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Photoshopで修復される思い出――東日本大震災の写真修復の現場から


 3月11日、東日本大震災で発生した津波は、東北地方を中心に大きな被害をもたらした。浸水した家屋の中には、これまで大切に保管されていた写真もたくさんあったはずだ。水に濡れ、汚れが付着し、破損した写真を津波は大量に生み出した。

 写真は、思い出の宝庫だ。家族の成長記録、旅行先の情景、記念日の記録など、さまざまな場面で撮影されてきた写真は、今のようにデジタルでなかった時代だと、紙焼きされ、アルバムに貼り付けられて、思い出は保管されてきた。

 そうした思い出を、救出したい。そんな思いから「あなたの思い出まもり隊プロジェクト」がスタートしている。社会貢献学会を設立した東北福祉大学、工学院大学、神戸学院大学のうち、被災した東北福祉大学を除く2大学で実施されているプロジェクトだ。

 被災地から送られてきた写真を、各大学の学生や一般ボランティアとともに、無料で修復作業を手伝うというこのプロジェクト。セイコーエプソンやアドビシステムズといった企業の協力も受けながら行なわれている写真の修復作業を取材した。

「あなたの思い出まもり隊プロジェクト」で工学院大学側の責任者を務める村上正浩准教授(中央)。左は3大学による「TKK助け合い連携センター」の濱野航平氏、学生ボランティアのリーダーである柴間大輔さん

写真を修復することで被災者支援

 社会貢献学会は、2011年3月5日に設立総会が行なわれた。防災教育やボランティア育成で連携していた3大学が立ち上げたその直後、震災発生を受け、実際のボランティア活動などを行なうことを決めている。その中で、津波の被害に遭った写真を回復させる試みを「思い出まもり隊プロジェクト」としてスタートさせた。

 工学院大学でプロジェクトを管理する村上正浩准教授によれば、元々は神戸学院大学の舩木伸江准教授が、震災後に津波で汚れた写真をテレビで見たのが発端だったという。一般的に、「地震被害では(同時に発生する火災で)燃えてなくなることが特徴」(村上准教授)であることが多かったが、東日本大震災では津波の被害が大きく、残った写真は修復可能な部分が多いことから、今回のプロジェクトが動き出した。

 パソコンのHDD内などに入っているデジタル写真の場合、復旧はより専門的な世界になるが、アナログの紙焼き写真であれば、デジタル化と画像編集ソフトによって修復が可能になる。それをプリントアウトし、依頼者に返却することを目指した取り組みだ。

 プロジェクトは、神戸学院大学で4月2日から始まった。工学院大学では、学生ボランティアを被災地に派遣する一方、修復作業のスペース確保、人材の確保に手間取りつつも、7月下旬から大学としてプロジェクトに参加。その後、夏休み中の学生が多く参加したという。

 プロジェクトでは、アドビからはパソコンやスキャナ、プリンタ、そしてソフトウェアのPhotoshop CS5の提供が行なわれた。一方、エプソンからは写真スキャンの技術指導が行なわれ、さらにアドビは、Photoshopの講習会も実施し、修復の技術を学生たちに指導してきた。

 「将来的に思い出を残すためには、"復元"はできないが、"修復"まではできる」と村上准教授。汚れを消し、できるだけきれいに修復して返却することを目指している。津波で汚れた写真は、そのまま放置した場合に劣化する恐れもあるので、汚れが少なくても、デジタル化して印刷することで、保存性が向上することも目指した。

 こうした作業は、被災地に行かなくてもボランティア活動ができるため、授業の関係でなかなか行けないことも多い学生でも参加できる。普通の生活をしながらボランティアができるというメリットもあると村上准教授は指摘する。


写真修復の作業

 プロジェクトでは、基本的に学生が主体となって各作業を実施してきた。工学院大学のリーダーは工学部4年の柴間大輔さん。現在はおおむね35人の学生が作業を分担して行なっており、現在までの参加延べ人数は109人になったそうだ。

