メーカー直撃インタビュー:伊達淳一の技術のフカボリ!

SIGMA 150-600mm|Sports & Contemporary

似て非なる2本を開発するシグマの緻密な戦略

同一焦点距離、開放F値を持つ2種類の超望遠レンズを開発するという、ユニークな戦略に打って出たシグマ。コンセプトや光学設計、画質の違いとはいったい何なのか。これらの疑問を解決すべく、SportsとContemporaryの2本が出そろったタイミングで開発者に話を聞いてみた。(聞き手:伊達淳一、本文中敬称略)

上:Sports(22万円前後)、下:Contemporary(13万円前後)

150-600mm F5-6.3 DG OS HSM | Sports & Contemporaryって何?

APO 150-500mm F5-6.3 DG OS HSM後継機として企画されたモデルで、このクラスの超望遠ズームに求められるすべての要素を盛り込もうとすると仕様に矛盾が生じてしまうため、堅牢性や信頼性重視の“Sports”ラインと、携帯性や機動力重視の“Contemporary”の2つの製品に分化。まったく同じ焦点距離と開放F値の超望遠ズームながら、まったく違ったキャラクターに仕上がっている

伊達淳一的150-600mm F5-6.3 DG OS HSM | Sports & Contemporaryの気になるポイント
  • ・焦点距離も開放F値も同じ2本の超望遠ズームを同時に開発
  • ・信頼性や堅牢性重視のSportsと、機動性重視のContemporary
  • ・SportsとContemporaryの画質差は最終的には極めて軽微
  • ・Contemporaryは新しい設計手法で小型・軽量化が図られている
本インタビューは「デジタルカメラマガジン2015年6月号」(5月20日発売、インプレス刊)に掲載されたものに、誌面の都合で掲載できなかった内容を加筆して収録したものです。
小笠原典行氏
株式会社シグマ 開発部 開発第2ユニット 第2課 係長
「第1群の前玉にSLDガラスを2枚、第2群に凸群を入れ1群の色収差補正を補助しています」
藤田健太氏
株式会社シグマ 開発部 開発第2ユニット 第1課 係長 理学博士
「OSユニットの小型化を図るため、ContemporaryではSportsから2群の構成を変えています」
坂良昭氏
株式会社シグマ 開発部 開発第2ユニット 第5課 係長
「Contemporaryはいかに光学性能を犠牲にせずに、小さく軽くできるのかを追求しました」
高橋岳志氏
株式会社シグマ 開発部 開発第2ユニット 第6課 工学博士
「望遠時の利便性を最優先してContemporaryでもカスタムモードスイッチを採用しました」
長江理人氏
株式会社シグマ 開発部 開発第2ユニット 主査
「OSモード2は曲線的な動きでも流し撮りを妨げず、カメラを振る方向以外のブレを抑えます」
桑山輝明氏
株式会社シグマ マーケティング部 マーケティング第2課
「2つのラインそれぞれに妥協のない製品を作るため、同スペックのレンズを2本開発しました」

 ◇           ◇

レンズ構成や絞りの配置はまったく別物

――昨年(2014年)のフォトキナで、焦点距離も開放F値もまったく同じズームレンズを同じタイミングで発表したのには驚きました。これだけ口径も大きさ・重さも異なるレンズなのに、なんで開放F値が同じなんだろう? もしかしてリリースの誤植ではないの? と疑ったりもしました(笑)。

桑山:発表直後は本当に「誤植じゃないの?」という問い合わせがたくさんありました(笑)。もともとAPO 150-500mm F5-6.3 DG OS HSMという超望遠ズームを発売しており、その後継モデルについて求められる仕様を検討しました。

テレ端の焦点距離を600mmに伸ばすことを前提に、従来よりも描写性能、堅牢性、機動性、信頼性、軽量化など、さまざまな要素を盛り込もうとしたのですが、求められるすべての要素を1つの製品で両立させるのは難しいとの結論になりました。

弊社には、Art、Sports、Contemporaryという3つのプロダクトラインをラインアップしておりますので、信頼性や堅牢性など、徹底的に細部にこだわったSportsラインと、携帯性や機動性を重視しさまざまな要素とバランスを取ったContemporaryラインの2つのコンセプトに分け、それぞれの要素に対し妥協のない製品作りを行うため、同じスペックの超望遠ズームレンズを2本並行して開発することになりました。

――SportsとContemporaryの開発・設計に当たり、それぞれどんなアプローチを試みたのでしょう?

