写真展リアルタイムレポート

野村誠一さんが目指す“写真家”とは…写真展「A Half Century──The World is Filled with Splendid Things.」に寄せて

ライカギャラリー東京/京都で5月20日まで

野村誠一さんがフリーランスで活動を始めて半世紀が過ぎた。雑誌の表紙、グラビア、広告などでポートレートを撮影し、何人ものアイドルを世に送り出してきた。出版した写真集は400を超すが、写真展は今回が初めてだ。

「いろいろな経験をしてきたから、僕の中で写真は精神論になっている。どういう風に撮りたいか、その意識が重要だよ」と野村さんは言う。

会場にはポートレートもあるが、風景が多くを占める。モチーフは違っても、そのイメージにはドラマチックな躍動感や、秘めた艶やかさが共有してある。ここではカメラマンではなく、写真家・野村誠一の世界が広がる。

写真で語るべき物語

「これまでも写真展の依頼はあったけど、すべて断ってきた」

タレントを撮った人物写真はヘアメイク、スタイリストなどたちとの共同作業でできるものだからだ。

2年前、ステージ4の癌が見つかり、入院生活を送った。これまで膨大な写真を撮ってきたが、自分の作品だと言えるものがないことに気づいた。

「コロナ禍で、家の近所を散歩するぐらいしかできなくなったから、カメラを持って身近なものを撮るようになった」

そのお供に選んだのがライカM10モノクロームだ。これまで大判、中判を含め数々のカメラを所有し、ライカもコレクションにあったが、使うことはなかった。

「ライカで撮ると被写体に独特の存在感が生まれる。俗っぽい言い方になるけど、エロいんだ。そんなほかのレンズにはない写りに驚いて、それからはどこに行くにもカメラを持ち歩くようになった」

それまで野村さんにとってカメラはあくまでも仕事の道具だった。撮影現場以外に持ち出すことはない。

「海外ロケでモデルがメイクする時間はゴルフに行っていた。そんな光景も撮っておけばよかった、撮るべきだったって今は後悔している」

進むべき道に悩んでいた25歳の時、1カ月ほど欧州を旅して回った。昨年の暮れ、その旅を思い出し、再び海外へ出かけた。

「風景も、女性を撮る時と同じ。自分がそこで何を発見して、どう感じたかだよ」

野村さんは街を歩いていても道端の雑草や枯れつつある花、打ち捨てられているモノに目が行く。そこにこそ語るべき物語があり、それを写真としてすくい上げる。

外国人男性のポートレートがある。穏やかな笑顔の中には憂いもあり、これまで過ごしてきた時間が平坦なものではなかったことを感じさせる。

旅先でスーパーマーケットに買い物に寄った時、彼を店内で見つけた。

「ひと目見た時から撮りたいと思い、彼の姿を追いながら、どう撮るかをシミュレーションした」

同行していた妻の浩美さんに車から黒い布を持ってくるように指示し、店の出口で声を掛け、その場で撮影した。

「彼は車椅子に乗っていて、娘さんが一緒にいた。急いでいるというので、シャッターを切ったのはほんの数カットだった」

駆け出しのころは…

野村さんは写真専門学校に入り、初めて月賦でカメラを買った。それも価格の安い一眼レフの初級機だ。

「写真を目にしない日はないから、食いはぐれることはないと思って写真の道を選んだ。ただ写真家がどういう仕事なのかは全く知らなかった」

卒業制作では近所の神社などで男友達をモデルに撮影した。お面を付けてもらい、境内で幽遠なイメージを演出した。

「最初は女友達にヌードモデルを頼んだら断られた(笑)。苦肉の策で撮った写真が学校で評価され、就職先に広告代理店を紹介された」

写真原稿は4×5判以上が原則であり、会社からジナーを買い与えられた。

「使ったことがないとは言えないから、当たり前の顔をして持ち帰り、必死で勉強したよ」

当時、住宅の内装を撮る時、ストロボを使っていたので、家具には影ができていた。

「3畳の部屋で蛍光灯が揺れるのを見ていて、光を揺らしたら影が消えるんじゃないかと思い付いた。アイランプ2灯で試したら狙い通り写った」

その後、女性誌に活動舞台を移し、道行く女性に声を掛けて撮る仕事から実績を積み上げた。

ある日、スタジオ撮影を終えた後、スタジオマンが露出計の設定を間違えていたことに気づいた。

「ISO 400のトライXなのに100で測っていた。自宅で現像していたから、真っ青になって帰った」

震えながら減感で現像しプリントを見ると、粒子が細かくソフトな描写になり、髪の毛一本一本が美しく浮き上がって見えた。

旅に出ておよそ3年後の28歳の時には、引く手あまたの人気カメラマンになっていた。

「夢だったポルシェを買いに行った。免許がなかったから車を契約してから教習所に通ったよ」

“写真家”になるということ

ポートレートを撮る秘訣はどこにあるのか。

「写真はカメラじゃなく、心で撮るんだ。こちらが真剣に取り組めば、相手の気持ちは捉えられる」と野村さんは言う。

芸能人であっても完璧な容姿、プロポーションを持つわけではなく、どこかにコンプレックスがある。そこを見極め、魅力的に見せてしまうのが野村マジックの一つかもしれない。

そんな野村さんが当時、個人的に一番惹かれていたのが秋吉久美子さんだとか。

「初めて撮影した時はファインダー越しに見てドキドキした。僕は撮影時間が短いとよく言われるけれど、いつも以上に大幅に短くなった」

彼女の初めてのヌード写真集にはカメラマンとしてオファーを受けた。

「控室に呼ばれて行くと、彼女が全裸で立っていて『どう?』と聞かれた。下着の跡を肌に残されないため、前日から何も着けずにいたというんだ」

野村さんは名刺の肩書に「写真」と記す。

「写真家は一人の責任で1枚の写真を作り、見た人が評価を決める。これから僕はそういう写真家として、残る写真を撮っていきたい」

 ◇◇◇

野村誠一写真展「A Half Century──The World is Filled with Splendid Things.」

ライカギャラリー東京/ライカプロフェッショナルストア東京

住所:東京都中央区銀座6-4-1(ライカ銀座店2階)
会期:3月3日(金)~5月20日(土)
開催時間:11時00分~19時00分
休館日:日・月曜休館

ライカギャラリー京都

住所:京都府京都市東山区祇園町南側570-120(ライカ京都店2階)
会期:3月4日(土)~5月20日(土)
開催時間:11時00分~19時00分
休館日:月曜休館

(いちいやすのぶ)1963年、東京生まれ。コロナ禍でギャラリー巡りはなかなかしづらかったが、少し明るい兆しが見えてきた。そんな中でも新しいギャラリーはいくつも誕生している。東京フォト散歩でギャラリー情報の確認を。写真展の開催情報もお気軽にお寄せください。