西野壮平展「Wandering the Diorama Map」

――写真展リアルタイムレポート

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 予備知識なく西野さんの作品「Diorama Map」を見た時、やけに雑然とした街の俯瞰写真だなと思った。それが近くに寄ってよく見ると、小さなプリントが貼りあわさって、1つの街が作られているのに気づいた。

 例えば「Diorama Map Tokyo」は、山手線が環状し、その沿線の街がデフォルメされて再現されている。新宿の高層ビル、渋谷のスクランブル交差点などシンボリックな場所や、国道1号の三田近辺といった目立たないが重要な場所も入れ込まれている。

 鑑賞者は鳥になったかのように、都市の上空を自由に飛び、見下ろすことができる。それは実際のプリントを目の前にしてこそ堪能できる、不思議な体験だ。

 本展ではカラー作品の「i-Land」と「Night」とともに展示し、作者のこれまでの軌跡をさすらって(Wandering)もらう。

 会期は2011年2月15日~4月2日。開館時間は11時~19時(金曜は21時、土曜は18時まで)。日曜、祝日休館。入場無料。会場のエモン・フォトギャラリーは東京都港区南麻布5-11-12 togoビルB1。

西野壮平さん。ロンドンのマイケル・ホッペン・ギャラリーでもほぼ同時期に個展が開かれるDiorama Mapは記憶を閉じ込める作品なのでスクエアなプリントに、i-LandとNightは広がりを作り上げるため、周囲を曲線に仕上げている。

5,000枚以上のコンタクトプリントの集積

 「Diorama Map」を構成している写真は、モノクロフィルムのコンタクトプリントだ。一つの都市で36枚撮りフィルムを約160本ほど撮影し、そのほぼすべてのカットを作品に使う。単純計算で5,760カットに上る。

 制作する都市を決めると、最新の地図と古地図を買って、その場所の情報を頭に入れる。俯瞰写真を撮るために、展望台や高層ビル、山など、高くて登れる場所も調べておく。

「まずは街をひたすら歩きます。この街で生活する感じをつかみつつ、記憶に残る場所や興味を惹くものも探していきます」

 この時にもスナップを撮っていき、これも作品に盛り込んでいく。

「地上の印象を高い位置から狙うわけではなく、俯瞰では客観的な目線で、街の成り立ち、イメージを切り取っていきます」

 西野さんが初めてこの作品を手がけたのは大学2年生の時だ。大阪から始め、京都、広島、東京、上海、ニューヨーク、パリ、香港、ロンドン、イスタンブールと10都市を制作している。

「最初、撮影場所探しは1人でやっていましたが、香港を制作した頃から、現地で協力者を探すようになりました」

 知人の紹介や、大使館、旅行会社、アートギャラリーなどを介して、撮影場所を教わったり、提供してもらう。それができるようになったのは、作品がたまり、ポートフォリオが人を説得してくれるようになったからだ。と同時に人との交流も広く、深くなっていく。

「街を作っているのは、そこに住む人たち。食事や文化を肌で感じることで、都市がどういう方向に向かっているか、何を取り入れて吐き出しているかを実感できるようになりました。それとイメージに人物スナップが入ってくるようになり、作品に深みが増してきたと思います」

暗室作業で街の記憶を再度たどる

 カメラはEOS-1VやEOS-1N、コンタックスTVSIIIなど。撮影済みフィルムには撮影地をきちんと記し、コラージュ作業に備えておく。

 1点の制作期間は約1カ月の撮影を含めて3~4カ月。フィルム現像、ベタ焼きのプリント、プリントのカットなど、すべて自分の手で行なう。

「この工程の中で、自分の中にある街の記憶を引き出し、それに沿ってイメージを再構築していきます」

 正確な地図を作るわけではないが、ある程度の位置関係は押さえておく。記憶と印象を元に、街のラフスケッチを描いた上で、そこにプリントをはめ込んでいく。でき上がったコラージュのオリジナルは一辺が2m前後にもなる。それを9分割で撮影し、パソコン上で合成、プリントアウトする。

コンタクトプリントに残る軌跡、足跡が興味深い

 西野さんはサッカー少年だったが、高校時代に挫折。音楽やさまざまなカルチャーを試した後で、祖父もやっていた絵画を始めた。

「描くことは楽しかったけど、どうもしっくりこなかった。ある時、四国のお遍路さんの話に興味をそそられ、テントと寝袋、カメラを持って1週間後に出発しました」

 歩きながら、変わっていく風景を切り取っていく作業は絵よりも楽しく、自分に合っている気がした。それで大阪芸大の写真学科に進んだ。

 授業の中で、フィルム10本を撮影し、コンタクトプリントと、自分で選んだ3点のプリントを制作する課題があった。

「同級生たちが選んだ3点より、僕はベタ焼きを見るほうが面白かった。その人の性格とか、どういう風に目的に到達したのかが、そこには出ていたからです」

 そこでコンタクトプリントを使った表現を試みるようになった。例えば1人の人のパーツを順番に36枚撮りフィルムで撮影し、6本のスリーブを並べることで、人になる作品などだ。

「一時、大学でアートを学ぶことに疑問を感じ始めてしまい、街をうろついていたことがありました。専らデパートの屋上とか、高いところに登っていたんですよね。今考えると、自分が歩いてきた道、今どこにいるのかを見たい。自己認識の衝動だったのかなと思いますね」

 その経験から、自分が見た街の景色を、記憶に沿って再構築しようと思いついたのだ。

空想と現実を両輪にして

 大学では写真家の土田ヒロミ氏の指導を受けて、制作を続けた。国内の4都市を作り、キヤノン写真新世紀2005に応募、優秀賞として南條史生氏に選ばれた。

「評価に値する作品なのか、不安を感じながら制作していたので、受賞は嬉しかったです」

 卒業後は雑誌社に就職し、アルバイトとの掛け持ちで資金を貯めながら、作品を作り続けた。だが、7都市目となるパリを撮った時、このシリーズは終わりにしようと思ったそうだ。

「自分の制作姿勢がマンネリ化してきたと感じていて、1回、離れないといけないと思いました。2008年に、エモン・フォトギャラリーから個展の話をもらった時、違う作品を作ろうと決めました」

 現実から離れ、架空の島を作る。素材は日本全国で気になる風景をデジタルカメラで収めた。プリントはカラー。それが「i-Land」と、空想の都市の夜の風景を創造した「Night」だ。

「これまでと真逆のことをしたくなったんです。Diorama Mapは都市を過去にさかのぼり、記憶を閉じ込める作業になり、i-LandとNightは記憶を脹らませる行為で、未来を志向しています」

 カラーの2シリーズは、色を選んでデッサンする感覚もあるという。実際、写真プリントを素材にしているが、でき上がった質感は絵画のような味わいもある。

 新しいシリーズが西野さんの中で良いバランスをもたらし、Diorama Mapも新鮮な気持ちで取り組めるようになった。来月からはリオデジャネイロの制作に入る。その後はベルリン、ベネチア、ケープタウン、プラハ、モスクワ、北京、オランダが計画に上がっているそうだ。



(いちいやすのぶ)1963年、東京生まれ。ここ数年で、新しいギャラリーが随分と増えてきた。若手写真家の自主ギャラリー、アート志向の画廊系ギャラリーなど、そのカラーもさまざまだ。必見の写真展を見落とさないように、東京フォト散歩でギャラリー情報の確認を。写真展の開催情報もお気軽にお寄せください。

2011/2/21 13:31