坂:APO 150-500mm F5-6.3 DG OS HSMの構成をベースに、テレ端の焦点距離を600mmまで伸ばそうとすると、当然、従来よりも大きく重くなってしまいます。ただ、これまで積み重ねてきた実績があり、信頼性が高いという側面もあります。

そこで、信頼性や堅牢性を重視したSportsラインは、従来の光学系をベースにさらなる描写性能のブラッシュアップを図ると同時に、金属部材を多用した剛性のある鏡筒を採用し、防塵・防滴仕様を採用することで、砂塵が舞うような過酷なフィールドでの使用にも耐える信頼性、堅牢性を確保しました。

一方、Contemporaryは、機動性や携帯性を重視していますので、できるだけ小型・軽量化を図る必要があるのですが、従来のAPO 150-500mm F5-6.3 DG OS HSMの光学系をベースに、鏡筒をエンジニアリングプラスチック化しただけでは、小型化は図れません。というのも、エンジニアリングプラスチックは金属よりも剛性が低いため、より鏡筒を肉厚にする必要があるからです。

そのため、エンジニアリングプラスチックを併用して軽量化を図るためには、根本的に光学系から見直す必要がありました。そのため、Contemporaryの方が、発売までに多少時間がかかりました。

Sports
手ブレ補正効果を確保するため、OSユニットにパワーの強い凹レンズ群を配置。AFユニットの内部に絞りが配置されているため、OS群の作用でいったん広がった光束を再び凸レンズで縮めながら絞りに光を導くという構成になっている
Contemporary
OSユニットに光を集める2a群という補助光学系を配置したことが、諸収差の抑制にも効果を発揮。メカ機構の工夫で絞りを相対的に前に出す光学系を採用できたことも小型化に大きく貢献している

光学系の違い

――SportsとContemporaryの光学系はどのように違うのですか?

小笠原:Sportsラインは、APO 150-500mm F5-6.3 DG OS HSMの光学系と同様、第2群にOSユニットを配置していて、このOSユニットの外径でカム筒の外径も決まります。ズームリングのあたりの太さですね。光学系の最後部にAFユニットが配置されていて、これもある程度の長さが必要となります。

また、絞りの位置ですが、レバーで絞りを駆動するものもございますので、マウントからあまり離れた位置に配置すると、たわみが大きくなって、絞りの制御精度が低下してしまいます。そのため、絞りをあまり前方に配置できないという制約があり、そういったことを考慮していくと、AFユニットの内部に絞りを配置せざるを得なくなります。

そこで、OSユニットにパワーの強い凹レンズ群で光束をいったん広げてから、再び凸レンズで光束を縮めながら絞りに光を導く、という構成にしています。

――なるほど。OSユニットの凹レンズで光束を広げ、再び凸レンズで集光することで、AFユニット内に絞りを設置しても問題ないようにしているわけですね。

坂:電磁絞りを使うことができれば、設計の自由度も高くなるのですが……。

――絞りレバーで絞りをメカ的に連動させるのではなく、絞りレバーの動きをエンコーダーなどで読み取って電磁絞りを駆動する、といったことはできませんか? 応答速度的に無理なのでしょうか?

坂:今まで行ったことのない構成や技術を採り入れるということは、新たに技術開発をしなければならず、そのぶん、評価や動作検証に時間がかかります。特に、Sportsラインは、実績のある技術を採用して信頼性の向上を図るというコンセプトで開発を進めました。

――一方、Contemporaryラインはどのような光学系を採用しているのでしょう?

小笠原:Contemporaryラインの光学系で一番大きな特徴は、絞りがSportsラインよりも前に配置されているという点です。また、AFユニットの長さもSportsラインよりも短くなっています。絞りをAFユニットの内側に配置する必要がなくなり、光を無理に絞り込む必要もなくなって性能を維持したまま全長を短縮できるようになりました。

――絞りを前に配置して、制御精度が低下してしまう恐れはありませんか?

