山岸伸の「写真のキモチ」

第89回:茨城県行方市と写真を通じて

第3弾 麻生藩家老屋敷記念館にて着物モデル写真講座

(左)錦照会 三代目家元 錦生裕照さん(右)蒼井めるだ 麻生藩家老屋敷記念館にて

「写真で行方をアピールできることを考えたい」と始まった行方での写真講座。5月6日に第3回目となる念願の麻生藩家老屋敷記念館にて着物モデル写真講座が開催された。今回はその1日に密着しました。(聞き手・文:近井沙妃)

行方とのこれまで

昨年7月に開催した写真展「KAO」に来てくれた行方市長に「写真で行方をアピールできることを考えたい」と申し出て始まったこの企画。
茨城県行方市に1年間で7回訪れた。ロケハンや作例撮りで3回、写真講座1回目の花火、2回目の夕景、3回目の着物モデル撮影。もう1回は霞ヶ浦に浮かぶ帆引き船をどうしても撮りたく市にお願いして撮影できる予定だったが当日は風が強く目の前に帆引き船の姿はあっても乗船しての撮影は叶わなかった。

行方は電車がなく結構不便なところ。それ故に私の中でもあまり知らない町だった。縁があって行くようになり毎回車で高速道路を使って軽い休憩を入れ往復4時間。東京から写真講座に参加するお客様は電車と高速バスを組み合わせたりしていると聞いた。今ではアクセスがあまりよくない点も私にとっては魅力的に感じている。

念願の写真講座

1番最初に行方を訪れた際にロケハンして心に響いたのが麻生藩家老屋敷記念館。古いものや建物が好き、歴史が好き。ここで必ず撮影会をさせてほしいと思っていた。写真講座3回目にしてやっと着物モデル写真講座ということで実現した。再度ロケハンで訪れた際、雨が降っていた。募集人数の定員は20人、もし雨でもなんとかいけるなと思い雨でも雨なりにやってみようと天候判断はしなかった。

麻生藩家老屋敷記念館、2度目のロケハン。軒先があるので雨でも交代で場所を譲りながら撮れると判断

ところがロケハンに続き当日はなんと大雨。参加人数もいつの間にか定員を超えて33名の応募があり、当日キャンセル1名を除き32名の方が参加。

モデルは東京から連れて行った蒼井めるだちゃん。そして主に多古町や行方を中心に活動されている舞踏サークル 錦照会(きんしょうかい)三代目家元の錦生裕照(にしきゆうしょう)さんがモデル出演、着物の貸し出し、着付けの1人3役に快く協力してくれた。

参加者が到着する前にヘアメイク、昼食、着付けをして用意。着付けが完了しためるだちゃんと記念写真

講座は麻生公民館に集合し家老屋敷で撮影をした後、公民館に戻り講評会を行うという流れ。いや~、どうしよう。まずこの撮影で絶対にしてはいけないことが着物を濡らすこと。着物は水に弱い。私も長年着物の撮影をしてきて今でも毎年カレンダーやポスター撮影などをしているが、着物を濡らすことは着物屋さんに1番怒られる。若い頃に一度俳優さんを小川の中に入れて撮ってすごく怒られたことを思い出す。

麻生藩家老屋敷記念館:江戸時代の麻生藩家老・畑家の武家屋敷で県指定有形文化財

雨天時の撮影

雨の中で撮影が始まった。残念とは言わない、雨は雨なりだ。雨脚をどう入れるかをテーマとして皆さんに強くお願いした。市がテントを2つ用意し、職員たちは濡れながらテントを移動させ、その繰り返しで参加者は撮影ができた。皆が一丸となり参加者が濡れないよう努力してくれている姿は胸が熱くなるものがあった。きっと皆さんも同じことを感じたんじゃないかな。

軒先とテントに分かれ交代や移動をしながら撮影。レインコートなどで雨対策をしている方は多少濡れながら動いて撮影していた

最低限カメラとレンズを濡らさない、自分が濡れない、モデルを濡らさない。この3つが雨天時の撮影で大切なこと。もちろん私も服に合わせたレインウェアを着て、アシスタントの近井もレインコートを着て雨対策をしている。防塵防滴、ある程度雨に濡れても大丈夫と機材は進化しているが人間が濡れたら仕事はあまりうまくいかないと思う。進化に追いつけない部分はあるが進化に負けないという意識も大切。

そして写真を撮るということは気遣いだ。周りの人に対しての気遣い、全てのことに対しての気遣い。これが1番大切だと思う。私は長年そういうことを心掛けながら撮影してきた。