東京・新宿にある工学院大学の地下にある作業現場。都心のキャンパスのため、スペースの確保が難しかったという。この日も、学生ボランティア数人が作業を進めていた

 実際の作業では、まず神戸学院大学に依頼者から写真が送られ、そこからさらに工学院大学に転送された写真の修復を行なっている。まず、写真をデジタルカメラで撮影するところから開始する。作業すべき写真の記録とともに、もし写真に何かあったときのための保険として利用するそうだ。

少しずつ改訂を繰り返しながら作業マニュアルも整備しており、日々の作業状況はメンバーがノートに記入している 実際に写真に触れる必要がある場合は、マスクとゴム手袋を装着する。海水につかっていたこともあり、衛生面での心配もあるからで、空気清浄機も導入したいという

 その後、汚れを軽く取る作業を行なう。当初は汚れを落とすために水で洗う予定だったが、インクが流れてしまうなどの弊害があるとのことで、今は軽く汚れを拭き取るだけにしているという。

 そして写真の汚損の程度を見ながら分類をする。分類方法は(1)Photoshop CS5で修復可能、(2)スキャナーの補正機能だけで修復可能、(3)修復不可能――の3段階で、作業をする学生たちが「3人が基本で、最低でも2人」(柴間さん)で相談しながら行なっているそうだ。

分類作業中のアルバム。汚損が激しいものからほとんど汚れのないものまで、状態はさまざま 分類する際に、汚損の状況などをあらかじめ記入しておく

 この分類が難しいと柴間さんは語る。あくまで「思い出の写真をきれいにして返却する」ことが目的であるから、できるだけ完全な修復を目指したいのはやまやまだが、どうしても限界はある。どの程度の汚れであれば修復できるかできないかを判断するのは、ボランティアの目にかかっている。写真全体が激しく汚損してしまっている写真のように、修復が不可能な写真はともかく、写真の周辺の汚損は激しいが中心は比較的無事、といった画像もあって、判断が難しい場合もある。

 また、例えば運動会のようなイベント写真がすべて汚損が激しい場合でも、そのイベントの写真を何とか救出して思い出を残すようにしたり、同じ集合写真が何枚かあったら、効率化のために修復する枚数を減らしたりするなど、単純に汚染度だけではない判断が必要になるという。

 これまでの経験によって、ある程度「ソフトウェアで修復できそう」という判断基準は、各ボランティア間ではでき上がりつつあるそうで、以前よりも分類スピードは向上しているという。とはいえ、写真点数や汚れの程度によって異なるが、アルバム1冊で2〜3時間はかかることもあるという。分類したら、付箋を写真に貼って(1)〜(3)の区別をする。

 汚染がひどく、写真全体が汚れてしまっている場合、修復不能の判定をし、依頼者の希望があればそのまま返送する。残る2つの分類の場合、スキャナでデジタルデータ化する。エプソンやアドビのアドバイスに加え、これまでの作業から、600dpiの解像度が最適という判断になったそうだ。

 当初は通常のコンシューマ向けスキャナーを使っていたが、その後A3対応のスキャナーが提供され、一度にスキャンできる枚数が増えたという。ただ、汚損した写真をガラス面においてスキャンするため、ガラスに傷が付くなどするため「スキャナは消耗品」(同)になってしまうのも課題のひとつだ。

当初作業に用いられていたスキャナ 現在は提供を受けたA3対応スキャナーで取り込んでいる。1枚ずつスキャンするのではなく、アルバムの1ページごとにスキャンしているので、大型サイズのスキャナによって作業効率が向上したという

 スキャンの時点で、写真の縁に汚れがある場合はそれを切り取るトリミング、色調補正、ゴミや傷の低減、海水による特定色の色落ちを補正する褐色補正を行なう。この時点で修復完了になる画像もあって、その場合はプリントアウト作業に移る。

