山岸伸の「写真のキモチ」
第31回:農業女子に会いたくて(前編)
農業で活躍する女性たちを撮りはじめた理由
2022年9月30日 13:00
2015年から山岸さんが撮り続けていた「農業女子に会いたい」は、2017年で一度終わりを迎えました。しかし山岸さんの願いが通じて、今年2022年に改めて「新 農業女子に会いたい」となって再始動することになりました。この企画がどのように始まったのか、なぜ山岸さんはまた撮り始めたのかを、お話しいただきました(聞き手・文:rinco)
「ぜひ、写真を撮らせてもらいたい」と話をした
オリンパスギャラリーで僕の写真展を開催していた時に、会場で紹介された女性が農業プロジェクトに参加している人でした。それが中島沙織さん。
中島さんはすごく写真が好きで、たまたまその日に、オリンパスプラザ(現 OM SYSTEM PLAZA)にカメラのことで来たようでした。その帰りに担当の方に紹介され、僕の写真展を観てくれました。
会場で僕と挨拶をして、彼女と色々と話しているうちに「私は農業をやってます。農業女子というプロジェクトに参加しています」と。話すうちに、僕が「農業女子を撮りたいね」という話になりました。その後、農林水産省が推進している農業女子プロジェクトを紹介してもらい、撮影の依頼をしたんです。
ただ撮ってもしょうがない。今は無き写真雑誌「フォトテクニックデジタル」で連載を始めたんです。連載は2016年1月から2017年1月まで続いて、各4ページ・全12回の掲載。24名の方を撮影しました。
全て自費でやるのを承知で撮影
農業女子プロジェクトから農業女子の方を紹介していただいて撮りに行きました。大体が関東圏でした。農業女子プロジェクトには国の予算が出ているわけではないので、取材は全て自費となるのを承知で撮影していました。
一番遠いところで北海道の十勝・帯広へ行ったんですが、それは僕が撮り続けている、ばんえい競馬のスケジュールとうまく合わせました。あとは、遠くて福島県ぐらいまでは行きました。
あいくちゃんと二人の企画
ちょうどこの頃、僕がモデルの舞川あいくちゃんに写真を教えていたんです。アシスタントでも弟子でもないんですが、あいくちゃんが僕に写真を習っていた時だった。それで、あいくちゃんと二人の企画にして、一緒に撮影に行っていました。
また、彼女が来ることで、年齢的に近い人もいたので初対面でもその場が明るくなるんです。彼女は華やかだし、皆さん喜んでくれましてね。一年間、うまく撮ることができました。掲載誌には、僕とあいくちゃん、どちらの写真も混ざっていてわからないです。
中島沙織さん
群馬県で路地野菜を作っている中島さんの撮影に行ったのはものすごい暑い日で、「畑って、こんなに暑いのか?」というくらい暑かった。
初めて農業の現場を一緒に見させてもらったんです。最初だから撮り方がわからなくて、二人とも要領が悪く、汗だくになって撮影した。とにかくたくさん撮りすぎるくらい撮りましたね。
中島さんが栽培しているミントで作ったモヒートをあいくちゃんといただいたんですが、結構気持ち良くなって帰りの車の中で二人、グーグー寝て帰ったという思い出がありますね。
新しく始まった「新 農業女子に会いたい」でも、中島さんを撮影させていただき、そのときもまたモヒートをご馳走になったんですよ。
農業女子の撮影では皆さんに、「必ず、栽培したもので何かしてほしい。料理でも何でも構わないから」と最初にお願いしていました。ですので、毎回現場で彼女たちが作ってくれたものをベースに撮影していた。必ず、そこで僕らもいただいて帰るという……なんかすごくいい仕事でしたね(笑)。
田中綾華さん
農業女子で一番年齢が若い人だったと思う。この企画で最後の撮影でした。あいくちゃんをよく知っていて、バラと一緒に記念写真を撮ったりとても喜んで、盛り上がったんです。