濡れた地面を大人数で歩くと地面がぐちゃぐちゃになる可能性があるため管理されている方にご挨拶。「お気になさらずどうぞ」と快く受け入れていただけた

私もスマホで錦生さんをパチリ。彼女は雨の中嫌な顔もせず被写体になり、着物撮影の経験があまりないめるだちゃんの仕草や姿勢にも要所要所で気を遣ってくれた。

スマホで撮影した錦生さん。着物での美しい座り姿や踊りの形などで参加者に撮影の幅を与えてくれた
暗い背景を選ぶと雨脚が写りやすい。シャッタースピードによって雨を流すか止めるかで表現も変わる。モデル:蒼井めるだ

雨対策はしていても屋外であまり長時間撮影はできない。次はどうする。麻生公民館の中に和室があった。考えに考え抜いてモデルを2か所にバラしカメラマンをL字に配置し前後や場所を交代しながら撮ることに。ただ畳だけでは画がさみしい、錦生さんから「撮影に使えるかもと持ってきた和傘を並べたらどうでしょう」というアイデア。なんと素晴らしい。咄嗟の感覚で右に置いて左に置いてと並べていったら非常に画になる構成が出来た。

今後のために私もこのような和傘を数本仕入れようと思う。今回この量を持参してくれた錦生先生には感謝
和室での撮影風景

1人1点講評会

そして講評会。皆さんには1人1点、本日のベストショットを提出いただきモニターに映しながら講評していく。素晴らしい雨脚が入っている写真があったり何名かの女性がものすごくいい写真を撮っていたのには驚いた。撮影者の顔と作品がその場で見れる。その人がどんな方か、この方がこんな表現をするんだ、こんなに若い人がこんな写真を撮るんだ、お年の方がこんなに若い写真を撮るんだとか。非常にレベルが高く、この雨の中でよくぞ撮ったと皆さんを褒めたい。

麻生公民館内の1室にて講評会、モデルを務めためるだちゃんと錦生さんも同席し一緒に写真を見る
講評会の様子

本当はもっと手取り足取り教えたいところ雨と人数の多さでなかなかそうはいかず、役所の方に「20人でよかったのに30人も呼ばないでよ(笑)」と冗談を言ったが東京からの参加も多く非常によかったと思う。これからもっと撮影会の機会を増やし行方を皆さんに知っていただきたい。市の広報活動の1つとして行なっているのであまり派手にはできないがあてがわれた条件の中で一生懸命やろうと思っている。

さつまいもといえば行方

お土産にふるさと納税の返礼品に加わったワイン、いちごや私が以前まこもが好きだと話したのを覚えていて用意してくださったまこも焼きをいただいた。その前のロケハン時にはさつまいもをいただいたが、行方市は人気の紅はるかをはじめ15種以上のさつまいもが揃い、キュアリング処理により1年中さつまいもの出荷が可能。農業産出額が全国第1位、生産量・栽培面積は第2位を誇る。加工品も豊富で冷凍焼き芋は美味しく保存が利くので私もお気に入り。食の豊富さももっとアピールしていきたいね。

ふるさと納税の返礼品に加わったワイン、いちご、まこも焼き
さつまいもに関する問い合わせをワンストップで対応するブランド事業「行方市さつまいも課」があり実在の課があるわけではないが、問い合わせに対して市役所、JA、生産者などさつまいも関連者がワンチームとなって対応している

撮影した写真とその後

写真講座で撮影された写真を発表する場がまだ確立されていない。市にお願いして今まで3回行われた花火・夕景・着物撮影の写真を公民館などで展示できたらいいな。この記事を見た参加者は作品を大切にしていてほしい。私が呼びかけたときに皆さんの写真が集まって行方市の公民館に飾られることを夢見ている。

小さな町の一生懸命が私の心を打っている。第4回目は企画中。夏過ぎにはまた開催したいと思うのでその時はまた行方で夏を感じましょう。

(やまぎし しん) タレント、アイドル、俳優、女優などのポートレート撮影を中心に活躍。出版された写真集は400冊を超える。ここ10年ほどは、ばんえい競馬、賀茂別雷神社(上賀茂神社)、球体関節人形などにも撮影対象を広げる。企業人、政治家、スポーツ選手などを捉えた『瞬間の顔』シリーズでは、15年をかけて総撮影人数1,000人を達成。また、近年は台湾の龍山寺や台湾賓館などを継続的に撮影している。公益社団法人日本写真家協会会員、公益社団法人日本広告写真家協会会員。