プロジェクター内蔵デジカメ「ニコンCOOLPIX S1000pj」開発秘話
ニコンが今秋発売したCOOLPIX S1000pjは、液晶プロジェクターをデジタルカメラを内蔵した点で、デジタルカメラの歴史に残る画期的な製品とえいる。企画の斬新さはもちろん、実現した技術力と組織の柔軟性は興味深い。
プロジェクター内蔵デジカメを実現できた要因について、映像カンパニーマーケティング本部第一マーケティング部第二マーケティング課の小宮山桂氏と、同カンパニー開発本部第三設計部第二設計課の後藤孝夫氏に話をうかがった。(聞き手:小倉雄一)
左から映像カンパニーマーケティング本部第一マーケティング部第二マーケティング課の小宮山桂氏と、同カンパニー開発本部第三設計部第二設計課の後藤孝夫氏 | 世界初のプロジェクター内蔵デジカメ「COOLPIX S1000pj」。価格はオープンプライス。実勢価格は5万2,000円前後 |
■最初のアイデアは要素技術と「社内公募」
――そもそもデジタルカメラにプロジェクターを内蔵しようという発想は、どういうところから出てきたのですか。また、どなたが思いついたのでしょうか。
後藤:いままでデジタルカメラで写真を見るときは背面の液晶モニターを使っていました。ひとりふたりならいいのですが、3人、4人となると小さい画面だと同時に見ることは難しく回して見ていたと思います。そういうところで、もうすこし写真を見る楽しみ、共有する楽しみを求めていきたいと考えました。大きなサイズにプリントすればいいのですが、カメラを持ち歩いて、旅行先で見るときには難しい。カメラにプロジェクターを内蔵できれば撮ったモノをその場で大画面で見られると考えました。
後藤:誰がアイディアを出したかというと、3年ほど前に、ニコンの社内で新しいデジタルカメラのアイディアコンテストがあり、その中から出てきました。同じころ、技術開発チームが同じことを要素技術の側から考えていて、その2つが融合するかたちで開発がスタートしました。
――数年前からコンパクトデジカメの価格が下落し、市場も飽和しつつあるイメージがありますが、他社と差別化を図るためにプロジェクターを内蔵したいという狙いもあるのでしょうか。
小宮山:そうですね。3年くらい前、プロジェクターのアイディアが出てきたときも、新しいデジカメのおもしろさを探している最中でしたし、デジタルカメラの市場にもピークがあり、だんだん縮小していくことを見据えなくてはいけない危機感はありました。
――プロジェクターを内蔵するうえでの困難さは、どのあたりにあったのでしょうか。
後藤:プロジェクターを内蔵しても通常のカメラと変わらない大きさに収めるのがキーポイントでしたので、カメラ内部のレイアウトをとことん突き詰めました。前カバーを外すと、中央にプロジェクターのユニットが配置され、向かって右側にレンズ鏡筒などの撮影ユニット。左側にバッテリーを置いています。
――内部はぎっしり詰まっているのですね。
後藤:プロジェクターの上にストロボの発光部。バッテリーの上にはコンデンサーを配置して、空いたスペースに三脚座やレンズバリアの開閉メカ機構をうまく組み合わせて、まさに隙間なく配置することで、この大きさを達成できています。
――撮影ユニットには屈曲光学系を採用されていますが、プロジェクターのユニットにも屈曲光学系を?
後藤:そうですね。プロジェクターの光源のLEDが底部近くの撮影ユニット寄りに。画像を表示する液晶部材が底部にあります。光源からの光を45度の反射面を持つプリズムで曲げて液晶に当て、反射して戻った光を結像用の投影レンズで結像作用を持たせ、最後はミラーで正面に向けてスクリーンに投影しています。
COOLPIX S1000pjの内部構造。中央の赤いブロックがプロジェクターユニットになる |
プロジェクターユニット。右下の白い部分に光源の白色LEDを搭載。すぐ横に反射型液晶パネルとプリズムを配置し、上部の投影レンズに光を導いている |
プロジェクターユニットの透視図 |
――プロジェクターの液晶パネルは透過ではなく反射型なのですか。
後藤:これは反射型液晶ですね。一般的にLCOS(Liquid crystal on silicon)といっているタイプです。
――プロジェクターユニットがこんなに小さいとは……
後藤:プロジェクターユニット自体を小さくすることと、それをカメラのなかに収めるところがもっとも苦労したところですね。
――開発をスタートさせた3年前というと、薄型デジカメがすでに普及していた頃でしょうか。
後藤:そうですね。屈曲光学系を採用した撮影鏡筒が一般的になっていたので、そのタイプのカメラにプロジェクターを搭載して、なんとか通常のサイズに、というところが開発のテーマでした。
――プロジェクターという新しいものを入れ込むのだから、もうちょっと筐体が大きくてもいいのでは、とは考えなかったのでしょうか。
後藤:何度か試作機を作ったのですが、どうしても大きくなってしまい「このサイズは許容できない」と。なんとかふつうのカメラと同じサイズを目指してやってきました。
――中央の出っ張りはデザイン上の理由からでしょうか。それともサイズ的に仕方なく?
