らしを想像できるかどうかだと考えました。私が中国を撮った写真は、急速な開発が進む中国における、中国人の孤独や悲しみを写していると思います」

「中国で生まれ、中国で育った私には、中国社会の一部分であるという自覚があります。だから写真に写った被写体の人々は、自分の内面を映す鏡のようなもの。私は日本では単なる傍観者ですが、中国においてカメラを持っていない自分は、被写体となる人々の中の1人です。そこに情の有無が生まれると考えています」

宛超凡「水辺にて」より

「そうした意味では、大学卒業後に日本で撮った写真は"情がない写真"、中国で撮った写真は"情のある写真"と分けることができます。実際、私は日本という国と個人的あるいは社会的な繋がりが薄いので、私が日本で撮った写真は、中国で撮った写真よりも“負けている”と思いました」

以下は、講師をつとめた瀬戸正人さんとハービー・山口さんの講評。

「僕らの知っている中国は、メディアを通して伝えられる北京の高速道路や上海の高層ビルといった表面的なものです。宛さんの作品に写されたような景色があることは想像できるのですが、実際に見たことがない。"中国人視点で撮った中国"は、僕らでは撮れない写真です。だから、これが本当の中国なのかもしれないと思える。だから、感動する」(瀬戸正人さん)

「フィルムのモノクロの風合いも作風に合っていますね。写真の本質的な力が感じられます」(瀬戸正人さん)

宛超凡「水辺にて」より

「孤独なものを表現したかったという動機と、生まれた町にはなかった"水辺"のインパクト、その水とかかわる人々を目の当たりにした宛さんの気持ちがストレートに表現できています」(ハービー・山口さん)

「宛さんが日本で撮った写真も見せていただきましたが、個人的には、宛さんの目を通して、日本がどう見えているのかをもっと見てみたい。日本人が気付かなかった日本人像を撮れる方なのではないかと思います」(ハービー・山口さん)

宛超凡「水辺にて」より

ワークショップに参加した感想を宛超凡さんに聞いたところ、写真に関する取り組み方が中国とは異なる点に刺激を受けたと話してくれた。

「熱心に写真に取り組んでいる中国人は、日本の写真家のことがすごく好きです。特に荒木経惟さんや森山大道さんは、中国では"写真の神様"のように見られています。もちろん、中国にも写真賞のたぐいはあるのですが、私の知る限り、こうしたワークショップはないので、参加者や講師の方と交流しながらインストラクションを受けられたのは、とても良い刺激になりました」(宛超凡さん)

構成が変わると作品も生まれ変わる

小松里絵さんの「紡ぐ」は、冬の琵琶湖を中心に撮影した作品。幼少の頃から訪れていた琵琶湖の四季をとらえている。

小松里絵さん

「過去と現在の自分に向き合うこと」をテーマとし、琵琶湖周辺の風景や、愛娘が写っている写真を交えた表現。「娘に伝えられるような作品を目指して製作した」という。過去のセッションで受けた指導から、春らしいイメージの写真を新たに撮り下ろし、構成の中に加えている。

小松里絵「紡ぐ」より

「以前の作品と比べて格段に良くなっている。一見、モノクロのようにも見えるのですが、雪の写真にも色を感じるし、全体的に色のバランスが良い。構図もよく練られていると思います」(瀬戸正人さん)

「前回のセッションまではほとんどが冬の写真が中心だったということもあり、何か怨念めいた、おどろおどろしいものを感じたのですが、今回は構成を大きく変え、春の光のイメージを取り入れ、別人のように良くなっていますね。特別なものが写っているわけではないのだけれど、心地良さがあります」(ハービー・山口さん)

小松里絵「紡ぐ」より

キヤノンフォトグラファーズセッションは、写真家として真剣に"上"を目指すコンセプトのイベントなので、講師の指導も非常に厳しいものとなる。小松里絵さんはキヤノン賞受賞後のコメントで、ワークショップの中で講師陣から受けた指導を振り返っていた。

「瀬戸さんの指導はかなり厳しかったのですが、それ以上に、写真に対する愛がはっきりと感じられました。それをみんな解っていたからこそ、私だけではなく、ほかの参加者のみんなも頑張れたのだと思います。賞をいただけた実感はまだなくて、今は近々開催するワークショップの写真展のことで頭がいっぱいなのですが、とにかくここからまた、新たな境地を目指して精進したいと思っています」(小松里絵さん)

小松里絵「紡ぐ」より

写真展を開催するまでがワークショップ

本ワークショップでは、参加者が行なう写真展の展示についても自分で企画し、展示する作品の取捨選択や構成に関する指導を受けることができる。瀬戸正人さんは最終プレゼンテーションを終えた挨拶の中で、次のように述べている。

「複数の写真で構成する"作品集"は、構成次第でまったく印象が変わります。作品の形が一度完成したら終わりではなくて、新たに作品を追加し、並べ替え、最終的な展示の姿を考えて、また違うものに変えていく力も作品集の完成度を高めるうえで必要な能力です。ファイナリストの皆さんが展示する作品展まではまだ間がありますので、ぜひ挑戦していただきたいと思います」(瀬戸正人さん)

閉会後の懇親会では、お世話になった講師に新作のポートフォリオレビューをお願いする参加者の姿もあった

(関根慎一)