 スキャンした画像データは、ネットワークドライブに保存する。作業場内のパソコンはそれぞれLANで接続されているが、作業場は外部へのネットワーク環境がないため、その経由でのデータ漏えいの心配はないようだ。ただ、今後作業量が増えるに従って、ネットワークドライブも順次増設していく必要もあるのは悩みだという。

 HDDに保存した画像は、未修復、修復中、修復完了といったステータスごとにフォルダ分けして保存。ボランティアがそれぞれ、担当する画像を決めて修復を行なう。修復に使うソフトは、アドビが提供したPhotoshop CS5だ。

実際の作業の様子。写真についた汚れを、コピースタンプツールで修復している

 アドビによる講習会もあって、ボランティアの学生たちはある程度ツールの使い方をマスターした。加えてそれぞれが創意工夫して、極力汚れを取り除くように、修復作業を実施しているという。修復にかかる時間は、写真の内容や汚れの程度によって異なり、簡単なものなら1枚10分程度、難しいものだと3〜5時間かかることもあるという。

 柴間さんは、Photoshop CS5の講習会で覚えた「コンテンツに応じた修復」が特に便利だったと話す。この機能を使うことで、例えば地面の汚れなどは、比較的きれいに修復できるそうで、これまで少しずつ修復していた部分の大幅な時間短縮ができたという。また、階調補正で汚れを目立たなくしたり、スポット修復ブラシツールやコピースタンプツールなども利用して細かい修正も施しているそうだ。

 ここでも大きなポイントとなるのが、「どこまで修復するか」「どう修復するか」という観点だ。単に汚れを落とすとなると、多大な手間と時間がかかり、いつまでたっても修復が終わらない。どこをどう修復するかといった判断が重要になる。状態にもよるが、修復可能な時間は限られている。その写真で重要な部分を見極め、極力その大事な部分は修復し、例えば周辺の汚れが大きければトリミングするといった作業を行なっていく。

 最終的にLサイズにプリントするため、Photoshop上では多少不自然に見えても、プリントアウトすると自然に見える場合もあって、そのあたりの見極めも必要なようだ。印刷後は、1時間ほど乾燥させてインクを定着させれば、修復作業は終了となる。

 修復後の写真は、修復した写真を入れたアルバム、DVD化が依頼された場合はそのDVD-R、ボランティアスタッフからのメッセージ、返却を希望する場合は写真の原本をまとめて依頼者へ発送する。

 取材した時点で、神戸学院大学から転送された依頼者2人の写真1,280枚のうち、修復可能だった383枚の作業を行ない、1人分166枚の修復が完了したという。その後も、順次神戸学院大から転送されている写真があり、取材時点で5人分の写真の分類作業が終わり、スキャン中だという。さらに5人分程度の追加も神戸学院大学に申請しているそうだ。

 現状、ほぼ学生ボランティアでまかなっているが、工学院大学の学生増員を図るほか、同種のボランティアグループや企業の活動との連携も模索していく方針という。個人情報保護のための同意書の提出などを求めた上で、外部ボランティアに自宅などで作業してもらうような方向性も考えているそうだ。また、予算の問題もあるため、企業などの協力も求めていきたい考えだ。

 思い出まもり隊プロジェクト自体は、来年3月末までの予定となっている。ただし「延長することになりそう」(村上准教授)とのことで、写真の修復を今後も続けていきたい考えだ。工学院大学でのボランティアは随時募集しているそうだ。





小山安博
某インターネット媒体の編集者からライターに転身。無節操な興味に従ってデジカメ、ケータイ、音楽プレーヤー、コンピュータセキュリティなどといったジャンルをつまみ食い。軽くて小さいものにむやみに愛情を感じるタイプ。デジカメ、音楽プレーヤー、PC……たいてい何か新しいものを欲しがっている。

2011/10/5 00:00