後藤:デザイン上、出っ張らせるという意味もありますし、もうひとつ、光源のLEDから発生する熱を放熱シートに伝えて、それをフロントのアルミカバーの裏に当てつけて、放熱するようにしています。
――プロジェクターの熱はデジカメの機能に悪影響を及ぼさないのでしょうか。
後藤:通常のカメラで許される範囲の温度で収めるようにしています。で、熱源のLEDのところはある程度熱を持っているのですが、発生する熱を撮影鏡筒に伝えない仕組みにしています。
――EN-EL12という小さなバッテリーでプロジェクターを1時間も稼働できるのは、LEDの低消費電力によるのだと思いますが、さまざまな工夫もされているのでしょうか。
後藤:まず投影時間1時間というのはひとつの開発の目標でした。採用したバッテリーはふつうのカメラと同じものなので、限られた電池容量で1時間の投影を実現するには厳しい状況でした。また、プロジェクターの照度を落とせば時間は延ばせるのですが、鑑賞するのに必要な明るさがあります。今回搭載したプロジェクターは10ルーメンの明るさをもっていますが、この仕様で電池を1時間もたせるのが挑戦でした。限られたエネルギーから発生する光源光束の有効利用がキーなので、この光源のあとにある2枚の集光レンズを「自由曲面レンズ」という特殊なレンズ形状にして集光効率を高めています。
――自由曲面レンズとは、非球面よりも高度な技術なのでしょうか。
後藤:そうですね。非球面は回転体のレンズなのですが、ここでいう自由曲面というのは回転体ではない、ウネウネしたような、そういう特殊な曲面になっています。
■想定利用シーンはリビングルーム。家族旅行にも
――10ルーメンという明るさですが、具体的にどういった場面で必要十分な明るさなのでしょうか。
後藤:想定していたのは一般家庭のリビングで夜に電灯をつけたくらいの明るさ。そういう環境で投影サイズが10型というのを使用シーンとして想定しました。
――ACアダプターは別売ですね。それはやはり同梱にすると高価になってしまうし、プロジェクターもバッテリーで1時間使えるからだいじょうぶだろうと。
小宮山:そうですね。基本的にはACアダプターを持って旅行に行くことはなかなか考えづらいですし、たいがいの方は撮った画像をその場で見るという手軽さでこの製品を買っていただけていると思っています。プロジェクターをもっと長時間使いたいというお客さまにはACアダプターをお買い求めいただければと考えています。
――外部入力への対応というのは、されていないのでしょうか。
後藤:外部入力には非対応なのですが、ひとつの製品で完結させるというコンセプトでやっています。まずプロジェクター内蔵の第一弾として、このカメラで撮った写真や動画を鑑賞するところに重きを置きました。
――重ねての質問で恐縮ですが、ほかの機器で撮影した静止画や動画は再生できますか。
後藤:場合によってはできるかもしれませんが、基本的にはこのカメラで撮った写真や動画を投影するという仕様にしています。
――プロジェクターとしての機能は、どのていどのものなんでしょうか。一般的なプロジェクターに比べると機能は絞ってある?
後藤:そうですね。一般で会議などで使われているデータプロジェクターに比べると、機能は限定的ですが、通常5人くらいまでのメンバーで写真を見るという目的でしたら十分に楽しんで使っていただけると思います。
小宮山:いわゆる「ピコプロジェクター」に対しては、まったく遜色ないと考えております。
左のボタンでプロジェクターを起動。その横のスライドバーでプロジェクターのフォーカスを合わせる | 付属のスタンドを装着して投影中 |
――スライドショーにキャラクターが出てくるそうですが、具体的にはどのようなものなのでしょう。
小宮山:パンダとペンギンが出てきて可愛く歩き回ります。ほかにも夜にならないと出てこない隠れキャラもいるんですよ。
――ぜひCOOLPIX S1000pjのオススメの使い方をおふたりからお願いします。
小宮山:やはり実際に使っていただいて面白いなぁと思っていただけるのは、家族旅行に行ったときに昼間に撮った写真を夜、宿に帰ってから家族みんなで見るのがオススメです。ふつうの日でも、お子さんが寝るまでのベッドタイムストーリー。たとえば絵本を映して天井に投影すると、寝る前ですから部屋も暗くて、かなりの大きさで、けっこうきれいに見えますので、そこでお父さんがお話をされながら、というような使い方をしていただくのもおすすめです。あとはなんといっても飲み会。ヒーローになれます。ふつうの居酒屋は明るさもちょうどいい。僕もやったのは結婚式の2次会のパーティとか。結婚式の場面を紹介して、大受けでしたね。
――スポーツのフォームチェックにもよい?
