佐藤信太郎写真展「東京|天空樹 Risen in the East」

――写真展リアルタイムレポート

2010年12月10日 墨田区 京島(c)SATO Shintaro

 佐藤さんは前作「非常階段東京」で、夕闇が広がる時、自然光と人工光が混じり合う街の光景を捉えた。そんな逢魔時に浮かび上がる、その土地の地霊をとどめようとしたのだ。

 その撮影エリアは昨今、東京の下町と言われる東側の街だ。この場所には、江戸から連綿と続く時が存在する。作者が生まれ幼少期を過ごした町であるとともに、その街が持つ厚みが被写体として興味を喚起し続けるのだ。

 そして、その土地に、634mという世界一の高さの塔(自立式電波塔として)が建った。

「塔が建ち上がり、景観が大きく変わっていく中で、街の有り様を写し込んでおきたかった」と佐藤さんはいう。

 そこには現代の浮世絵ともいえる重層的な光景が広がる。

 同名の写真集(青幻舎刊、税込3,990円)も発売中。

東京スカイツリーが見える光景の撮影は続けますと佐藤信太郎さん1点1点は違う時間が入り込んだ虚構世界でもある
  • 名称:佐藤信太郎写真展「東京|天空樹 Risen in the East」
  • 会場:フォト・ギャラリー・インターナショナル
  • 住所:東京都港区芝浦4-12-32
  • 会期:2012年1月13日~2月25日
  • 時間:11時~19時(土曜は18時まで)
  • 休館:日曜、祝日

複数カットで1枚を構成

 きっかけは大手広告代理店からの撮影依頼だった。東京スカイツリーのCG完成予想図に使う背景写真を撮ってほしいというものだ。

「東京タワーの2倍近い、とんでもなく高いものができるという話は聞いていて、興味は持っていました」

 仕事はその一度きりだったが、プライベートで撮り続けることにした。当初は大判のフィルムカメラを使っていたが、ほどなくデジタルカメラに変えた。

「基礎工事は昼夜通して作業があるし、動きが速いので、フィルムでは対応しきれませんでした」

 また、撮影したいと思う空間は、従来のフレームに収まりきらない。さらに、より精密に撮影するため、複数の画像で1枚を作る方法を選ぶことにした。

「夜間や光量の少ない時間帯は三脚を立て、昼間は手持ちで、横方向にシャッターを切っていきます」

 フレーミングは、それぞれの風景に応じて作っていくので、サイズは1点ずつ異なる。一つの場所では何度も繰り返して撮影を行ない、その中で複数のカットを選んで、パソコン上でつないでいく。

「一見、1点ずつワンショットで撮った風景に見えると思いますが、実際はばらばらの時間にある光景が組み合わさってできています」

 ソフトはPTGuiを使い、つなぎ目など違和感のある部分を丹念に手作業で直している。

2011年1月2日 台東区 浅草(c)SATO Shintaro

街を歩き、深く見直す中で

 この撮影での主眼は東京スカイツリーそのものでなく、その塔の建設が進む中での街の光景にある。

「最初は当然低いので、建設場所の周辺でしか見えませんでしたが、高くなってくるとどこからでも見えるので、ロケハン、撮影に出かける回数もおのずと増えていきました」

 その中でも撮影エリアとしたのは墨田区内をはじめ、浅草、京島、業平、小岩など5区が中心だ。

「夜の撮影は、事前にロケハンしていた場所で行ないました。昼間はその日の気分で行く街を決め、ひたすら歩きまわっていましたね」

 作品の組み方は、基本的にスカイツリーの建設に合わせていくので、撮影しながら並びやバリエーションにも気を配った。自宅の一部屋に撮り終えたプリントを並べていき、次にどんなカットが必要かを把握しながら、撮影を進めた。

「時間帯や街の様相、人の存在など、単調にならないように気をつけていました」

 撮るうちに、改めて東京が江戸からの歴史の上に成り立っている街だということを意識したという。それと当時に、浮世絵や絵巻物への関心が強くなっていった。

「東京は土地の形、流れによって街ができてきている。昔から脈々と続く、その土地特有の雰囲気が受け継がれているように感じています」

 浮世絵も精緻に、その時代の風俗、世相を記録した映像情報だ。写真を通して、深く街を見続けていれば、そこにつながっていくのは当然のことかもしれない。

2011年2月15日 足立区 千住元町(c)SATO Shintaro

約3年にわたり撮影

 街の中で、どういう光景が面白いと思い、選び出すのか。その答えは簡単に言葉で説明できるものではないようだ。

「『非常階段東京』では撮影する時間帯、俯瞰する位置などの条件の中で、土地の力を強く感じる風景を探しました。僕の場合、そのアンテナを立てていると、そのほかの光景はとれなくなってしまいます」

 非常階段東京に専念している時は、目に映る街の光景は、撮るべきものとして全く立ちあがってこないのだ。

「あの時はカメラを持って街を歩く間、1回もシャッターを切らないこともありました。気持ちを切り替えて、並行して別のものを撮ることができないんですね」

 そのスタンスは今も変わらない。2008年の終わりから2011年にかけて、東京の東側のスカイツリーが見える場所を旅しながら、時間が折り重なって見える街を探し続けた。

「ただ、スカイツリーが出来上がってくると、見える場所が広がり、撮る人もとても多くなってきました。そうなると、僕が目を離している間に凄い光景が起きるのではないかと、強迫観念にとらわれ始めて……。正直、撮るのが辛いと感じるときもありました(笑)」


都市の写真の楽しみ方

「目の前に広がる現実は、簡単には見尽くせない。写真の中で、その一つ一つをつぶさに見ていくのが僕は好きなんです」

 俯瞰した街にはビルや住宅が建ち並ぶ。こちら側に向いた窓からは生活の様子が感じられる。

「僕の作品を見て、この一つ一つの明かりに物語を感じてくれる人が多いのですが、僕自身はもっと即物的な見方をしています。遥か彼方のマンションの手すりがくっきり見えるような精密さを求めます」

 展示作品は壁面いっぱいに伸ばしたプリントも飾られ、都市のディテールまで堪能できる。この空間でしか体験できない東京散策を楽しみながら、先々、この光景がどう違って見えてくるかも想像してしまうのだ。

2010年11月23日 台東区 浅草(c)SATO Shintaro


(いちいやすのぶ)1963年、東京生まれ。ここ数年で、新しいギャラリーが随分と増えてきた。若手写真家の自主ギャラリー、アート志向の画廊系ギャラリーなど、そのカラーもさまざまだ。必見の写真展を見落とさないように、東京フォト散歩でギャラリー情報の確認を。写真展の開催情報もお気軽にお寄せください。

2012/1/18 00:00