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あの日のライカ Vol.8 保井崇志×ライカSL3

左側のビルの窓と、右側に映るワイヤーガラスの網目模様との対比が面白く感じて撮影した。ガラスへの映り込みが像の層を生み出す。3層目には歩く人の影が入って、ちょうど良いアクセントになった
ライカSL3/ライカ バリオ・エルマリートSL f2.8/24-70mm ASPH./50mm/マニュアル露出(F5.6、1/640秒)/ISO 100/WB:オート

街をドラマチックな視点と光で切り撮るストリートフォトグラファーとしてSNSで大きな影響力を持つだけでなく、企業とのコラボレーションやアーティスト撮影など幅広く活躍している保井崇志さん。昨年は初写真集「PERSONAL WORK」を自費出版するなど精力的に活動。そんな中、ライカSL3とライカM11を購入し、カメラを全てライカに変えるという大きな決断をした。その背景にあった思い、ライカが生み出すものの大切さを聞いた。

保井崇志

1980年、大阪府生まれ。2010年に趣味で写真をはじめ、運送会社で働きながら独学で撮影技術を習得。国内外の企業とSNSなどでコラボレーションしながら、2015年にはフリーランスのフォトグラファーとして活動をスタート。2023年7月に写真集『PERSONAL WORK』を刊行。日常の機微や日本の伝統美を、陰影を生かした現代的な視点で捉える

ライカSL3。装着レンズはライカ バリオ・エルマリート SL f2.8-4/24-90mm ASPH.

いっそのこと全てをライカに変えてしまおう

——ライカへの興味、ライカとはどのように関わっているのでしょうか。

実は、今回ライカSL3のレビューをしたことをきっかけに、ライカSL3を予約し、ライカM11も買ってしまいました(笑)。木村伊兵衛さんの著書「僕とライカ」を読んだとき、メーカー名が書籍のタイトルになる得るというのはすごいことだなと感じ、他にはないメーカーだという印象はあったものの、これまではそこまでライカを使いたいと思ったことはありませんでした。

——その感覚が購入を決断させるまでに育っていった過程とは?

昨年、写真集を自費で出版しまして、作品セレクト、編集、印刷などの制作過程を通し、10年前に撮った写真が改めて再び輝きを持つということを実感しました。そして、いま撮っている写真も10年、20年先に残っていき、撮影時とは違う輝きを持つんだろうなと考えたとき、ライカを使って撮りたいという気持ちが芽生えたんです。ストレートに言ってしまうと、ライカの歴史という面に興味を持ったということ。スペックではないですね。ライカM11を使いはじめて劇的に写真が変わったかというとそうではなく、でもライカを持って歩く重み、持ち歩きたくなる精神性など、内面での影響の大きさは感じています。ライカSL3を手にした時点で、そういうものを感じていましたね。

街を歩いていると「そこに日が当たるのか」というシーンはよく見つかる。このシーンでは70mmで切り撮ることで、それがより強調された。単焦点一本で撮るストリートフォトも好きだが、こういうシーンではズームレンズを持っていて良かったと感じる
ライカSL3/ライカ バリオ・エルマリートSL f2.8/24-70mm ASPH./70mm/マニュアル露出(F4.5、1/1,600秒)/ISO 125/WB:オート

——ライカSL3以前にライカを使ったことはありましたか?

友人のライカM3のファインダーを覗かせてもらったことはありました。そのときは、距離計での撮影でありレンズ交換をしなければ50mmレンズだけに対応しているということで、いやこれはないなという感覚でした。

——しかしライカSL3を予約したうえに、ライカM11を入手しました。

いっそのこと全てをライカに変えてしまおうと。ライカSL3を使ったとき、ボタン類の無駄のなさ、手にしたときの感触などに感銘を受け、ライカを持って街で撮影している自分の中のイメージが想像できたんです。写真集発売時、冗談で売り上げが良ければライカを買おうかなという発言を仲間内でしたことがあったんですが、ありがたいことに写真集はなかなか好評で、これも何かの縁なのかなと感じました。

——ひとつステージが上がるような感覚でしょうか。

それはあります。これまで使ってきたカメラはとても良かったのですが、かなり前から、性能や画質などは必要十分で、スペックでの選び方からメーカーの持つ精神性などのほうが大事だなと思うようになっていて、多くのメーカーと違って、愚直に写真に全振りしている姿勢が見えるライカは素晴らしいと感じました。機材に200万円も300万円もかけるわけですから、それだけ写真にコミットしていますよ、という自分自身のステートメントになりますよね。

人物を画面に取り入れたショットはタイミングを待って撮ることが多いが、この時は瞬間的にシャッターボタンを押した。オートパワーオフからの立ち上がりの速さと、AFの速度と正確性に助けられた
ライカSL3/ライカ バリオ・エルマリートSL f2.8/24-70mm ASPH./70mm/マニュアル露出(F5.6、1/1,000秒)/ISO 125/WB:オート

SL、Mの使い分け

——これまでカメラ選びで最も大切にしていた点は?