後藤:そうですね。ゴルフのフォームを等身大に拡大して投影できますので、チェックしやすいですよね。
■話題を集めた「HELICOPTER BOYZ」
――COOLPIX S1000pjといえば、YouTubeにアップされている「HELICOPTER BOYZ IN YOMIURI LAND」が大きな話題になっていますが、ニコンはどの程度関与されているのでしょうか。
小宮山:はい、ニコンがクリエーターの伊藤直樹氏に制作を依頼したものです。
――Webの活用で口コミを生み出し、うまく製品のイメージを作られていますね。
小宮山:まったく新しいタイプの製品ですので、コンセプトや無限の可能性を楽しく訴求してみました。
――開発の裏話などありましたら……
後藤:3年前に開発がスタートして、実際はもう少し早く世に出せる予定だったのですが、10ルーメンという光源の仕様、この大きさと電池寿命、そして発熱対策。これらすべてを満足できるモノが最初はできませんでした。通常のカメラだと開発から1年ほどで発売されるのですが、今回3年もかかったのは、何回も試作を繰り返し、ようやくこの大きさであれだけの明るさで投影できるようになり、製品にゴーサインが出た。そういう意味ではかなり苦労しています。なかなかうまくいかなくて、非常に苦しい時期もありました。
――後藤さんは3年間、これにつきっきりだったのですか。
後藤:ほかの機種も多少はやりましたが、3年間はほぼこのプロジェクターに関する部分がメインでしたね。プロジェクターの技術開発とカメラに内蔵してこのサイズに収めるというあたりを。
――おひとりでやってたわけじゃないですよね。
後藤:チームを組んでやっていますが、こういう特殊なアイテムで、技術としても初めてのものですので、いろいろ苦労はありました。
――では、ひやひやしながら他社の動向を見ていたのでしょうか。
後藤:いろいろ他社の情報をウォッチしながら、やっていましたけども。
――世界初で発売できてよかったですね。
後藤:よかったですね。プロジェクターをカメラに入れるというのはなかったですから。
小宮山:絶対に世界初を目指そうという意志は強くもっていましたから。まだやり残したところもあったのですが、スピードは重視しないといけないので。
――このCOOLPIX S1000pj一機種で終わりというワケではないですよね。
後藤:はい、また新しい展開を考えていかないといけないですね。
――今後の展開は。
小宮山:たくさんあります。なかなか言いづらいのですが……。
後藤:アイディアはいろいろあります。今回この製品をようやく発売できたので、いろいろな声が集まってくると思います。その中から最適なものを考えていきます。
――このCOOLPIX S1000pjがビジネス用途でなくファミリー用途だと聞いたとき、意外な感じがしたのですが、プレゼンテーションというよりは、やはり写真を楽しまれる、フォトを主眼にされているという……
小宮山:そうですね。カメラをやっていると写真は撮るのですが、撮りっぱなしで終わってしまうことがよくあります。ですが、実際は撮った写真を見て楽しむところが主眼なはずで、撮った写真の新しい鑑賞法を提案していくべきではないかというところから、今回の企画は始まってます。デジタルカメラにプロジェクターを内蔵して新しい写真の鑑賞法を提供できることから、大げさにいえば新しい文化を創るといった、コミュニケーションのツールとして使っていただけるものをと考え、商品の企画を進めてきました。
――いまのところ、どういったユーザーがよく買われてますでしょうか。
小宮山:まだ完全なデータが上がってきてないのですが、だいたい想定したとおりでしょうか。やはりファミリー層が中心ですし、新しいモノ好きの方々にもお買い求めいただいていると認識にしています。
――これはまったくの余談なのですが、最初、製品写真をよく見ていなくて、撮影レンズから光が投影されてるんだとずっと思いこんでいました。そんなことはできないですよね。
後藤:我々もちょっと検討したことはあるのですが、技術的にはかなりハードルが高いですね。
――わざわざ一個にまとめるというのは、あまりやる価値はないですよね。
後藤:そうですね。やっぱり別にしたほうが、撮影とプロジェクターとそれぞれの機能を高められますね。
――レンズに求められるモノもぜんぜん違いますよね。
後藤:やっぱり違いますね、撮影系とは。合わせるのは現時点では難しいですね。
――よくわかりました。COOLPIX S1000pjのご成功を祈っています。
2009/11/27 13:24