写真展レポート

山田耕熙写真展 「ロイヤルベンガルタイガー -フラジャイルな存在-」

野生の虎に自己を投影 独自の視点で被写体を表現

撮影:山田耕熙

富士フイルムフォトサロン 東京で、山田耕熙写真展 「ロイヤルベンガルタイガー -フラジャイルな存在-」が開催中だ。

山田耕熙さんは都内在住の会社経営者。カメラを本格的に持ち始めたのはここ4、5年のことで、最初は、旅先で自分の妻や綺麗な景色をきちんと写したいという想いで写真を撮り始めたという。ところがある日、DVDでドキュメンタリー番組を見たことをきっかけに、南極、北極、アラスカなど、世界各地を回って写真を撮るように。その中でも、特に魅せられた被写体がインドの虎だったようだ。

今回の写真展は、富士フイルムの公募により一般から写真展開催を公募。その中で山田さんの写真が選ばれ、今回の開催に至った。ここでは4月19日に行われた、中西敏貴さんとのギャラリートークの模様を中心にレポートする。

山田耕熙さん
ギャラリートークの様子。左が中西敏貴さん。

物の見方

山田さんと中西さんの出会いは3年ほど前。かねてより中西さんの存在を知っていた山田さんは、虎の写真を撮り始めた頃に知人を介してコンタクトをとり、自分が好きだと思える写真を撮っている人の撮影スタイルを知ってみたいという考えから、中西さんのフォトレクチャーを受けた。山田さんは中西さんから、「写真や物の見方に対する考え方をたくさん学ばせていただいた」と言う。

山田さんは虎、中西さんは風景と、撮影ジャンルは大きく違うようにも思えるが、大事なのは被写体ではなく世の中をどのように見ているかだと、中西さんは話した。

中西: 彼に何を教えたかというと、光の捉え方や、雑然とした中にある自然の法則や色、形などを整理して、どう写真に落とし込むか。それしか教えていません。僕は虎は撮りませんし、ここに写っている虎に会ったこともありません。しかし、彼に伝えたことはこの写真に現れているなと感じました。

山田: 中西さんと初めて一緒に撮影に出かけた時、風景を撮っている人だと思えませんでした。劇的な瞬間をじっくり待つのが風景撮影だと思っていましたが、中西さんは一枚撮ってすぐ次に行くんです。その姿を見て「この人は動いているものを撮っている」と思いましたし、動物を撮影する上で中西さんの撮影スタイルから学ぶべき点は多いと感じました。

中西さんの撮影スタイルを体感した山田さんはその後、中西さんとの交流を深め、今回の写真展でのギャラリートークが実現するに至った。

撮影:山田耕熙

「–フラジャイルな存在–」とは

そもそも、なぜ山田さんが虎にのめり込むようになったのか。それは山田さんの個人的な体験や思いが背景にあったようだ。

山田: 僕は会社を経営し、責任ある立場にいるのですが、ある時、自分が置かれた状況が、突然当たり前でなくなるような辛い出来事がありました。それは今ではすっかり乗り越えることが出来たのですが、まさに長く、暗いトンネルの中にいるようで、将来に対する不安感、恐怖感の中で気持ちが揺れ動いていた時期でした。そんな時に出会ったのが、虎だったんです。

山田: 虎について興味を持ち、調べる中で、人間の手によって絶滅の危機に瀕してきた一方で、もはやこれからは人間の保護が無ければ生き残れないような、とても不安定な存在であることを知りました。そんな存在であるにもかかわらず、只でさえ生き残ることが難しい野生の中を、一つの命として懸命に生きる印象的な姿を幾度となく見てきたのです。

山田: そうしてある時、何か危うい状況の中で揺れ動きながらも闘っている生き物同士(自分と言う生き物と虎と言う生き物)の姿が勝手に頭の中で重なり、ついには虎が自分にとって特別な存在になってしまったんです。写真展のテーマにも使われている「フラジャイル」と言う言葉には、あの時の壊れやすい自分の気持ちと儚い存在である虎の姿を重ねて表現しています。僕は、虎に自分の姿を投影したのです。

虎と聞いて一般的にイメージするのは、どう猛な肉食動物で、他の動物を捕らえて食べる、危険な動物であるということだろう。しかし、展示された写真の中にはそういった側面はあまりなく、むしろ「愛おしい」とすら思える写真が多い。その理由は、山田さん自身の心にあるようだ。

撮影:山田耕熙

中西: 撮影者の感情は写真に現れるんですよね。今回の写真も、怖い表情で他の動物を制圧するようなシーンはないと思います。親子の戯れがあったり、日向ぼっこしたりしている写真が多くて、本当に「猫」なんですよね。おそらく、写真を始めてからここまで右肩上がりになって、経営している会社の調子も良くて、右肩上がりの状態だからこそ、そういった優しい場面に心が動くのでしょう。

