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あの日のライカ Vol.1 コハラタケル × ライカSL2-S

ライカSL2-S/アポ・ズミクロンSL f2/35mm ASPH./35mm/マニュアル露出(F2、1/800秒)/ISO 100/WB:5,300K
少し坂をのぼった先にあったマンション。パッと見た瞬間、ローアングルで撮りたいと思ったが、彼女の存在感は薄れてしまう。「傘を両手で高く持ち上げてほしい!」 こんな傘の持ち方なんて日常ではしないけど、だからこそ人は笑顔になる

日常的な世界観とリンクした、エモーショナルでチャーミングなポートレートを撮影する人気フォトグラファーのコハラタケルさん。Instagramの「#なんでもないただの道が好き」を作ったことでも知られるコハラさんは、最近になってライカSL2-Sを使っている。叙情的な世界観を作る上でライカSL2-Sはどのように活きているのだろう。

また、ライカといえばM型というのが一般的な中、なぜライカSLシステムを手にしたのか。コハラさんのカメラ選びのこだわりを聞いていくと、ただ撮り手に快適なだけではない、被写体との関係性とカメラの密接な関係性が浮き彫りとなった。ポートレートは被写体との対話。ライカSL2-Sを手にした理由から、そんな真摯な眼差しが垣間見えた。(取材写真・文:鈴木文彦)


コハラタケル
1984年、長崎県生まれ。フリーライター時代に写真撮影を始め、その後、フォトグラファーに転身。 広告撮影や家族写真を撮影するだけでなく、セミナー講師や月額制noteサークルの運営も行っている。SNSでは女性ポートレートを中心に発信

——ライカの遍歴を教えてください。

最初は「ライカQ2」(35mmフルサイズセンサー搭載のコンパクトカメラ)でした。それまでは他社のAPS-C機と中判センサー機を使用していたのですが、仕事の幅が拡がっていったとき、どうしても画質と機動力を兼ね備えたフルサイズ機が必要になってきたのです。

では、どのフルサイズ機にするか。各メーカーの機種を検討しましたが、僕は昔からそのカメラの見た目が好きになれるのかという点も重要視していて、レンズを含めたサイズ感、僕自身の所有欲も満たしてくれるか、そして被写体がそのカメラを構えた僕をどう見るか、ということなどを考えたときに、ライカという選択肢が魅力的に見えてきたのです。

ライカQ2には28mmのレンズが搭載されています。僕は広角レンズの使用頻度が高かったので、最初のライカとしては良い選択だと思いました。

——実際に使ってみてライカらしさなどは感じたのでしょうか。

不思議ですよね。中判センサーのほうが性能は圧倒的はなずなのに、表現力という点ではライカは明らかに違うんです。撮って出しでも感動がある画質というか……。僕の感覚でしかないですが、「被写体が目の前にいる」と思わせてくれるんです。写真としての雰囲気を作ってくれるのはライカだと感じました。

——M型ライカもその後、手にしたそうですね。

「ライカM10-R」と「アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH.」を追加で購入しました。ライカQ2で受けた感動をもっと見てみたいとも思いましたし、やはりライカはM型だろうと。でも、ちょうどそのタイミングでありがたいことに仕事の幅が拡がってきたんですね。仕事となるとレンジファインダーで撮るのは難しいシーンがありますし、何よりもテザー撮影がしづらいのが大きなマイナスで、本当に苦渋の決断でしたが、いったんライカM10-Rは手放して仕事を念頭に置いたフルサイズ機を探しはじめました。

僕は富士フイルムのX-Proシリーズを長年愛用していて、レンジファインダーカメラのようなスタイルが好きという価値観が根底にあります。でも、敬愛する川島小鳥さんはニコンF6に35mmレンズを付けていて、そういう一眼レフ然としたスタイルのカメラでも、川島さんのようなポートレートが撮れるというのを知ったのも大きくて、このときはグリップが大きなカメラも含めてあらゆるメーカーの機種を検討したんです。

——そこで、フルサイズミラーレスのライカSLシステムに辿り着いたということですね。

ライカSL2-S

最初は「ライカSL2」を買いました。テザー撮影を筆頭にプロの現場で使える機能が盛り込まれている中で、天邪鬼な僕でも持ちたいと思える機種がライカSL2だったんです。ここでもまた、削ぎ落としていった結果のライカだった、という感じですね。ライカSL2は4,730万画素ですが、ポートレートではそこまでの画素数は必要ないと感じ、いまは2,400万画素の「ライカSL2-S」を使っています。ただ、ライカM10-Rはいま手放したことに激しく後悔しており、仕事を念頭に、というタイミングでなければ、あの使い心地は唯一無二だったと感じています。使い方を割り切って残すべきだったかもしれませんね。