坂:絞りの連動の方法をSportsラインとは変えています。絞りレバーで直接絞りを駆動するのではなく、間にシーソーのような機構を入れて連動させています。

このシーソーのような機構というのは以前から採り入れていたものではありますが、AFユニットの内部を通すような形にしなければいけないため、最近のレンズには採用していませんでした。機構設計側の努力で内部スペースを確保できたことで、こうした絞りを前に出す機構を組み込むことができました。

――なぜ、Sportsラインにはこうした機構を採用しなかったのですか? 信頼性の問題ですか?

坂:信頼性というよりは、Sportsの光学系では、こうした機構を組み込むスペースを確保できませんでした。Contemporaryでは、パーツを削減するなどして、スペースを確保しています。

Sportsは一番後ろの群がフォーカスレンズになっていますが、Contemporaryは後ろから2番目の群(第4群)がフォーカスレンズになっています。これも、こうした構成にすればパーツを減らせる、ということで、光学にお願いして設計してもらいました。

――フォーカスレンズの位置を変えることで、Sportsに対して譲る部分はあるのでしょうか?

小笠原:最終的には大きな問題とはなりませんでしたが、フォーカスレンズを光学系の内部に抱え込んでいるので、ズーム全域でAFユニットが動けるスペースを常に確保することを考えて設計する必要がありました。

Sportsのように最後群を動かすリアフォーカスであれば、フォーカスレンズが最も下がったときにテレコンにぶつかりさえしなければ、後はどのような動きをしようと自由です。

一方、Contemporaryの場合、無限遠から最短になるにつれ、フォーカスレンズが前に出ます。テレ側ほど近距離へのフォーカスを行う必要な移動量も増えていきますが、そのような状況になっても第3群にぶつからないようなスペースを確保しなければいけないという、設計上の制約があります。

坂:先ほど申しましたように、レンズを軽量化するためにエンジニアリングプラスチックを採用しても、金属パーツと同じ厚みでは剛性を保てないので、パーツの厚みは増えていってしまいます。

そうすると、軽量化できてもサイズは大きくなってしまいます。そのため、Contemporaryは、光学、メカ設計ともに根本から設計を見直して、どこを変えれば、光学性能を犠牲にせずに、小さく軽くできるのかを徹底的に追求しました。

金属とプラスチックの使い分け

――肉厚を厚くしなくてもエンジニアリングプラスチックで支えられるように、できるだけ構成レンズを軽くしたということですか?

坂:レンズを軽くして鏡筒の肉厚を抑えるというよりも、レンズ枚数やパーツを減らすことで、小型・軽量化を図っています。この図をご覧ください。濃いグレーのところがエンジニアリングプラスチックで、淡いグレーのところが金属が使われている個所です。

Sports
防塵・防滴仕様にこだわり、熱収縮率の異なるエンジニアリングプラスチックを一切使用せず、外装も鏡筒もすべて金属素材で構成
Contemporary
外装を中心にエンジニアリングプラスチックを使用。前玉を支える部分もエンジニアリングプラスチックが使用されているが、強度的な問題はないという

Sportsはすべて金属の部材で構成されていて筒も7層に重なっているのに対し、Contemporaryはレンズを支える重要な部分は金属が使われていますが、外側はエンジニアリングプラスチックを採用していて、全部で5層とSportsよりも2層少ない鏡筒の構成になっています。

――レンズ自体が大きいので、2層も減れば重さに効いてくるんでしょうね。

坂:そうですね。レンズの構成枚数もSportsが16群24枚に対し、Contemporaryは14群20枚と構成枚数が少なく、前玉の径も小さいため、全体の光学系や内部パーツも小さく軽くできています。

――ただ、SportsはFLDガラスを2枚も採用しているのに対し、ContemporaryはFLDガラス1枚に減っていますね。

小笠原:Contemporaryは軽量化と同時にコストも抑え、より多くのお客さまに手軽に使っていただきたいと考えておりましたので、Sportsには前玉に径の大きなFLDガラスを2枚使用しておりますが、Contemporaryは開発のかなり早い時期にSLDガラス2枚を併用し、FLDガラスは光学系の後方に使用しています。

――特殊硝材を減らし、レンズ構成枚数も減らして、それで画質性能を犠牲にしていないといわれても信じがたいのですが……。やはり、どこか画質性能差はありますよね? そうでないと、値段も重量も重いSportsの立場がないではないですか(笑)。