今回再度、農業女子の企画を始めたのには、このバラの田中さん、トマトの三浦さん二人をそれぞれテレビやSNSで観ることがあって、5年の間に「みんな頑張ってるなぁっ」と懐かしさが湧いてきて、その後どうなっているんだろうと……もう一度彼女たちと会いたいと思ったのがきっかけなんです。
5年ぶりに会う田中さんは、前回はお母さんと二人でやっていたけど、今は従業員も増え、彼女自身もすごく大人になっていた。バラで自分の思いを表現できるのは、素晴らしいことだと思います。考えて彼女なりにやっているんだということでしょう。
起業家としての彼女の顔を見ていただけると違いを感じると思います。前回の撮影から、その農業女子の方が会社を作って、何人もの従業員を雇い、共に働いている姿は魅力的だし、今回会いに行けて良かったと思います。
安田加奈子さん
安田さんは僕が思うに、農業女子で一番、農業に詳しい人かな。そして前回一番、ご馳走になった。
東京で農業をやるってすごく大変だと思う。そんな中、代が変わるたびに畑が小さくなっていくって言っていたけど、めげずにすごく頑張っている。
今はホテルやデパートに野菜を入れてもらっていて、自分の家の敷地内に直売所も作って、地元の人が手軽な値段で購入できるように売っていました。
前回、彼女のお母さんがお庭に大きなテーブルを置いて、たくさんの料理をご馳走してくれた。その時のおはぎが、すごく美味しくて感動しました。初対面の方の家にお邪魔して、作っていただいたものを食べるのは勇気がいることですが、あまりの美味しさに食べまくりましたね。
彼女も元気で変わらず、旦那さん、新しく生まれたお子さん、ご両親と農家をやっている。微笑ましく思います。
ヨドバシカメラ撮影会に毎年来てくれる方がこの安田農園のお得意さんらしく、今年のお正月、箱いっぱいに野菜を届けてくれたのが本当、嬉しかった。
そうやって繋がっているということが、写真のもっとも大切なところだと思うし、「農業女子に会いたい」では、すごく勉強になることもたくさんある。人の温かさもすごく感じるんです。
農業の女性たちが頑張る姿が、僕らも頑張らなきゃと思わせる。彼女たちがいつも暑い中、どれだけ大変なのかを体験させてもらった撮影だった。大変な時代に、本当に一生懸命作っている人たちがいて、すごくありがたいと思います。皆さんからいつもパワーを感じるんです。
「農業女子に会いたい」写真展を開催
僕がプロモーションしたわけではないのですが、2018年の東京写真月間にエプサイトで「農業女子に会いたい」写真展を開催してくれました。エプサイトで写真展ができたというのが、ひとつの区切りでした。
でも1年の企画というのはあまりに短い。僕は瞬間の顔、ばんえい競馬や上賀茂神社でも、テーマを決めたら1年で終わるような撮り方をしていなかったからね。
新 農業女子に会いたい
今回再度、農林水産省の農業女子プロジェクトの方にお願いしたんです。農水省の方も企画に喜んで協力してくれて、いま全国で60人くらいが撮影にエントリーしてくれています。
ただ、遠くになかなか行けない。でも今回は思い切って、石垣島や沖縄本島にも行きたいと思います。ほかに行ってみたいところもたくさんあるので、できるだけ要領よく、うまくスケジュールを立てて、あまり自分の負担にならないように、合間合間に撮っていきたいと思っています。
「新 農業女子に会いたい」は、「フォトコン」(日本写真企画)の2022年8月号から連載が始まりました。今度は、彼女たちを撮ったものを1冊の文庫本にまとめたいなと思っています。彼女たちの農業に対する思いなども入れたいと考えています。
「新 農業女子」になって変わったといえば、カメラが変わりました。僕はライカSL2で撮ったりしています。それと商品は佐藤倫子さんに撮ってもらって、僕はなるべく彼女たちを撮ろうと思ってます。
今回の連載では、まず3名の方を紹介しました。次回、2名の方を紹介します。それで、この農業女子プロジェクトの撮影を始めたきっかけと、新しく始めた「新 農業女子に会いたい」の山岸伸シリーズを皆さんに理解いただき、応援してもらいたいと思っています。