——M型ライカは、やはり特別なものという感覚があるのですね。

僕は機材を変えることで作風を変えたいんです。機材に縛られるな、とはよく言いますが、僕はそういう考え方ではなくて、なんなら逆に機材に依存したいくらいに思っているんです。ライカM10-Rをいま買い戻したいというのもそう。AFでラフにスピーディーに撮るような場面から、レンジファインダーでじっくりとピントを合わせている姿で被写体に向かい合えば、そこには緊張感は生まれますよね。被写体の方がちゃんと写らなければダメだ、と思うはずなんです。そういう空気を変える存在としてだけでもM型ライカは価値があると思います。もちろん、僕自身の高揚感も大切。ライカM10-Rは使っているときの気持ち良さは格別でした。

——ライカSL2-SでもMレンズのアポ・ズミクロン50mmを使っているのですか?

はい。ライカM10-Rを手放したときもアポ・ズミクロンM 50mmは残し、純正のマウントアダプターでライカSL2-Sに使っています。描写からカリカリと解像する写りは大好きで、まさに被写体が目の前にいる写りを作ってくれるレンズです。他のライカレンズも知人に借りて試したことはありますが、開放でやわらかい、というようなレンズは僕の好みではありません。

ライカSL2-S+アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH.

——ライカSLレンズでお使いのものは?

「バリオ・エルマリートSL f2.8-4/24-90mm ASPH.」を使っています。ライカSL2を使いはじめたときは「バリオ・エルマリートSL f2.8/24-70mm ASPH.」を入手しましたが、画角の幅を広げたくて買い換えました。単焦点レンズばかりを使ってきたのでズームを使うというのも探り探り。インテリアなどを撮る場合は90mmで抜いてあげるほうがキレイになるなとは思っていて、仕事を意識したレンズとして導入してみました。

ライカSL2-S/バリオ・エルマリートSL f2.8-4/24-90mm ASPH./25mm/マニュアル露出(F4、1/60秒)/ISO 50/WB:5,650K
気温が低かったので、バッテリーライフを心配しながら撮影をしていた。しかし、予備バッテリーを取り出す必要はなく、彼女も僕も自由に雪のポートレートを楽しむことができた

ただ、逆に迷いますね。単焦点レンズなら被写体と自分との距離感で調整するしかないのに、ズームで選択肢が増えると欲が出ちゃいます。また、先ほども触れたように、機材を変えることで強制的に作風を変える、空気を変える、ということがズームレンズでは難しいので、撮影に自由が与えられており、ピントも緩くていいような場合には、躊躇せずアポ・ズミクロンM 50mmでMF撮影するようにしています。ピントを合わせたつもりでも合っていなかった、というのも味になりますからね。

——同じM型用のレンズを使う場合、ライカM10-RとライカSL2-Sとでは違いを感じますか?

撮るテンポですね。MFで撮るのは同じであっても、ライカSL2-Sはバッファが大きいのでかなりのスピードで撮り続けることができます。このテンポを気に入って買ったという面もあるくらい快適ですね。

——今日は「アポ・ズミクロンSL f2/35mm ASPH.」を付けていらっしゃいます。

アポ・ズミクロンSL f2/35mm ASPH.

素晴らしい描写をしますね。ただ、開放F2なのに大きい(笑)。Lマウント用のアポ・ズミクロンSLは焦点距離が違っても径や長さが一緒で、動画撮影時の操作感を共通にするというメリットもあると聞いていますが、35mmだけはMレンズのように小さくしてほしい、と素直に思ってしまいました。

ただ、ボケは前も後ろもキレイですし、敢えてピンボケにしても整う不思議な力があります。開放F2と聞く以上のボケに感じられるのは、きっとピント面の解像力がとても高く、ボケのなだらかさも美しいからでしょうね。ライカSL2-Sとの組み合わせでは人肌の再現も僕の好みで、赤みではなく黄色みがかった肌色傾向なので、現像作業での仕上げも楽ですね。

ライカSL2-S/アポ・ズミクロンSL f2/35mm ASPH./35mm/マニュアル露出(F2、1/160秒)/ISO 50/WB:5,300K
出会い頭のインパクトを表現したくて、MFで絶妙にピンボケを狙った。寄りの写真の場合、ピント面からボケへのグラデーションが気になるが、ライカSL2-Sの描写は自然で美しい
ライカSL2-S/アポ・ズミクロンSL f2/35mm ASPH./35mm/マニュアル露出(F2、1/320秒)/ISO 100/WB:5,300K
「撮っても大丈夫だよ」。撮影中、今回はモデルだからと撮ることを遠慮していたフォトグラファーの彼女も1枚シャッターを切った。袖のなかに入っている左手が、この日の寒さを物語っている

