交換レンズレビュー

Nikon AF-S Fisheye NIKKOR 8-15mm f/3.5-4.5E ED

画面全体にわたって高い描写力 ニコンユーザー待望の魚眼ズームをテスト

コストパフォーマンスを語るより先に、純粋に光学性能を語るべき高性能レンズ。ズーム全域に渡って他社の追随を許さない像質をまずは知るべきだ。

発売日:2017年6月30日
希望小売価格:税別15万2,500円
マウント:ニコンF
最短撮影距離:0.16m
フィルター:レンズ後部に装備
外形寸法:77.5×83mm
重量:約485g

デザインと操作性

魚眼レンズは、球面の外側にレンズによる像を投影し、その像を平面に表現するものである。同じような焦点距離であっても、広角レンズではあくまでも平面に像を投影し、その像を平面に表現しているので、原理として違うものだ。

黒々と大きな瞳が見つめているような印象の外観だ。動物のようにさえ思えてくる。

そのような魚眼レンズの中でも、イメージサークルをセンサー短辺よりも小さく設定し、円形の画像を結ぶものを全周魚眼、あるいは円周魚眼と呼んでいる。これは天空全体の天体の位置や雲の量などの測定に都合が良い。

そして、イメージセンサー全面を含むようにイメージサークルを設定したものが、対角線魚眼と呼ばれている。こちらは測定というよりも、球面に投影することによるデフォルメ効果を心情的な表現として取り入れるために用いられることが主な用途であろう。

1970年代、ニコンは魚眼王国であった。当時はニッコールが世界的に大きな評価を得て登り詰めてゆく時期であり、レンズのラインアップを他社の追随を許さぬように拡大していった。

故に魚眼レンズでさえも、フィッシュアイニッコール6mm F5.6、Aiフィッシュアイニッコール6mm F2.8S、OPフィッシュアイニッコール10mm F5.6、Aiフィッシュアイニッコール8mm F2.8、Aiフィッシュアイニッコール16mm F3.5など様々に違う特徴を持った魚眼レンズをラインナップしていた。

しかし、やはり魚眼レンズは特殊なレンズのため、80年代後半以降合理化され、デジタル化が進むとともに大幅にラインアップが減らされてしまっており、AI AF Fisheye-Nikkor 16mm f/2.8DとAF DX Fisheye-Nikkor 10.5mm f/2.8G EDの2本を残すのみとなってしまっていた。

それぞれ、DX用、FX用と対応フォーマットに違いがあるが、双方とも対角線魚眼であり、円周魚眼ではない。ことにAI AF Fisheye-Nikkor 16mm f/2.8Dはフイルム時代のレンズであり、正直なところ性能的にも見劣りするものになってしまっていた。

魚眼レンズのラインナップの更新が進まなかったのは、ひとえに出荷本数の少なさであったことであろう。しかし、表現の1つとして確実なファン層がいることも事実であり、またVR映像制作に欠かせないアイテムとして、現在に確実な需要が生まれてきた。

これまで単焦点であった、魚眼レンズのシリーズをズームレンズで1本にまとめていること、コーティングやレンズ素材について最新の技術を惜しみなく投入したこと、まさに満を持しての新レンズである。

俯瞰で見ると大きさのバランスが良いためか、全体が小さく見える。

本レンズの特徴は何と言っても、対角魚眼から全周魚眼までを1本にまとめてしまったことにある。すでに先行する魚眼ズームは存在するが、後発となったが故、より高次の収差補正がなされイメージサークル周縁まで高い解像力を持っている。

ズームではあるが解放F値を抑えた設計であり、そのぶん大きさ、重さも大変に抑制されている。画角が180度の全周魚眼で比べれば、従前のAiフィッシュアイニッコール8mm F2.8との比較になるが、大きさも重さも3分の1といったところであろう。それほど設計と素材が進歩した新時代の設計なのである。

また、第一面に撥水コートが採用されたことも実用的な特徴だ。第一面が強い球面、かつ大きなレンズである場合、うっかり手で触ってしまうことも多い。また画角も広く被写界深度も深いレンズであるので、レンズ面についた水滴やゴミはそのまま画像として写ってしまう。ニコンの撥水コートは防汚コートでもあり汚れもつきにくい。例えば露光中に雨が降ってきても、画角外からブロアーで吹いてやれば雨滴の付着を最小限にすることができるのだ。

画角変化

FXフォーマットで8mmのとき、イメージサークルの直径が180度の画角である。テレ側にズームしてゆくと像が大きくなるとともにイメージサークルも大きくなり、画面がイメージサークルの中に入る(画面全てが像で満たされる)のが14mmのときで、そのとき対角線方向の画角は180度である。