小笠原:Contemporaryでは、第1群の前玉にSLDガラスを2枚配置していますが、その後ろの第2群(2a群)レンズに凸群を入れ、分散特性の異なる硝材を組み合わせることで、1群の色収差補正能力を補助できることが開発の途中で分かってきました。

この2a群レンズは、FLDやSLDのような名称を付けるほどの特殊硝材ではありませんが、分散特性の異なる硝材をうまく組み合わせることで望遠側の倍率色収差を改善できるため、Contemporaryの開発をスタートした当初に予想していたよりも望遠側の倍率色収差を抑えることができ、従来のAPO 150-500mm F5-6.3 DG OS HSMよりも倍率色収差が少ないのはもちろんのこと、前玉にFLDガラスを使用したSportsと比べてもほとんど差が感じられないレベルまで倍率色収差を抑えることができました。

厳密には、Sportsの方がほんの少しだけ望遠側の倍率色収差が少ないとはいえますが、その差は当初考えていたよりもわずかな違いに収まっています。MTFの像高15mmの30本/mmの線を見ると、Sportsは60%を超えていますが、Contemporaryは60%をわずかに下回っています。ここがSportsとContemporaryの画質性能の差です。

MTF曲線図

150mm(左:Sports、右:Contemporary)
600mm(左:Sports、右:Contemporary)
テレ端で像高15mm付近の解像はSportsの方が上回っているが、その差はごくわずかである。開発当初はテレ端の周辺画質に差が出ると予想されていたが、結果的には新しい設計手法によって、Contemporaryの画質がSportsに追いついた感じだ(赤:10本/mm、緑30本/mm。実線:サジタル、破線:メリジオナル)

――画面中心(光軸)から15mm離れた部分ということは、APS-Cで使う場合には、SportsとContemporaryの画質性能差は事実上ないに等しいわけですね。

小笠原:APS-Cの撮像範囲内でもまったく差がないわけではありませんが、かなりシビアにチェックしないと差が感じられないレベルまで、最終的にはContemporaryの画質性能を高めることができました。

坂:正直、Contemporaryの画質性能についてはうれしい誤算でした。

Contemporaryは2a群の配置でSports並みの収差補正

――そのほかにSportsとContemporaryの設計で特徴的な違いはありますか?

藤田:OSユニットの小型化を図るため、ContemporaryではSportsから2群の構成を変えています。手ブレ補正効果を考えると、OSユニットは第2群に配置するのが一般的です。しかし、第1群以外に光を収斂させる光学系がありませんので、基本的には第1群のパワーをできるだけ強め、第2群のOSユニットをできるだけ後方に配置するしか、OSユニットの径を抑えられません。

Sportsは素直にそういった手法で設計しています。一方、ContemporaryのOSユニットは、小型化を図るため、設計当初はもっと絞りに近い位置に配置することを検討していました。その方が光束が収斂し、OSユニットの径も抑えられるのですが、OSユニットを絞り近辺に配置すると手ブレ補正効果が低下してしまいます。

このレンズの用途を考えると手ブレ補正の効きが悪いというのは許されません。手ブレの補正効果を十分に発揮させるには、やはりOSユニットを第2群に配置した方が有利なのです。ただ、そのままではOSユニットの径が大きくなってしまうので、どうすれば良いかを考えました。

そこで、凸レンズを含む2a群を足して光束を縮めることで、OSユニットの径を抑えています。しかも、この2a群を足したことで、望遠側の倍率色収差をより抑えることもできました。

高橋:追従性や反応を良くするには、OSユニットで可動する補正レンズやパーツをできるだけ軽くした方が有利です。また、OSユニットのアクチュエーターにも十分なパワーが求められます。補正レンズを小さく軽くできれば、それを動かす力も小さくて済みますので、アクチュエーターも小さくできます。

坂:OSユニットの構成もSportsとContemporaryで変えています。SportsのOSユニットは、補正レンズ側にマグネット、外側に電磁コイルを配置するという、これまで弊社のOSユニットで採用してきた実績のある方式を採用しています。

一方、Contemporaryでは、少しでもOSユニットの小型化を図るため、補正レンズ側には駆動コイル、外側にマグネットを配置しています。重いマグネットを外側の固定された部分に配置することで、駆動する補正レンズ周りの質量を減らし、従来よりも小さなパワーで駆動できます。

アクチュエーターも小さくてすむので、OSユニットも従来よりも小型・軽量にできました。

――そもそも従来、補正レンズ側にマグネットを配置していた理由はなんですか?

