山岸伸の「写真のキモチ」
第51回:ポートレート×花火
年に1度、隅田川花火大会
2023年7月31日 13:00
撮影対象としてあまり興味がなかったが、心のどこかで何か“可能性”を感じていた花火。ポートレートの第一人者である山岸さんの場合、花火はその特性を生かされたまま背景となった。山岸さんが撮る「花火を背景にしたポートレート」とは。(聞き手・文:近井沙妃)
片隅で意識し続けていた
花火を撮ってみたいとあまり思ったことがなかった。昔、バブルの頃に持っていたボートでせっかくだからと一度だけ東京湾から花火を狙ったことがある。それ以降も誘われれば月島にある知人のマンションのベランダから撮ってみたりと何度か挑戦してみたが、人ごみの中に行くのが嫌なこともあって花火は望遠レンズでしか撮影経験がない。
興味を持ち始めたのは2015年に靖國神社にて行われた秋の夜長参拝「みらいとてらす」で、手筒花火が放揚されているときに会場で花火写真家の金武武さんと知り合ったことから。金武さんが「花火の撮り方を教えますよ」と言ってくれて、そこからちょっと「花火を撮るのもいいな~」と思うようになったがなんとなくずるずると時を過ごしていた。
ある時に一度、向島の料亭の屋上で花火を見る会ということでレコード会社の方や出版社の会長、プロダクションの社長など友人5人で集まって花火を見せてもらったことがある。その光景がスカイツリーを絡めて実にいい眺めだった。「よし、今度こういうところで撮ったらいいな」と思ってから、ずっと頭の片隅に年に1度の隅田川花火大会があった。その後出会った区議会議員の先生のお宅から花火が見えると聞いて「ぜひそこから花火を撮らせてほしい」と、先生のマンションの屋上に上がらせていただき撮影できることに。
ひたすらシャッターを押した1時間半
モデルはその時すごく気に入っていた竹内茉音ちゃん。初めての試みであり会場周辺は交通規制がかかるため昼過ぎから皆で機材と脚立を担ぎ、アイスボックスを担ぎ、撮影準備をして待機した。
なんと、浅はかにもきちんとしたロケハンはしていなかった。屋上には高い柵があり普通に立って撮影するとモデルの背景に柵が写ってしまうし、花火との高さも合わないのでとても満足のいく写真が撮れるような状況ではない。そこで茉音ちゃんには脚立に立って約1時間半のあいだ頑張ってもらった。5分に1度は「大丈夫か!? 頑張れ!!」と声をかけたと思う(笑)。
もちろん脚立はアシスタントがずっと下で押さえているが、茉音ちゃんは空手をやっているおかげか体幹がとても良く、長時間耐え切ってくれて驚いたことを覚えている。自分が同じようにして1時間半立っていろと言われたらなかなかできるようなことじゃない。
照明はLEDライトとクリップオンストロボを用意しておいて使用するかどうかは周辺の状況を見てその場で判断した。結果的に両方使用したが、ストロボの発光はLEDの定常光に比べて瞬間的で目立つので他に花火を見ている方の迷惑になるのではないかと思い、使用回数を控え目にしつつ使用時もアンブレラを取り付けなるべく目立たないよう心掛けた。
対してLEDの良さは光量を簡単な操作で変えられ、被写体に寄せたり離したり角度を変えたりと光のコントロールを瞬時にできること、定常光であるが故に光の当たり方を常に確認しながら調整できるところにある。アシスタントの近井がライトを手に持ち、あちらこちらと角度を変えて動いた。この撮影はモデルと光のバランスだけではなく、背景に上がる花火とのタイミングを見定める必要がある。LEDの方がシャッターを押すことに集中できた。
打ちあがるごとにすべてが変わる
撮影に挑むにあたって特別な知識は全くなかった。花火を撮るノウハウも、モデルと花火の距離や高さ、花火の種類や打ちあがる順もわからない。わからないことが多いとき、事前にガチガチに戦法を決めるより、自分の経験値とある程度の予想をふまえて臨機応変に対応できるようにしておく。「とにかく写せばいい」とがむしゃらにシャッターを押し続けた。
花火が開いた瞬間が一番綺麗だろうとどこかで思っていたが、花火をポートレートの背景にすると上っていく途中や消えていく様、複数の花火が入り混じったり色によっても被写体の表情との組み合わせで心情を表現しているようにも感じた。見る側に様々な想像をさせてくれる奥行きがある。
もちろん、がむしゃらに撮るといっても連写はしないし気持ちが入ってないシャッターは押さない。撮影枚数は約1,500枚に上った。
この時撮影した写真を2018年10月にソニーイメージングギャラリー 銀座で行った茉音ちゃんをモデルにした作品展「2018 End of Summer ~また夏が終わる~」のメインビジュアルにした。撮影時は「花火をバックにポートレートを撮ることはこの先のカメラマン人生で、もうあるかどうかわからないな」と強い気持ちで撮った写真であり、この作品展を象徴するものになって本当によかったと思う。
2年目の花火
「最初で最後かもしれない」と思ったあの日から1年後、やはりあの感動を再び味わいたくてまた同じ場所へ。少し変化が欲しく、また「どう写るのだろうか」という興味があり外国の方にモデルをお願いした。やはり撮影環境上、モデルはある程度高い所へ立たなければならないので前回よりもしっかりと上に立てるように足場を改良した。ただ、屋上まで荷物を運ばなければならないし、自分たちだけがそこに居るわけではないのでそんなに大掛かりな荷物や足場を持って行くことはできない。
前回の経験をふまえて、照明はLEDのみで雰囲気に迫って撮影した。
言葉が全く通じなくてなかなかコミュニケーションが取れなかったが、それはそれでよかったのかもしれない。向いてほしい方向と目線の有無、少し表情をシリアスに寄せるか柔らかくするか、その程度の指示を時折出すくらい。彼女も花火を見て音を聞いて、何かシンプルに感じるものがあったかもしれないし、彼女なりの表現をしてくれたと思う。
風が強い日でもあった。髪がなびいて、その動きが流れるようにブレる。この点は国籍がどうこうという話ではないが、彼女の髪色が明るかったおかげで雰囲気が表現された。モデルが黒髪であった場合、この細かい描写と軽やかさは出ていなかった。
自分が撮りたいのはファッションではなくポートレート。そこをブレることなくシンプルに撮り続け、望遠レンズの圧縮効果を利用して写せる楽しいポートレートになったと思う。
楽しく熱い真夏の思い出
上がりの良い写真を選んで何かできたらいいなと思い、翌年も3年目の挑戦をする予定だったがコロナが流行し花火大会が中止となり時が経った。今年は4年ぶりに隅田川花火大会が開催されたが残念ながらロケで北海道帯広にいた。
昔はいつか撮ろうと思っていた年に1度の花火が、今は思い返す真夏の思い出となった。本当はもっと花火に近づいたり、もっと違うアングルで皆さんが撮るような写真を撮りたいなと思う気持ちもあったが、これが自分の写真であり私が今撮れる「花火を背景にしたポートレート」の完成である。
もしかすると、またいつか思い出が増える日がくるかもしれない。