最もテレ端となる15mmでは、少しトリミングされ画角175度となる。このレンズをDXフォーマットで使うとズームリング中間にある白点(DX指標)の位置にしたときに対角線の画角が180度になる。

ズームリングにある白点がDX指標。DXフォーマットでは、この位置にズームしたときに画角180度の対角線魚眼となる。

ワイド端である8mmにしても、1.5倍にトリミングされるのと一緒なので、イメージサークル全体が写る円形の写野とはならず、画像の4隅がかけたような絵になる。

逆にテレ端にした場合は対角線110度となる。超広角であるが、球体への投影であることには変わりはないので、あくまでも広角レンズではなく魚眼レンズである。

画角比較
FX機(8mm)。D810 / 1/1,600秒 / F5.6 / -0.7EV / ISO100 / 絞り優先AE / 8mm
FX機(15mm)。D810 / 1/1,600秒 / F5.6 / -0.7EV / ISO100 / 絞り優先AE / 15mm
DX機(DX指標)。D7500 / 1/1,600秒 / F5.6 / 0EV / ISO100 / 絞り優先AE / 11mm

操作系

本レンズでは鏡胴先端側にズームリング、ボディ側にピントリングが配されている。操作のしやすさはデザインとも関連するものだが、配置は適切でありD810、少し小ぶりになるD7500、いずれに装着した場合もズームリング、距離リングともに自然に指がとどく。ズーム操作も、ピント合わせもファインダーから目を離すことなく、指先だけで自然に行える。

さて、ここでニッコールレンズのピントリングであるが、これまでは全般に動きが渋く、マニュアルでのピント操作、特に送って戻すという操作時の感触に不満があった。しかし本レンズではスムーズかつ適度なトルク感があり微小なピント操作を快適に行えるようになった。ピントリングの移動量の少ない本レンズでは恩恵は少ないかもしれないが、こうした「感触」という小改良は既発売のレンズにも波及していくことであろう。ズームリングも同様だ。

一方、フォーカスモードスイッチはすでに熟成しており、従前のニッコールレンズ同様はっきりとクリック感を感じる仕上がりである。こうしたスライド式スイッチの場合、経年変化によってクリックが失われることが多いが、材質や形状などを煮詰めているのだろう、筆者自身が所有する古い(とはいえGタイプ)ニッコールであっても、このスイッチが甘くなっているものはない。

スライドスイッチもよく吟味された素材と設計である。ニッコールレンズのスイッチ類は長期の使用でも初期の感触を維持してくれる。

デザイン

本レンズは最大径77.5mmであり、最新レンズの例にもれず径は太めであるが、D810などFXボディとの相性は良い。常用するであろう24-70mm F2.8レンズなどからすると、小ぶりで軽量だ。そして、魚眼レンズであるがゆえ、大きく突き出た第一レンズが一段と目をひき、レンズの存在を感じさせる。特にナノクリスタルコートを含め、最適化されたコーティングと内部塗装により黒々と潤む大きな瞳のようで、どこか動物的な印象さえ漂う。

一方、フードなしの状態ではメリハリのないプレーンな外形であるので、尚のこと第一レンズが目立つのだ。2001年宇宙の旅のHAL9000のようだが、ニッコールレンズとしてのデザインアイデンティティは保たれている。それは各リングの幅であったり、リングのシボの大きさや質感などだ。プレーンな外形に目立つ第一レンズの組み合わせは、デザイナーを苦労させたに違いないと思ってしまう。

フードは花形フードであるが、使用するのはDXフォーマットのときとFXフォーマットで15mmのとき。アピアランスはグッドルッキングだが、FXフォーマットのときはほぼ使用しない。レンズキャップはこのフードと組み合わせて使うカブセ式の専用品だ。

AF

スムーズかつ迷うことが少ないことはボディ側に依存することであるので、焦点距離も短く、距離リングの移動量も少ない本レンズではAFのレスポンスについて特段の印象はない。

フィルター

本レンズに限らず第一面が強い球面を持ったレンズの場合、平面のフィルターを使いにくい。そこで本レンズではレンズ後端部マウント側に、フィルターを挿入できるポケットを設けている。

レンズ後部にはシートフィルターを挿入する。フジフイルムのアセテートフィルターがおすすめだ。

ゼラチンやアセテートで作られた市販のシートフィルターをハサミでカットして挿入する。厚さは1mm程度までとした方が引っかかって出てこないなどの事故は少ない。フイルム時代、シート状のフィルターはプロの間で、大量に消費されていた。色補正がデジタルになった現代ではその用途と種類は減ってきているものの、NDやPLフィルターも手に入るので活用しよう。