坂:動く補正レンズ側に駆動コイルを配置した場合、磁力を発生させるために電流を流す必要があり、どうしても補正レンズ側にフレキシブルケーブルを繋げなければなりませんが、そのケーブルで繋がっていることが駆動の外乱になってしまう恐れがあります。

特に、高倍率ズームなどは補正レンズも小さく軽いので、それをケーブルで繋いでしまうと、補正レンズの動きに悪影響を与えてしまいます。そのため、補正レンズ側にマグネットを配置した方が有利と考え、開発したのが従来のOSユニットです。

ただ、今回の150-600mm F5-6.3 DG OS HSMのような超望遠ズームでは、高倍率ズームなどに比べると補正レンズの質量があるため、ケーブルによる外乱要因が相対的に極めて少なくなってきます。

そこで、少しでも小型化を図りたいContemporaryには、補正レンズ側に駆動コイルを配置した方式のOSユニットを開発し、搭載することにしました。従来のOSユニットでも、それほどサイズアップするわけではありませんが、Contemporaryには少しでも小さく軽くするために新方式を、Sportsには実績のある従来方式のOSユニットを採用しています。

高橋:Sportの開発が終わった段階では、ContemporaryのOSユニットの配置や、新ユニットの動作検証すら完了していませんでした。制御ソフトウェアを作る立場としても、初めて採用する方式なので、果たして本当に制御できるのか、理論上は成り立つと分かっていても、実際の製品ができ上がるまでは未知の部分も多かったですね。

坂:Contemporaryの理念の中には“最新のテクノロジーを投入し、高い光学性能とユーティリティを維持し、小型・軽量化を実現”と謳っておりますので、光学系もOSユニットも意欲的に新しい手法を惜しげもなく採り入れています。

小笠原:Sportsの光学系は設計完了時点で、絶対このまま製品発売まで持っていけるだろうという自信がありましたが、Contemporaryの方は光学設計が終わった段階でも本当に大丈夫だろうかと最後まで安心できませんでした(笑)。

高橋:技術的にも欲張ったものを入れていますので、非常にチャレンジングでした。

――発表は同時でもContemporaryの方が発売が遅れたのは、さまざまな新しい試みを採り入れ、その開発、検証に時間がかかっていたからなんですね。で、結果的には、Sportsとの性能差が極めて少なくなったと……。

ところで、一番、不思議に思うのが前玉の径です。同じ開放F値なのに、Sportsは105mm径、Contemporaryは95mm径とかなりサイズが違いますがこれはどうしてですか?

小笠原:この差を生んだ大きな要因が絞りの位置です。先ほど申しましたように、Sportsは絞りの位置がContemporaryよりも後方にあります。同程度の口径食に設定した場合、絞りが後ろにあるほど、周辺の光線を集めるために前玉のサイズを大きくする必要があります。

――Sportsは、砂塵や雨の中でも安心して使用できる防塵・防滴性能を備えているのは確かに魅力ですが、フードをプラスチックにしたり、三脚座を肉抜きするなど、もう少し軽量化を図ってほしかったですね。

ところで、Contemporaryのフードは、根元部分にスリットが設けられていますが、これはどういう意図ですか?

坂:1つにはデザイン的な意味合いもありますが、真っすぐな円筒の形状にしようとして部分的に肉厚が大きく変わってしまうと、プラスチックの成形上、きれいな仕上がりにならないという問題があります。

そのため、当初は根元に窪みを作っていたのですが、そこにゴミが溜まるのではないかという意見も出て、このようなスリットを設けました。

また、真正面から風を受けたときに、風が抜けることでレンズが煽られにくくなりブレを抑えられるのでは、という狙いもあります。

――レンズ先端を持って直進ズーム的に使うこともできることを謳っていますが、そのような使い方をして鏡筒のガタツキが増える心配はありませんか?

