トピック

ドイツの担当者に聞いた「ライカSL3-S」の詳細

ライカSL3に勝る部分は? “良いファインダー”とは?

ライカSL3-S。レンズはズミクロンSL f2/50mm ASPH.

ライカのミラーレスカメラ新モデル「ライカSL3-S」について、ドイツ本社のキーマン3人にインタビューする機会を経た。ライカSL3-Sの開発コンセプト、ライカSL3との違い、カメラ作りに反映される哲学、そして現在開発中の中判ミラーレスカメラとの棲み分けなどについて聞いた。

左から、ヴァレンティーノ・ディ・レオナルド氏(テクノロジーとライセンスのマネジメント)、イェスコ・フォン・エーンハウゼン氏(カメラ部門のプロダクトマネジメント部長)、ゲリット・ギッセル氏(ライカSLシステムのプロダクトマネージャー)

——ライカSL3-Sの開発において、最重要としたポイントはどこですか?

イェスコ: ライカSLは、ライカのプロダクトラインで最も柔軟性があり、多用途なカメラです。先に発売した6,000万画素のライカSL3は明確に“最高の静止画画質”を目指したカメラで、2,400万画素のライカSL3-Sはその高速性を特徴とし、AF、連写、動画に強みのあるカメラです。全てを1台のカメラに入れることはできないので、ライカSL2の世代と同じように2機種に分けました。

——前世代のライカSL2とライカSL2-Sで、ユーザー層の棲み分けは想定どおりでしたか? 今回もそのような棲み分けを意識していますか?

ゲリット: はい。ライカSL2の世代では、私達のイメージ通りに2機種を選んでいただいたと思います。

イェスコ: ライカSL2-Sは明確に「動画」をアピールしていましたが、今回のライカSL3-SにはPDAF(像面位相差AF)も採用されているため、“動きもの”を撮るために高速AFや連写を求める方にもターゲットを拡大しました。そのためライカSL2/SL2-S以上に、ライカSL3/SL3-Sの個性は明確になっています。

——ライカSL3-SとライカSL3は、画素数以外に違いはありますか?

ヴァレンティーノ: 基本的にはイメージセンサーの違いです。外観でLEICAの文字がブラックになっていることで、ライカSL3と見分けられます。

イェスコ: そのほかの部分では、バッファメモリーの容量が2倍になっていることと、CAI(写真の真正性を担保するコンテンツ認証イニシアチブ)の機能が搭載されていることです。

ゲリット: CAIのために専用チップが必要で、それがライカSL3-Sにのみ搭載されています。

左:ライカSL3-S、右:ライカSL3。ライカSLシリーズのイメージセンサーは、ライカMレンズの性能もフルに発揮できるよう設計されている

——ライカSL3シリーズはライカSL2世代に比べて若干グリップ部分が大きくなったように見えますが、持ち心地のためでしょうか?

ヴァレンティーノ: エルゴノミックな理由ではなく、機能的な都合です。ライカSL2世代より縦横の小さなボディに、より多くの要素を詰め込まなくてはいけないため、ボディの厚さやグリップ部分のスペースを増やして活用しました。例えば、新しいWi-Fiモジュールや放熱機構を搭載するためです。

ライカSL3シリーズやライカQ3シリーズでは、Wi-Fiの通信速度を向上するMIMO技術に対応しています。このデュアルアンテナを搭載するためにも従来よりスペースが必要になりました。しかしこれによってライカSL3-Sでは、DNGデータ1枚を0.5秒でスマートフォンに転送できるようになりました。

——ライカSLシリーズのEVFは、初代からクオリティの高さに定評があります。ライカにとって“良いファインダー”とは何ですか?

イェスコ: ライカSLシステムはライカで最高峰のミラーレスカメラですから、常にベストなファインダーを提供したいと考えています。特にハイ・アイポイント(アイレリーフが長いこと)であることを意識して設計しています。メガネを掛けている人や、素早くカメラを構えて接眼部から眼が少し離れた状態でも、視野全体を見渡せるようにするためです。

ライカSL3/SL3-SのEVFも、表示パネルだけを見ればライカQ3と同じデバイスですが、その手前にある光学系が異なります。ライカSL3/SL3-SのEVF光学系はライカSL2世代から基本的な思想を継承しつつ、より高解像度に対応できるよう最適化を施しています。ユーザーが使いやすいファインダーとは何かを考える上では、表示パネルの解像度を高くすることよりも、光学系の設計を重視するほうが効果的だと考えています。

また、視度調整のダイヤルが不意に動いてしまわないような機構設計も盛り込んでいます。このファインダーに反映されているオプトメカニクスのコンセプトは、中判一眼レフカメラのライカS2から15年以上も継続している部分です。