作品

FXフォーマットで14mmの時、対角線の画角が180度になる。広い世界を取り込みつつ、中心の花をスピードライトで照らし出し、雑草の強さを表現した。

D810 / 1/2,000秒 / F5.6 / -0.7EV / ISO100 / マニュアル露出 / 14mm

最短撮影距離は、センサー面から16cm。レンズ第一面から被写体まではおよそ3cm。非常に強い遠近感が特徴だ。日中での撮影では、ほぼ必ず空が入り本質的に逆光となるが、適切なコーティングによりフレアでコントラストが下がることはない。

D810 / 1/320秒 / F5.6 / -0.7EV / ISO100 / 絞り優先AE / 8mm

この作品では12mmを選択した。中間焦点距離ではイメージサークルが小さくなるため、四隅が欠けた状態となる。しかし、表現にとってそれは使いようだ。大きく開けたクジラの口の中から世界を見るような写真になった。また、この作品は絞り開放で撮影しているが、中心から周辺までの解像力の高さが見所だ。

D810 / 1/2秒 / F4 / -0.7EV / ISO400 / 絞り優先AE / 12mm

テレ端15mmの時、FXフォーマットならば対角線で175度の画角である。いつも見慣れた永代橋が随分違った景色に見える。絞りは開放。ピントは手前の鉄骨に合わせた。中心から周辺まで高い解像力を発揮している。MTF特性だけではレンズの性能はわからない。

D810 / 1/8秒 / F4.5 / -0.7EV / ISO400 / 絞り優先AE / 15mm

空をまたぐ鉄骨を全周魚眼でとらえたら、まるでサッカーボールのようだ。画面内に強い街灯を配してみたが、問題となるフレアもゴーストも発生していない。もっと強い光源があるような工場夜景でも問題とはならないだろう。

D810 / 1/4秒 / F5.6 / -0.7EV / ISO400 / 絞り優先AE / 8mm

これもほぼ最短距離で撮影した。ほんの少しの二線ボケを伴っているのだが、ボケ量の方が大きいため、まずその傾向はわからない。焦点距離が短いにもかかわらずがさつくことなく自然なボケになっている。

D810 / 1/3秒 / F3.5 / -0.7EV / ISO400 / 絞り優先AE / 8mm

DXフォーマット、D7500で撮影した。DX指標(およそ11mm)の時、対角線の画角が180度になり、かつイメージサークルの欠けは起こらない。ここではF11まで絞り込んだ。パンフォーカスであるとともに、写野全体の収差補正が均質である。ピントは手前の鉄柱に合わせているが、画面全域の解像力を見て欲しい。

D7500 / 1秒 / F11 / 0EV / ISO100 / 絞り優先AE / 11mm

タイムラプス動画

撮影中に雨が降って来た。風がなかったので雨粒が残ってしまったが時間の経過を語る良いアクセントになった。中心より下は撥水コートの効果で雨粒が付いていない。

まとめ

実写の結果、画面最周辺にあっても高い解像力を維持する素晴らしいレンズである。最周辺部で問題となる非点収差もコマ収差も大変に少ないためだ。メーカーHPで公開されているMTF曲線によれば、写野の70%位置から高周波のコントラストが低下することになっている。ことにテレ端で著しく、50%位置から低下が始まる。

しかし、実写の結果は全画面に渡って素晴らしい解像力で、従前の単焦点魚眼レンズの性能を圧倒的に凌いでいる。これは、MTFでは像が崩れることによるコントラストの低下を見ているのであって、直接解像力の変化を測っているわけではないことによる。

さらにいえば、最近のVRパノラマの需要に合わせて、日本以外の国で製造された魚眼レンズも最新のものは大変高性能で評判も良く、そうした国々の光学産業の成長に驚く近日であったが、本レンズはそれらの評価も圧倒的に凌いでいる。

それは、コストパフォーマンスというお買い得感ではない、純粋な性能の評価においてである。もちろん、ズームであるので対角線魚眼と全周魚眼の最低限2本を同時に実現すると考えればお買い得度でも凌駕する。

ニコンユーザーにとっては長く待たされたレンズであるが、本当に待った甲斐のあるレンズがやってきたのだ。

茂手木秀行

茂手木秀行(もてぎひでゆき):1962年東京生まれ。日本大学芸術学部卒業後、マガジンハウス入社。24年間フォトグラファーとして雑誌「クロワッサン」「ターザン」「ポパイ」「ブルータス」を経て2010年フリーランス。2017年1月14日より新宿、コニカミノルタプラザにて個展「星天航路」を開催。