坂:Sportsは、レンズ先端を持って直進ズーム的な使い方ができることを前提に十分な耐久性を確保していますが、Contemporaryはズーム連動パーツにエンジニアリングプラスチックを使用していますので、直進ズーム的な使い方は推奨していません。

桑山:リリースやカタログなどにも、Contemporaryではそうした記述をしておりません。フロント部を持って直進ズーム的な使い方ができると謳っているのはSportsだけです。

カスタムモードスイッチはContemporaryの定義を超えて採用

――そうなんですか!? 気づきませんでした。うっかり同じように直進ズーム的に使ってしまうところでした。

ところで、Contemporaryにも、AF速度の調整やフォーカスリミッターの調整、OSの調整ができるカスタムモードスイッチが採用されていますが、これらはSportsラインならではの特徴とされていたはずですよね?

ユーザーとしては、お手頃価格のContemporaryにこうした機能が採用されるのはうれしい限りなのですが、Sportsラインの定義を崩してまでこうしたギミックをContemporaryに搭載しようと最初から決めていたのでしょうか?

桑山:Contemporaryであっても、こうした焦点距離域をカバーする超望遠ズームでこれらの機能を省いてしまうと、使いやすさが半減してしまいます。

社内に飛行機やモータースポーツを撮影する社員が大勢おりますので、社員の意見やお客さまの立場になって考えたりした結果、Sportsラインに搭載している機能をすべてContemporaryラインにも搭載することにしました。

高橋:カスタムモードスイッチに対応したファームウェアの実装やその検証、評価など、開発の工数が非常に増えるので、開発する立場からは機能が少ない方が設計しやすいんですけど(笑)、私自身、飛行機を撮影するのが好きですし、お客さまのことを考えると少しでも使いやすいレンズに仕上げたい、シグマを選んで良かった、といってもらえるレンズにしたいという思いで開発に取り組みました。

――シグマの魅力は、USB DOCKを使って、ユーザー自身で最新のファームウェアに更新できる点です。Sportsを発売した後に、斜め方向の流し撮りに対応したファームウェアがリリースされましたが、Contemporaryも斜め方向の流し撮りに対応していますか?

高橋:もちろん対応しています。従来のAPO 150-500mm F5-6.3 DG OS HSMのOSモード2は、長辺方向にうまく流せるようなOS制御を採用していて、横位置なら水平、縦位置なら垂直方向の流し撮りに対応していましたが、この仕様では使いにくいということで、Sportsの発売当初は、カメラの縦位置、横位置を問わず、水平方向の流し撮りに対応するようにしました。

さらに、もっとさまざまな被写体で流し撮りできるよう技術開発を続け、斜め方向の流し撮りにも対応させることができました。

――飛行機の離着陸を流し撮りしようとするとJ字型にカメラを振る必要がありますが、こういうケースでもOSモード2の効果が期待できるのでしょうか?

長江:飛行機の離着陸やコーナリング中のレーシングカーの流し撮りなどにも対応しています。曲線的な動きでも流し撮りを妨げず、できればカメラを振る方向以外のブレを抑えようと開発したのが、今回の新しいOSモード2です。

斜め方向の流し撮り対応に際して、社内のメンバーにも手伝ってもらい検証を行いましたが、実写で良い結果が得られています。

――どうやって評価したのですか?

長江:カメラを斜め方向に構えて振ることもしましたが、最終的には、さまざまな被写体を実写して検証しています。

――超望遠レンズで流し撮りをする場合、一脚を併用するケースが多いですが、OSの効きに影響はありますか?

高橋:三脚や一脚を使用した場合にはブレの周波数特性が変わってくるので、手持ち撮影よりもかえってブレ補正がうまく働かない恐れがあります。これは、今後取り組んでいくべき課題ととらえています。

――シグマのOSは、デフォルト設定ではファインダー像が吸い付くようにピタッと止まらないような気がします。特に流し撮りだと、本当にOSが効いているのか、効果が分かりにくいですね。

高橋:それは意図的にそのような制御にしています。シャッター半押し状態ではある程度フレーミングしやすいレベルに抑えて手ブレ補正を行い、シャッターを切ったときにはしっかり手ブレ補正が効く、という制御を行っています。

ただ、150-600mm F5-6.3 DG OS HSMは、SportsもContemporaryもカスタムモードスイッチを装備していますので、USB DOCKを使って「ダイナミックビュー/スタンダード/モデレートビュー」の3段階にOSの動作をカスタマイズすることが可能です。

手ブレ補正の効きはほぼ同じ

――SportsとContemporaryでOSの効きに違いはありますか?

