写真展レポート

杉野信也写真展:Pilgrimage II Leica as Plenary Indulgence

技法“フォトポリマーグラビュール”で完成したモノクロ作品

杉野信也さん

杉野さんの写真は階調の少ないモノクロームで描き出されている。その深い黒は全てを飲み込む闇のようでありながら、観る者を優しく包み込む温もりも感じる。自分でもわからない何かを探し求めながら、見知らぬ異国を彷徨い歩く。1点1点を見ていくと、そんなストーリーも浮かび上がってくる。第1部はライカギャラリー東京とライカプロフェッショナルストア東京、第2部はライカギャラリー京都で展示中だ(関連記事)。

自身のルーツと作品。巡礼を意味する「Pilgrimage」

杉野さんはカナダを拠点に、コマーシャルの世界で活動してきた写真家だ。仕事の傍ら、自分の作品を制作し、1975年版の『タイム・ライフ年鑑』には「新人発掘」として6ページにわたって紹介されている。そのころから、自身の求めるイメージは一貫しているという。

1975年版の『タイム・ライフ年鑑』で紹介された

杉野さんはカトリック系の孤児院で育ち、19歳でカナダへ渡った。この作品は日本人ではあるが、自分の中に確かに存在する宗教的な感性、幼いころに育まれた記憶を探る試みなのかもしれない。タイトルの「Pilgrimage」は巡礼の意だ。

撮影は日中、街を歩き、気になる光景をスナップショットしていく。夜を思わせる光景も多いが、すべて昼の光の中で撮られたものだという。

「プリント作業で、焼き込んでいきます。撮影した画像とプリントは全く違うものになっていますが、その光景を目にした時、僕の中ではある程度、プリントにしたイメージが見えています」

© Shin Sugino(ライカギャラリー東京展示作品)

ひたすら繰り返す“撮影とセレクト”

「撮影場所や撮影の仕方」を問うと、いくつか例を挙げた後、次のエピソードを話してくれた。

杉野さんがこれまで大学などで写真を教えた時、最も実践的な方法として、生徒にひたすら撮影と写真のセレクトを繰り返させた。その間、撮影についてのアドバイスや、出来上がった写真への講評は一切しない。「例えば1,500枚程撮影するよう指示し、その中から500枚を選び、さらに100枚、50枚に絞る。そうしたらもう一度、1,500枚を見直し、50枚を選ばせる。そうすると、だんだん形ができてきます」。

 そう、このプロセスは杉野さん自身が行なっているものであり、先の質問の回答でもある。撮影方法はこの繰り返しの中で見い出したものであり、言葉で簡単に伝えられるものではない。

「撮ったものはコンタクトプリントにして、1~2年置いてから改めて見直す。そうすると当初は見えなかったものが見えてきます。写真を熟成させるんですね」

© Shin Sugino(ライカギャラリー京都展示作品)

“ある人はライカの哲学を買うんだと思う”

杉野さんは17歳の時、高校を中退し、印刷の仕事を始めた。カナダへは友人の勧めで渡った。

「学ぶ意志があれば国が援助してくれる。まず高校の夜間部に入りました。大学では印刷を学ぶはずが、併設されていた写真科に興味が出て、そちらに進みました」

当初はファインアート作品を制作していたが、コマーシャルの世界へ転じた。杉野さんは「僕はとにかくテスト撮影をたくさんする。人と違うこと、これまでやられていない表現を見つけていく」ことで自身の実績を積み上げたのだと語る。

必要な撮影機材は自前で揃える。高額な機材はまず借りて使うが、2回レンタルしたものは買う。「ハイスピードカメラのファントムは約5,000万円。スタッフは全員反対したけど購入した。その投資は半年で回収できたよ」と杉野さんは続ける。

仕事では35mm判から大型カメラまで、あらゆる機材を使ってきたが、個人的な撮影はライカを使う。

「クオリティの良さもあるけど、それが全てではない。ある人はライカというブランドを買い、ある人はライカの哲学を買うんだと思う」

フォトポリマーグラビュール技法によるプリント

5年前、日本で個展を開いた時は湿板写真とプラチナプリントを用いたが、今回はフォトポリマーグラビュール技法でプリントした。撮影画像を銅板へ紫外線で感光させ、凹版を作る。インクを塗布し、特殊なプレス機で薄い和紙にプリントする。

「銀色に光る様な質感の見たこともない美しいプリントを展示されています。この作品は、現物を直に見ないと絶対に分からない存在感を放つオリジナルプリントです。是非、足を運んでご覧頂くことをおすすめいたします」(写真家 中藤毅彦氏のコメントより)

1年半ほど前、杉野さんはこの独特の描写に魅せられ、制作を始めたという。もちろんプリントに必要な特殊なプレス機は即決で購入した。

実際にプリントされた雁皮紙の裏面には銀箔が裏打ちされている。これをトリミングして台紙に貼り完成。銀箔の効果で見る角度によりハイライトが妖しく光り、独特の不思議な存在感のプリントになる

『Pilgrimage II』の全作品はpilgrimage2.comで、1974年の『Pilgrimage』はshinsugino.comで閲覧できる。

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Pilgrimage II 第1部

所在地

ライカギャラリー東京およびライカプロフェッショナルストア東京
東京都中央区銀座6-4-1

会期

2022年5月13日(金)~8月13日(土)

開催時間

11時~19時

休館日

ライカギャラリー東京:月曜日
ライカプロフェッショナルストア東京:日曜日、月曜日

Pilgrimage II 第2部

所在地

ライカギャラリー京都
京都府京都市東山区祇園町南側570-120

会期

2022年5月14日(土)~8月18日(土)

開催時間

11時~19時

休館日

月曜日

(いちいやすのぶ)1963年、東京生まれ。コロナ禍でギャラリー巡りはなかなかしづらかったが、少し明るい兆しが見えてきた。そんな中でも新しいギャラリーはいくつも誕生している。東京フォト散歩でギャラリー情報の確認を。写真展の開催情報もお気軽にお寄せください。