——UIについて大事にしていることを教えてください。ライカSL3から画面上のアイコンもリニューアルされました。

背面左手側の電源ボタンは、周囲のLEDランプでカメラの状況も示す

イェスコ: レバー式ではない電源ボタンは、カメラを素早く撮影可能な状態にできるように採用しました。カメラを完全にシャットダウンしてしまうと起動に2〜3秒かかりますが、スタンバイ状態からの復帰は速いです。電源オンの状態から電源ボタンを1度押すことで、カメラをスタンバイ状態にできます。

また、昨今はリモートでカメラの電源をオンにするようなシーンもあるため、物理的にポジションが動く電源スイッチよりもマッチしています。

UIの面では、ライカはシンプル化を得意としています。メニューの項目や画面デザインをシンプルにしている理由は、他のカメラメーカーとの差別化を意識している部分もあります。ライカSL3からアイコンも刷新して見やすく、画面上に詰め込まず、余裕を持たせて配置しています。

ライカSL3-Sの撮影画面。周囲のアイコンは、長押しすることで設定変更メニューが開く

ゲリット: ライカSL3-Sはより動画との親和性が高いので、メニュー画面のアクセントカラーを静止画と動画で変えるなど完全な別世界としている部分も、より便利に感じてもらえると思っています。

写真モードでは赤、動画モードでは黄色のアクセントカラーを採用

イェスコ: こうしたシンプルなUIは、初心者のみならず熟練したフォトグラファーにも歓迎されています。極限状態の撮影でも迷わず使えると好評です。ただライカSLシリーズにおいて難しいのは、ライカとしてシンプルを目指しつつも、多用途なカメラとしてなるべく多くの機能もカバーする必要がある点です。そのため、常に悩みながらデザインしています。

——画素数はライカSL2-Sから据え置きでした。2,400万画素という画素数をどのように選びましたか?

ヴァレンティーノ: ライカSL3-Sは、開発の初期段階から「高速なカメラを作ろう」というコンセプトが決まっていました。そのため、動画機能を重視したライカSL2-Sで実績のある2,400万画素を継承し、さらにスピードやレスポンスを改善することに集中しました。2,400万画素は動画のみならず、静止画でも高速性を重視する撮影用途には十分な解像度だと考えています。

——ライカSL3よりライカSL3-Sのイメージセンサーが性能的に勝る部分はありますか?

イェスコ: あります。一般的なことですが、高い解像度が不要であれば、1つ1つの画素が大きなイメージセンサーのほうが高感度設定時のS/N比は良く、ノイズが少なく見えます。ダイナミックレンジも従来より1段分改善しています。

——AF追従の連写速度が、ライカSL2-Sの5コマ/秒から30コマ/秒にアップしました。

ヴァレンティーノ: 連写速度の向上は、画像処理エンジンとイメージセンサーの組み合わせに由来します。今回の進歩はPDAF(像面位相差AF)、読み出しの速いイメージセンサー、画像エンジンの高速処理が支えています。AF固定の状態でのコマ速の違いは、センサーの読み出し速度の違いによるものです。

——AFはライカのカメラで過去最速・最高精度とありますが、ライカSL3のそれを上回りますか? また、ライカSL3-SのAF性能はライカSL3にもアップデートで提供される可能性はありますか?

ヴァレンティーノ: ライカSL3-Sのイメージセンサーは新開発で、PDAFの測距ポイントがライカSL3より多くなっています。こうしたデバイスの都合は除いても、AFアルゴリズムの開発は日々進んでおり、ライカSL3にも最新のAFアルゴリズムを用いたファームウェアアップデートを準備しています。ただ、ハードウェアとして別物なので、ライカSL3-Sと全く同じAF性能にはなりません。

AF検出する被写体を選ぶメニュー。検出被写体を4種類から選べる。そのほか、AF-C時の食いつき具合も調節可能

——開発中の中判ミラーレスカメラとライカSLシステムの、今後の棲み分けが気になります。どのようになっていきますか?

イェスコ: ライカSシステムを受け継ぐ中判ミラーレスカメラは、究極の静止画性能にフォーカスしています。AF性能や動画機能も犠牲にはしませんが、ライカSLシステムほど高速性や動画を重視したカメラではありません。

また、ライカSLシステムではボディ形状もエルゴノミックであること、重すぎない、大きすぎないことを大事にしていますが、中判ミラーレスカメラは光学的な都合で必然的に大きくなります。その面でも二者は異なるポジショニングになります。動画と静止画のどちらにも同じぐらい取り組むハイブリッドコンテンツクリエーターの方々にとっては、ライカSL3-Sが完璧なチョイスだと思います。

ライター。本誌編集記者として14年勤務し独立。趣味はドラム/ギターの演奏とドライブ。日本カメラ財団「日本の歴史的カメラ」審査委員。YouTubeチャンネル「鈴木誠のカメラ自由研究