最初は趣味で撮っていたので、趣味性が高いとう評判のミラーレスカメラを手にしました。しかし、最近はジャンプアップするように飛び抜けた機能改善は特に静止画では起こっていないので、単純に2年使ったから買い替えるか、という程度でしたね。ライカにすれば、1台をもっと長く使い続けることができるかもしれない、というのも大きな動機付けのひとつだったと思いますね。僕はテクニカルなことを話せないタイプで、完成や感覚を大切に撮っているので、そこもライカとリンクしたのかもしれないです。

——ライカSL3とライカM11の使い分けは?

まだライカSL3は予約段階ではありますが、街で撮るだけでなく仕事もありますから、建物や人物などのクライアントワークのときにライカSL3は必要になるという感覚です。レンズは「バリオ・エルマリートSL f2.8/24-70mm ASPH.」を選びました。

バリオ・エルマリートSL f2.8/24-70mm ASPH.

ライカM11は「ズミルックスM f1.4/35mm ASPH.」を同時購入しましたが、仕事というよりは作品撮りに使うというイメージ。また、雨の日などはライカM11を持ち出すのを躊躇しますから、そのようなときは作品撮りでもライカSL3を使うと思います。

正直言うと、撮ったことを忘れていたくらいのショットだったが、セレクトしていて目に留まった。ライカSL3は金属の質感描写がとても美しい。この写真で言えばテーブルの縁がそれだ
ライカSL3/ライカ バリオ・エルマリートSL f2.8/24-70mm ASPH./70mm/マニュアル露出(F3.2、1/200秒)/ISO 200/WB:オート

緻密で階調豊か、品の良い画質

——今回はライカSL3を使い、作風である光と影が際立つスナップを撮ってくださいました。ライカSL3の性能の作風への寄与はありますか?

そもそもフルサイズ機を使うのが初めてで、ライカSL3の特徴を見極められているかはわからないものの、シャドウの階調の豊かさや品の良さは感じました。これまでは編集をするときに全画面表示することはありませんでしたが、ライカSL3で撮ったデータはとても緻密で、頻繁に全画面表示してしましたね。

——発色の傾向などについての印象は?

RAWから自分で編集していくということを長いことやっていますので、とあるメーカーのものは除いて、好きな色を出すのはどんなカメラでもできると思っています(笑)。ですから、テクニカルな面よりもやはり精神面への影響が大きいです。しかし、昭和通りという場所で撮影した夕陽の1枚はデータが良かったので思わずプリントしてしまいました。プリントにしてもシャドウの残り方は素晴らしかったです。

夕方、多くの人が行き交う上野の横断歩道で、舗装作業をしていた。蒸気が逆光に照らされ、作業員のシルエットを強調する。珍しいシーンに出合うと、ライカが引き合わせてくれたのだろうかと考えてしまう
ライカSL3/ライカ バリオ・エルマリートSL f2.8/24-70mm ASPH./70mm/マニュアル露出(F5.6、1/400秒)/ISO 125/WB:オート
コーヒーカップの一致が面白くて撮影した。F値を絞るよりも開放の方がさりげなくて効果的だと思う。普段あまり撮らないタイプの写真だが、これもライカに導かれたのかもしれない
ライカSL3/ライカ バリオ・エルマリートSL f2.8/24-70mm ASPH./38mm/マニュアル露出(F2.8、1/1,250秒)/ISO 50/WB:オート

——街で撮る際に設定面でこだわるところはありますか?

今回、特に気に入ったのは電源ボタンですね。スリープに入ってもシャッター半押しで即座に立ち上がってくれるので、アッと思ったときにも撮影が間に合うんです。あと背面液晶モニターも気に入りました。現像のことを考えて露出は暗めに撮るため、ライブビュー撮影をしていると暗くて視認できないときもあるんですが、シャッター半押しで暗い場所も明るくなって構図を見渡せる「露出プレビュー」という機能があるんです。自転車が来たぞ、のように判別ができてとても便利でした。

——撮影は背面液晶モニターがメインですか?

