西村陽一郎写真展「月の花」
(c)西村陽一郎 |
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フォトグラムは、印画紙の上に直接被写体を置き、感光させて作る写真作品だ。西村さんは初めて写真を学んだ時、この技法に出会い、以来、継続してフォトグラムを制作してきた。「光がそのまま印画紙の上に描かれていて、とても美しい。僕がモノを創る原点です」と西村さんは言う。
これまで印画紙を使ってきたが、今回、初めてデジタル方式を使った。スキャナーの上に被写体を置き、ネガカラーモードで読み取らせる。そこで再現された色は反転し、不思議な色合いをたたえる。今回、モチーフにしたのは、道端でよく見かける黄色いオオマツヨイグサ(月見草)。カメラとはまったく違う、光の絵に魅了されるはずだ。
会期は2010年9月28日~10月10日。開館時間は12時~19時。月曜休館。入場無料。会場のルーニィは東京都新宿区四谷4-11 みすずビル1F。
なお横浜のギャラリーパストレイズで、10月2日まで個展「ソフィア」も開催中。時間は11時~18時。日曜、月曜休廊。所在地は神奈川県横浜市中区山下町246-5 秋山ビル1F。
西村さんは1967年、東京生まれ。美学校写真工房講師のほか、ワークショップなども行なう | 会場の様子 |
■通り抜けた光が像を作る
カメラは被写体から反射した光を捉えるが、フォトグラムは被写体を通り抜けた光で像を作る。だからカメラとはまた違う、ディティール、フォルムが見えてくるのだ。
今回、西村さんはエプソンのスキャナー「GT-X770」を使い、ネガカラーモードで露光させた。ネガカラーの印画紙を使った場合と同じように、色は反転し、補色が描き出されるからだ。例えば青は黄色になり、赤は水色、緑はピンクに変わる。
青い葉は5~6年前、桜の落ち葉でカラー印画紙によるフォトグラムを制作。2年ほど前には、初めてスキャナーを使い、タンポポを1点だけ制作した。この記憶が頭の片隅にあり、家の近所に咲いていた黄色いオオマツヨイグサを見た時、スキャナーによるフォトグラムの被写体として浮上した。
この熟成期間が、西村さん独自の世界を作る秘密の一つにあるようだ。
「カメラであれば、気になったものをパッと撮ることができますが、フォトグラムは暗室に被写体を連れてこなければならないので、実際、撮るまでには少し時間を置くことが多いですね」と西村さん。その間、自分をじらし、撮りたいという思いを確認していく。
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今回、オオマツヨイグサは機が熟し、逗子の自宅近くで花を摘み、事務所のある四谷に向かうことになった。
「花をポケットに入れて、その足で事務所に向かいます。撮影を始めるのは、摘んでから、だいたい1時間半後ぐらいですね」
■作ろうとしてはダメ
「この被写体を光に透過させた時、どういう風に写るんだろうという思いが、フォトグラムの醍醐味です」と西村さんは言う。
25年間、制作してきた経験から、ある程度、予測はつくようになってしまったが、それでもまだ未知の発見がある。
「植物の瑞々しい部分は透けるので、光を通しやすい。枯れている部分は白っぽくなり、若々しい方が暗く写ります」
スキャナーのガラス面に被写体を置き、ガラス板を上に置く。西村さん自身は言葉にしていないが、この時の手さばきに、被写体に対しての思い入れの深さが反映されるのだろう。
花弁をめくり、さらには取り払い、雌しべを開いたりして、1枚ずつ光を当てていく。その細部に光が入り込み、独特の質感を生む。
今回、すべてオオマツヨイグサを被写体に、壁面に9点を展示し、ほか9点はストレージボックスに入れて、希望者に公開する。その18点は、それぞれがまったく異なる姿態を見せている。闇のような黒い背景に溶け込み、青く光るようなフォルムは妖艶だ。
「ただ作ろうと思って何かをやると失敗します。そこが難しいといえば難しいんですね」
■黒の再現が難しい
プリントで、西村さんがもっとも重視したのは、この背景の黒だ。
試しに銀塩方式のデジタルプリンターで出力したところ、花のフォルムそのものはクリアに再現されたが、背景の黒と分離してしまい、1枚のイメージとして成立していなかった。漆黒の闇の中に光る「ほの青い光」を得るために、エプソンのインクジェットプリンター「PX-G5100」で何度もプリントしたという。
被写体が背景と一体化することで、1枚のイメージに空間の広がりが生まれ、観る人を引き込んでいくのだ。
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■フォトグラムが原点
西村さんがフォトグラムと出会ったのは、写真を学ぶために入学した美学校の最初の授業でだ。
「暗室で印画紙の上に自分の手を置き、光を当て、現像液に入れたら、液の中から自分の手が浮かび上がってきた。それに感動して、ずっと続けることになりました」
フォトグラムが描くグラデーションは、印画紙の黒から白まで、どこをとっても光の美しさを感じる。通常のプリント作業で迷った時なども、フォトグラムをやることで、基本に立ち返ることができると西村さんは言う。
「ただフォトグラムは技術的には、ベタ焼きを撮るようなものだと僕は考えています。僕はストレートに焼いていくだけなので、特段テクニックがあるわけではないんですよね」
印画紙の場合は、毎回、現像液の状態が違うので、いくつか露光時間を変えて試し焼きをする。その結果から被写体によって露光時間を変えていく。
「透明なものは短いし、光を通しにくいものは長めになります。ただ細部は出さないで、輪郭だけを描こうとするなら、数秒で済みます」
卵を被写体にした時は、引伸機の光源を高く離して、レンズを絞って、少し長めに光を当てた。それにより、卵の輪郭がシャープに再現できるのだ。
■森山大道さんもファンの一人
西村さんが初めてフォトグラム作品を発表したのは1986年。東京・銀座の画廊春秋で美学校の学生たちによるグループ展に出品した。以来、コンスタントに作品を制作、発表していく中で、定期的に作品を購入するファンも徐々に増えてきた。
その一人が写真家の森山大道さんだ。今はなくなってしまった新宿のカフェギャラリー「ユイット」で展示していた時、「突然、ギャラリーから森山さんが買っていったと聞いて、驚きました」と西村さん。
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もともと昆虫が好きで、写真に興味を持ち、森山さんの「光と影」、中平卓馬さんの「来るべき言葉のために」で、写真表現の世界を知った経緯があり、その出会いは西村さんにとって青天の霹靂だった。その後の個展会場で森山さんと会い、森山さん自身もかつてフォトグラムを熱心にやっていたことを聞く。
「『難しかったよ』とおっしゃっていました」
森山さんがフォトグラムに感じた難しさは、西村さんにとって無縁であり、その向き合い方が森山さんを惹きつけたのだろうと想像する。これまで西村さんは花や昆虫のほか、鳥の羽毛、蛍などをモチーフに作品を制作してきた。
「分かりやすいもの、それ自体が美しくて成立しているもの。例えばグラスとか、ビー玉とかは、これまで敬遠していましたが、最近は、そういうのもいいんだなと思い始めています」
印画紙にこだわりを持ち、制作してきたが、今回、デジタルでも作品が作れることを知り、選択肢が一つ広がった。
「撮りたいモチーフを見つけた時、その時あるメディアでフォトグラムを制作していければいいと思っています」
シンプルな手法のフォトグラムだが、一人の作家の中で、その表現は日々、進化し続けているのだ。
(c)西村陽一郎 |
2010/10/5 00:00