山田: たしかにそういった凶暴な側面はあまり狙っていなくて、強いはずなのに数が減っていて守らなければいけないという儚さを写そうとしています。表と裏、光と陰の両面があって、それは人間の心も同じで、だからこそ虎に自分を重ね合わせたのだと思います。

壁に飾られている写真も、4、5枚ごとに感情が構成されているように感じる。親子の愛情を写した写真、日向ぼっこで和み猫のように遊ぶ写真、獲物を追いかけて颯爽と走る写真、親元を離れる直前の不安気な表情を見せる写真。同じ虎でもここまで多様な顔を見せるのかと驚いた。

一方で、疑問に思う点もあった。ギャラリートークを聞いている限り、山田さんの中で写真を通して虎の儚さを伝えたいことは明確だ。だが中西さんは「写真は発表した時点で、見た人のもの。『これを見てほしい』と押しつけすぎるのは良くない」と話している。ある意味で矛盾するこの点について、山田さんはこう話した。

山田: 実は、写真展のタイトルに「フラジャイル」という言葉をつけることに抵抗がありました。でもそこで考えたのは、今回の写真展を開催する意味です。写真家として無名の人間である僕が、たくさんの人に写真を観てもらえるチャンスがある場所(フジフイルムフォトサロン 東京)で写真展を開催することの意味を考えてみたのです。最も優先すべきは、自分の写真を通して虎という存在の現状を知ってもらうことだったのです。そう考えると伝えたい内容を明確にすることが必要だと感じ、「–フラジャイルな存在–」というサブタイトルをつけることにしたのです。ただ、この先また写真展を開催する機会があったとしても、同じように、イメージが先行されるようなタイトルをつけるかはわかりません。それに、たとえタイトルをつけたとしても、写真の印象は、見た人によって異なると思っています。

最後に、山田さんがこれからの抱負を語って、ギャラリートークは幕を閉じた。

山田: 僕は本当に虎のことを愛しています。僕の人生が辛い時を支えてくれたので、彼らに感謝しているんです。だから恩返しをしたい。みなさんには、ぜひ野生の虎を見にいってもらいたいと思います。見に行くことで現地にお金が落ちて、その収益は環境の保護に使用することができ、結果的に虎を守ることにつながります。野生の虎を見に行って、自身が楽しむことが結果的に保護につながるんです。それは虎に限らず、他の野生動物についても同じことが言えます。この写真展を見て、野生動物に対する興味を持ってもらえたら幸いです。

カメラを始めてたった数年で、フジフイルムの写真展を開催するまでになった山田さん。そこには被写体への強烈な思いと徹底したこだわり、表現への試行錯誤があった。この写真展ではその一端を垣間見ることができるだろう。会期は4月25日まで。ぜひ足を運んでみてほしい。

開催ギャラリー

富士フイルムフォトサロン 東京 スペース2

開催期間:2019年4月19日(金)〜4月25日(木)
開催時間:10時00分〜19時00分
(最終日は16時00分まで/入館は終了10分前まで)

富士フイルムフォトサロン 大阪

2019年6月7日(金)〜6月13日(木)
10時00分〜19時00分
(最終日は14時00分まで/入館は終了10分前まで)

富士フイルムフォトサロン 福岡

2019年6月21日(金)〜6月26日(木)
10時00分〜18時30分
(入館は終了10分前まで)

富士フイルムフォトサロン 名古屋

2019年7月19日(金)〜7月25日(木)
10時00分〜18時00分
(最終日は14時00分まで/入館は終了10分前まで)

富士フイルムフォトサロン 札幌

2020年を予定

作者プロフィール

1979年生まれ。東京在住。旅先で綺麗な写真を撮りたいと思い、2012年頃からカメラに興味を持つようになる。ある日、BBC Earthのドキュメンタリー番組に圧倒的な衝撃を受け、地球上には「人間の想像をはるかに超越した世界」があることを知り、実際に極地や僻地に行き、自分自身の目で物事を捉えてくることに意味を感じるようになる。これまでにアラスカ、北極、南極、ガラパゴス諸島、アフリカ等を旅し、様々な生き物達を撮影。中でも、インドのランタンボール国立公園に生息するロイヤルベンガルタイガーの虜となる。厳しい環境をその身1つで立ち向かう生き物達の逞しさ、そして儚く美しい姿、自分が感じたそんな瞬間を、写真を通じて伝えていきたいと思い活動している。
2018年第52回キヤノンフォトコンテスト風景部門ブロンズ賞受賞。

中村僚

編集者・ライター。編集プロダクション勤務後、2017年に独立。在職時代にはじめてカメラ書籍を担当し、以来写真にのめり込む。『フォトコンライフ』元編集長、東京カメラ部写真集『人生を変えた1枚。人生を変える1枚。』などを担当。