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写真家 別所隆弘が「ライカSL3」プロダクト責任者に聞く

伝統と進化の融合 高画素&小型&高速AF

別所隆弘(聞き手):1979年、滋賀県生まれ。プロフォトグラファー、アメリカ文学研究者。国内外の写真賞を多数受賞。近著に『写真で何かを伝えたいすべての人たちへ』(インプレス)がある。関西大学社会学部メディア専攻講師

Jesko von Oeynhausen:ライカカメラ社カメラ部門プロダクトマネージメント部長として、ライカSLシステムをはじめ、ライカMシステムやライカQシリーズなど、カメラ部門のプロダクトマネージメントを牽引している

最新デバイスを搭載しながらも、伝統あるライカらしさを失うことのないライカSL3。モダニティとトラディションの融合、その理由はどこにあるのか? プロダクト責任者であるJesko von Oeynhausen氏に聞いた。

——僕自身も新型のライカSL3を使用してみて、とにかくレスポンスが良くて撮影現場でも目の前の世界が拓けていくような感じを受けました。まずはライカSL3を開発するに至った経緯と開発コンセプトについて教えてください。

Jesko  ライカSL2の良いところを伸ばしていこうと考えました。1つはイメージクオリティー。APOレンズを含めたライカSLシステム全体として、6,030万画素のCMOSセンサーを使って、より高みを目指しました。2つ目はユーザーエクスペリエンスです。メニューの見やすさやスイッチの感触や確実性などをブラッシュアップしました。スペックを高めたというよりも、ライカSLシステムが持っていた良いところを純粋に引き上げたというイメージです。

ライカSL3はライカQ3と同等の35mm判フルサイズ裏面照射型の6,030万画素CMOSセンサーを搭載する。トリプルレゾリューションにも対応しており、3,600万画素、1,800万画素でも撮影可能だ

——それは実際に使っていて肌感で分かりました。使えば使うほどに好きになるカメラ。進化においてユーザーの声などを取り入れるようなことはしましたか?

Jesko  もちろんです。ライカSL2の良いところを進化させるために実際に愛用しているお客様からヒアリングをしました。プロのウェディングフォトグラファーもいますし、動画と静止画を撮るクリエイターの意見もうかがいました。

——どんなフィードバックがあったのでしょうか?

Jesko  多かったのはボディサイズと質量、そしてAFのレスポンスです。ライカSLシステムの場合、大きさはあまり関係ないと思われていましたが、小型化したライカSL3を発表したところ、とても多くの反響がありました。さらにライカSL2では成し得なかった位相差AFとコントラストAF、物体認識AFの3つを組み合わせることで、信頼性のあるAFを実現しました。

——実際に使ってみて、AFが完璧だったことには驚かされました。車のサイドミラーに書いてあった文字にもスッとフォーカスが合ってくれて、ピントもドンピシャでした。AFも快適で高画素モデルなのにストレスを感じさせません。ライカSL3は完成されている印象です。

ライカSL3/ライカ バリオ・エルマリートSL f2.8-4/24-90mm ASPH./67mm/絞り優先AE(F4、1/200秒、-0.3EV)/ISO 100/WB:オート
まるで何かの格言のような「ミラーの中の物体は、見えているよりも、近くにある」。注意書きにしては妙に迫力のある文章が目に入った。AFは文字に吸い寄せられる

Jesko  確かに高画素のカメラではあるのですが、ボディ内手ブレ補正機能を搭載して、モニターもチルトするようになりました。いろいろなシーンで使っていただけるカメラになったのかなと思います。小型・軽量化に関しては、内部の構造の見直しなどをしていますが、一番大きいのはトップカバーの素材をマグネシウムにしたことです。マグネシウムをチクソモールディングという成形方法で加工しています。ライカSL2はアルミの削り出しでした。その他、シャッターユニットも小型化しています。

カメラボディのトップカバーはマグネシウムを採用している。ライカSL2同様、美しい形状を維持するために金型は厳密に制作しなくてはいけなかったと言う。「分かる人は抜き勾配に気がつくと思いますよ」とJesko氏

——防塵・防滴性能であることも信頼できます。先日、雪の中でも撮影をしてみたのですが、しっかりと動いてくれました。チルト液晶であることはリフレクションの撮影時にとても便利でした。

Jesko  M型ライカはカメラのスタイルから考えて、チルト液晶を搭載することはないと思いますが、ライカQやライカSLはあらゆる撮影状況で使っていただきたいという思いで採用をしました。

ライカQ3同様にチルト式の液晶を採用した理由は、QやSLはあらゆる撮影状況で使用することを想定しているからだと言う。タッチパネルとの相性も良く、耐久性に優れているので撮影場所を問わずスピーディーに対応する