長江:手ブレ補正の効きとしてはSportsもContemporaryもそれぞれ遜色ないレベルの性能を備えています。両者の差がまったくないわけではありませんが、Contemporaryの方がOSユニットを軽量化できた関係でOSを制御しやすくなっている部分はあります。

ただ、それは開発する側の話であって、実際にでき上がった製品に大きな性能差があるわけではありません。

――マニュアルオーバーライドとはどんな機能ですか?

長江:コンティニュアスAFで撮影している場合でもフォーカスリングを回すことでMF撮影に切り替えることができるのが、マニュアルオーバーライド(MO)機能です。

50mm F1.4 DG HSM|Artから採り入れた機能ですが、USB DOCKでカスタマイズして設定する必要がございました。

150-600mm F5-6.3 DG OS HSMは、レンズ側のフォーカスモードスイッチに、AF/MO/MFという3つのポジションを設けておりますので、撮影する被写体に応じて、動作を簡単に切り替えることができます。

――シグマの超望遠ズームといえば、APO 50-500mm F5-6.3 DG OS HSMが飛行機撮影や野鳥撮影で非常に高い人気を誇っていますが、今回の2本の150-600mm F5-6.3 DG OS HSMは、あくまでAPO 150-500mm F5-6.3 DG OS HSMの後継で、APO 50-500mm F5-6.3 DG OS HSMの流れとは別と考えていいんですよね?

桑山:はい。今回の2本の150-600mm F5-6.3 DG OS HSMは、APO 150-500mm F5-6.3 DG OS HSMの後継機です。

――飛行機撮影ではテレ側だけでなく、ワイド側に引けるという要素も重要なので、APO 50-500mm F5-6.3 DG OS HSMのラインもしっかり踏襲し、新プロダクトラインに再編される日を願っています。本日はどうもありがとうございました。

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―取材を終えて― 開発者の情熱が攻めのレンズ設計を成功させ、Contemporaryにうれしい誤算を与えた

2014年のフォトキナでこの2本の超望遠ズームが発表され、なんで焦点距離も開放F値も同じなのに、前玉の大きさがこんなに違うのか、ずっと疑問だった。

FLDガラスもSportsは前玉に2枚も奢っているのに、ContemporaryはFLDガラスを後ろの小さな径に1枚使っているだけだ。これで、周辺光量も画質差はほとんどありません、と言われても、素直に納得できるはずがない。というわけで、Contemporaryの発売を待って、このインタビューを申し込み、SportsとContemporaryの設計手法の違いを聞いたが、その答えは興味深いものだった。

まず、前玉の大きさだけで開放F値は決まらず、絞りの位置が重要な鍵を握っているという。光学的には、もっと絞りを前に配置した方が効率が良くなるが、メカ連動で絞りを動かすことを考えると、マウントからあまり距離を離せない。

実績のある手法で設計されたSportsと、新しい手法を採り入れて設計されたContemporaryで、相対的な絞りの位置が大きく異なり、それが前玉の径にも大きく影響していたようだ。

ただ、新しい手法はまったくの手探り状態で開発を進めていくため、製品ができ上がるまで、本当にこの設計が成立するのか、半信半疑だった部分も多かったようだ。最終的には予想よりも描写性能が良くなってSportsとの差が極めて軽微になったことで、正直、Sportsの立場が微妙になった感はあるが、少しでも軽く、値段も手頃な超望遠ズームに期待するユーザーとしてはうれしい誤算だ。

また、開発者の皆さんが非常に若いことにも驚かされた。若手にポンと設計を任せてくれるシグマの社風と、その期待に応え、チャレンジングに設計に挑む開発者の皆さんの意欲が、こうした素晴らしいレンズを生み出してくれるのだと思う。

伊達淳一

(だてじゅんいち):1962年広島県生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。写真誌などでカメラマンとして活動する一方、専門知識を活かしてライターとしても活躍。黎明期からデジカメに強く、カメラマンよりライター業が多くなる。