覗いて撮ることはほぼありません。チルトを使ったローアングルからの撮影はかなり頻繁に行いますね。ライカM11では距離計での撮影もたまに行いますが、よく言われる距離計で被写体を切り撮る、というような感覚はあまりなくて、新鮮な楽しさを味わうというような使い方です。

ヘッドライトが点灯する直前の時間帯の道路は、動いているのに静的な印象を受ける。ふと思い立ってインクジェットプリンターでプリントしてみた。シャドウの階調がどこまでいっても上品で惚れ惚れした
ライカSL3/ライカ バリオ・エルマリートSL f2.8/24-70mm ASPH./24mm/マニュアル露出(F5、1/250秒)/ISO 50/WB:オート

ライカがそこに連れて行ってくれる

——やはり機材で変わる精神性の大切さ、ということですね。

僕は基本的にドキュメンタリーを撮る人間で、セットアップではない写真を撮っていますが、そういう身からすると精神性がほとんどを占めていると思います。結局、街で写真を撮っている人は、そのときにその場所にいるということがいちばん大切なことであって、大げさに言うとライカがそこに連れて行ってくれるんです。感情が上がっているぶん撮影時間は長くなりますし、撮影頻度は多くなりますから、カメラの力であってこそなんです。

——「バリオ・エルマリートSL f2.8/24-70mm ASPH.」はレビューで使い、気に入って購入されました。

重さもちょうど良く、ライカSL3にはこれ以上ない組み合わせだと感じました。撮影データを見ていただくとわかるのですが、24mm、35mm、50mm、75mmの4本の単焦点レンズを持っているという感覚で使用していて、焦点距離のメモリを見て、その4焦点で撮るようにしています。これはクセみたいなもので、ズームレンズを持っていると見えすぎてしまうときがあって、できるだけ単焦点レンズの延長のように考えるようにしています。ライカM11は「ズミルックスM f1.4/35mm ASPH.」だけを使っていますが、被写体が遠い場合は諦めがつきますからね。そういう意味ではいまのシステムは良いバランスだなと思っています。

——掲載している作品の中で特にお気に入りはありますか?

1年のうち、この季節のこの時間、数分間だけ一筋の光が射すという場所で撮った写真ですね。写真家なら自分だけの大切な撮影場所をいくつか持っていると思いますが、ここは僕にとってそういう場所のひとつ。このような場所をストックするという意味でも、撮影の頻度というものはとても大切で、満足のいく写真が撮れなくても、季節や時間帯による光の入り方の資料集めになります。

写真家は特定の時期と時間に、数分間だけ光が当たる場所を収集しているもの。自分にとってこの場所がその1つ。毎年、横断歩道を渡るさまざまな人のシルエットを撮影している
ライカSL3/ライカ バリオ・エルマリートSL f2.8/24-70mm ASPH./50mm/マニュアル露出(F5.6、1/500秒)/ISO 160/WB:オート

僕はいまほぼ毎日撮影に出ていますが、朝起きて、どこに撮りにいくか考えるときにLightroomのカタログを見るんですね。昨年の同時期はここに行ったから、今日はここに行ってみようとか。クライアントワークであっても場所の指定はないことがほとんどなので、さまざまな場所で撮影をしてリファレンスを作っていくわけです。撮影頻度を上げることは課題としていたので、そういう意味でもライカに変えたというテンションは良い方向に影響していると思います。

——撮影が楽しいのですね。

最高ですよ、ライカは(笑)。本当にシンプルさ、写真を撮ることに対する向き合い方が素晴らしいと思います。ボタン類のデザインなどについては先ほどお話ししましたが、初期設定もこれまでは半日くらいかかることがザラだったのに、ライカSL3は初期設定のままでも使いやすく衝撃を受けました。とことん撮り手のことを考えてシンプルにしているのだと思います。なんだかライカに変えたことで、おおらかにカメラを使えるようになった気がしています。

ライカSL3を使ってみて一番気に入ったのはシャドウの階調の上品な描写。一見してシンプルなシルエットのショットも、このシャドウの階調のおかげで深みのある写真になる
ライカSL3/ライカ バリオ・エルマリートSL f2.8/24-70mm ASPH./24mm/マニュアル露出(F8、1/1,600秒)/ISO 125/WB:オート

鈴木文彦

フィルム写真専門誌『snap!』を創刊したのち、『フィルムカメラの教科書』『中判カメラの教科書』『チェキit!』『オールドレンズの新しい教科書』『FUJIFILM画質完全読本』など、趣味の写真にまつわるムックや書籍を企画/編集/執筆/撮影。現在、『レンズの時間』『FILM CAMERA LIFE』を定期的に刊行中。