——液晶モニターの左上には、独特なデザインのメインスイッチがありますが、まるでパソコンのパワーボタンのようですね。

Jesko  ライカQやライカSLシステムのユーザーを考えたときに、カメラとスマートフォンを連携することが多いのではないかと考えました。スタンバイ中にパソコンやスマホから起動することもあるでしょう。そうした用途ではメカニカルなオン/オフレバーは似合わないと思いました。

——そしてカメラ上部の左にも設定ダイヤルが搭載されました。

Jesko  はい。これはユーザーからのリクエストを採用しました。これによってダイヤルは左右の設定ダイヤルと、サムホイールの3つになりました。これらにはF値、シャッター速度、ISO感度をそれぞれ割り当てることができます。私の場合はISO感度を割り当てています。

——デザイン面だとメニューのGUIも大きく変わりましたよね。

Jesko  これはライカのカメラ全般に言えることなのですが、一般的なデジタル一眼カメラに比べると、ボタンやメニューが少なくてシンプルな操作性という特徴があります。そこを進化させたいと、今回は社内でも新たにユーザーエクスペリエンスチームを発足して取り組みました。

——製品コンセプトをよりブラッシュアップさせたということですね。画質についての変化はいかがでしょうか。

Jesko  画質についてもユーザーのフィードバックを大事にしています。みなさん、ライカの画はナチュラルで人工的なにおいがしないとか、色が豊かであるなどとおっしゃいます。画質の標準の設定はこれを基本に考えています。

——僕はフィルムモードの「ビビッド」がとても好きです。彩度が極端に上がったりせずに、好ましい画作りでした。どういった思想で色を作り上げているのかとても興味があるのですが……。

ライカSL3/ライカ スーパー・バリオ・エルマリートSL f2.8/14-24mm ASPH. /15mm/絞り優先AE(F2.8、1/40秒、-0.7EV)/ISO 800/WB:オート
青の都サマルカンドの面目躍如とも言うべき、美しい青で彩られたモスク。その内部はほの暗い。わずかに入る外光を使ってその色をクリアに残す

Jesko  ライカの画質設定はナチュラルであまり強調することはありません。これはずっと変わっていません。

——カメラは最新のデバイスを採用するのに対して、画作りはライカの画質であるという伝統へのこだわりが印象的でした。

ライカSL3/ライカ スーパー・バリオ・エルマリートSL f2.8/14-24mm ASPH. /18mm/絞り優先AE(F11、1/40秒、+1.0EV)/ISO 100/WB:オート
ウズベキスタンの西側にあるブハラは小さな町だが、だからこそ古都のゆったりした気分を味わえる。モスクと青い空の嫌味のないグラデーションが美しい

Jesko  LEICA MAESTRO Ⅳに画像処理エンジンが進化しただけでなく、CMOSセンサーも高画素へと進化しているため、ノイズ耐性にも強くなっていますし、画質設定の自由度が高くなっています。

——ライカSL3を使ってみて感じたのは、極めて現代的なカメラであるという印象と、その一方でライカの伝統に根差した画作りの巧みさでした。この「モダニティ」と「トラディション」の配分は意識して設計されたのでしょうか。

ライカSL3/ライカ バリオ・エルマリートSL f2.8-4/24-90mm ASPH./57mm/絞り優先AE(F8、1/320秒、+0.3EV)/ISO 100/WB:オート/フィルムモード:モノクロHC
ライカのモノクロームはひと際美しい。壁に写る影は、煉瓦作りの職人。まるでひと幕の劇のように右へ左へと忙しく動く影を写し止めた

Jesko  スペックとしては今の時代のカメラに求められているものはできるだけ入れようと考えました。一方で、いわゆる「ライカルック」と表現できるライカの画質をしっかり体験できるカメラにしたいと思いました。どんな時代でも「写真機」であることを意識しています。

——8K動画の映像も美しかったです。

Jesko  動画や高速連写に対応するためにもCFexpress Type Bを採用しました。

——最後にライカSL3はどんなユーザーに使ってもらいたいですか?

Jesko  メインはプロですが、最近はプロとアマチュアの垣根がなくなってきていると感じています。動画と静止画の両方に挑戦しているクリエイターや若いTikTokユーザーなどにも使ってもらいたいですね。

インタビューを終えて

今回、お話をうかがって実感したのは「ライカらしさ」の意味。チルト液晶やCFexpressを採用するなど、最先端のカメラとして必要なデバイスを備えつつ、画作りや品質への飽くなきこだわりが込められたライカSL3。そのモダニティとトラディションの融合は「写真機とは何か?」と言う永遠の問いへの、今のライカの最高の回答であるように感じました。

制作協力:ライカカメラジャパン株式会社

デジタルカメラマガジン編集部