——フリンジを完全に抑制したレンズと言われていますし、ボケの乱れも驚くほど抑制されているそうですから、ピンボケも美しいのでしょうね。さて、ライカSL2-Sの操作感はいかがでしょう。

ライカSL2から乗り換えてまだ数か月なので探っている段階ですし、もともとスペックに詳しいタイプではないのですが、ファインダーを覗いたときの接眼感、ダイヤルの操作感、バッテリー着脱の気持ち良さ、防塵防滴の安心感など、細かいところでの使い心地はとても良いです。

特にメガネをかけているので、アイポイントの長さやアイピースの感触はとても大切にしています。フルサイズ機の購入で迷っている時期にさまざまな機種を試しましたが、接眼時に違和感を覚えないカメラというのは、実はとても貴重だとわかりました。ファインダー内の表示の見え方も素晴らしく、なんの邪魔もなくスッと撮影に没入できる感覚があります。

——カメラ前面の「LEICA」の文字は、ライカSL2-Sは黒で目立たないです。

僕はライカSL2-Sの、黒く塗りつぶされているLEICAの文字は好きです。ライカの赤丸バッジは、デザイン的には好き嫌いがわかれるらしいですね。でも、僕は「ライカだ」と相手に理解してもらったほうがいいと考えているんです。現場の空気をカメラが作ってくれるじゃないですか。その意味で赤丸バッジはあってもいいかなと思います。

特別なカメラであることを、一般の方でもふわっとわかってくれるのがライカ。それだけでもだいぶ違うのかなと思いますね。知っている方ならなおさら。今日はライカで撮るんですね、というファーストコミュニケーションが取れるのは強みになります。また、モニターに写したときの人肌の美しさをデザイナーに見ていただくと、次に出てくる言葉は「やっぱりライカはいいね」であることが本当に多いんです。

ライカSL2-S/アポ・ズミクロンSL f2/35mm ASPH./35mm/マニュアル露出(F2、1/60秒)/ISO 800/WB:6,000K
暗い茂みから分離する髪の毛のディテールがよく分かる高い解像感。線の細さから伝わる立体感は中判カメラで得られるものとはまた違う。唯一無二のライカの世界が生まれる瞬間

——撮られる側から見たカメラの見た目、というのはとてもおもしろい視点です。

カメラを構えている姿を見てもらいながら撮影は進むわけですから、そこを重要視するというのはとても自然なことですよね。撮り手側から見たスペック、グリップの持ち心地、ファインダーの見え方なども重要ですが、カメラの見た目も意識してほしい、というのはカメラメーカーに対して思うところはあります。その考え方を突き詰めると、歴史あるM型ライカというのが究極の存在というのは揺るがないところ。でも、そこにデジタル時代だからこそのデザインや機能美が入ったライカSL2-Sは魅力的に映りましたね。

——最後に、コハラさんにとって「理想のカメラ」とは。

邪道極まりないことを言いますが、ライカM10-Rにアポ・ズミクロンM 50mmを取り付けて、AF撮影できれば理想です(笑)。それは冗談として、この機材遍歴を見ていただくとわかる通り、僕は理想のカメラに出会うための「旅の途中」だと思っているんです。理想に近づいている感覚はありますが、まだまだ旅は続くのかもしれません。Lマウントのアポ・ズミクロンSL 35mmが小さければ、究極にとても近いものになっていた気もしますし、究極というのは後からわかることかもしれないので、「ライカSL2-Sこそが究極だった」と思い返す日がくるかもしれませんね。

ライカSL2-S/アポ・ズミクロンSL f2/35mm ASPH./35mm/マニュアル露出(F2、1/500秒)/ISO 100/WB:5,300K
「あ、夏ミカン! かわいい! こんなに寒いのに夏ミカンと一緒に写るのって不思議ですね」と言う彼女。開放絞りでもシャープな写りをしつつ、立体感も維持してくれる
ライカSL2-S/アポ・ズミクロンSL f2/35mm ASPH./35mm/マニュアル露出(F2、1/500秒)/ISO 100/WB:5,300K
彼女と僕の間に降りしきる雪。気温のせいか積もることはないが、春先の雪は1日中降り止むことはなかった。いつかこの写真を見て、東京に雪が降った日のことを僕は思い出すだろう

制作協力:ライカカメラジャパン株式会社