写真展リアルタイムレポート

“普通のお弁当”に投影されるものとは? 阿部了写真展「ベントーランド」

アイデムフォトギャラリー「シリウス」で1月18日まで

阿部了さん

それまで、お弁当の写真を掲載するのは、料理本やレシピ集だけだった。阿部さんは普通の人が当たり前の食材を使って作る弁当に光を当て、そこに興味深いストーリーがあることを教えてくれた。

おにぎり一つとっても、大きさや形、選ぶ具はさまざまで、そこに作る人、食べる人の人となりや生活ぶりが投影される。

「そういう見えないものが感じられることに、写真の面白さがあると思います」と阿部さんは言う。

誰が一般人の弁当を見たいと思う?

弁当の撮影はだいたい朝10時頃から始める。午前中に弁当を撮影し、昼、実際に食べているところを収める。あとは時間の許す中で、仕事する風景を撮りつつ、あれこれと被写体となる人と会話をする。

NHKの番組『サラメシ』では複数人を撮影するケースがほとんどのためデジタルカメラを使うが、番組以外で阿部さんがお弁当や人物を撮る時は4×5判や6×6判のフィルムカメラをメインに使う。

「地域によって光の感じが違いますよね。だから僕はその土地の光で撮りたいので、ライティングを組むより時間がかかります」

弁当は全体にピントが合うように撮影する。難しいのは保温ランチジャーの場合。中身を並べると、ごはんとおかずの高さに差が生じることが多い。

「高いところにピントを合わせ、F64で光を見ながら露光時間を変える。仕上がりを考えて、最長10秒程度を目処にしています」

今回の写真展での展示はカラーのみだが、モノクロでも撮影している。

「色のない分、質感が強調されて、カラーとはまた違う見え方になります。お弁当を撮影していると、その人の家にお邪魔したような気になることがあります」

例えば卵焼きの焼き加減からフライパンの状態が想像され、そこから台所の風景が想起されていく。そんな感じだろうか。

撮影に出かける前日、暗室で4×5のホルダーにフィルムを装填する。

「明日、会う人のことを考えながら作業する、そんな時間も僕は好きだし、写真の醍醐味の一つ。見る人には関係ないことなんですけどね」

阿部さんの被写体選びは、自分の好奇心から始まる。行きたい場所や、こんな職業の人はどんな弁当を食べているんだろうという想いだ。

「この作品を持って雑誌社をまわった時は、どこも相手にしてくれませんでした。『誰が一般人の弁当を見たいと思う?』ってね。だから自分の好きに動こうと決めました」

取材の効率を考え、行く場所を決めると、その周辺で何名か候補を選ぶ。事前に電話で撮影の趣旨を話し、撮影日を決めた。

「今も断られることはよくあります。『ごく普通のもので、お見せするようなものではありません。何故私なんですか?』。皆さん、そう言われます」

撮りたいのは、そんな普通のお弁当だ。被写体を公募しないのも、それが理由だ。

まず最初に撮りに行った先は北海道で、六花亭製菓の工場、阿寒湖アイヌコタンの土産物屋、羅臼の昆布漁師などを約1週間かけて回った。

「最初はお弁当とポートレートの対でと考えていたので、それしか撮らなかった。食べるところを写すのは失礼だという思いもありました」

実際、撮影に行くと、食べる場所や食べ方からその人の想いや生活の一端などが伝わってくる。

「カメラマンだからこの場に立ち会えている。ならば撮るべきだと思い、撮り逃した人たちのところにももう一度お邪魔しました」

パソコンの前で一人食べる人や、休憩所で仲間と食べる人、作業場で立って食べる人もいる。

「『サラメシ』の撮影では話しかけていますが、普段の撮影では僕は黙って、できるだけ気配を消す。いつも通りの姿が撮りたいからです」

それ以外はテレビ番組と普段の撮影にそう違いはないそうだ。

「番組の放映が始まり2年ほどした時、ロケバスで阿部用と書かれた台本が落ちていました。中を見ると、僕のセリフやリアクションが書かれていました。けれど一度も台本を渡されたことはないんです」

船員、コック、写真……

阿部さんは海への憧れから、高校は国立館山海上技術学校に進んだ。同級生は漁師の息子なども多く、卒業後の進路が決まった学生がほとんど。阿部さんはというと、気象庁の気象観測船に欠員が出たことで、そこに行くことになった。

「ヨットとか、カッターはいいけど、それ以上の船は船酔いするから本当は嫌でした」

気象観測船だから台風など荒れた天候の場所に行くことも多い。寝室はスクリューの近くの2人部屋だった。

「荒波で船尾が浮き、スクリューが空回りする音が聞こえる。そんな夜は寝られません」

勤務は4時間交代で、0~4時のシフトは年少者が食事を作る。そこで料理の楽しさに目覚め、4年勤めた後、コックを目指して船を降りた。

「僕がいるシフトに入りたいという乗組員も結構いました(笑)。ただ上司には『お前の仕事場は厨房でなく、機関室だ』と注意されていました」

叔父に在仏日本大使館のコックがいて、見習いに行く。出掛ける時、祖父がミノルタのコンパクトカメラを渡してくれ、それが人生を変えた。

「帰って現像すると名作揃いでね。写真家になれるかもと勘違いしました」

その後は東京工芸大学短期大学部で写真を学んだが、何を撮りたいかははっきりしなかった。卒業制作で、かつての友人を訪ねて彼らの部屋を撮影した。

「フリーになった時も何かもやもやした気持ちがあったので、以前撮った友だちを再度、撮ることにしました」

約10年を隔てた2枚の写真を並べた写真展「四角い宇宙」(10年後)を開き、その写真を見た時、会っていなかった時の彼らの生活が透けて見えるような感じがした。

「一度は料理人を目指したこともあるので、日常の中にある食を何か形にできないかと常々思っていました。その時、ふとお弁当と人を対にしたら面白いんじゃないかと思い付いたんです」

お弁当には人生のエッセンスが詰まっている。といったらカッコつけすぎだろうか。

 ◇◇◇

阿部了写真展「ベントーランド」

会場:アイデムフォトギャラリー「シリウス」
会期:2023年1月5日(木)~1月18日(水)
開催時間:10時00分~18時00分(最終日は15時まで)
休館日:日曜・一部祝日休館

 ◇◇◇

(いちいやすのぶ)1963年、東京生まれ。コロナ禍でギャラリー巡りはなかなかしづらかったが、少し明るい兆しが見えてきた。そんな中でも新しいギャラリーはいくつも誕生している。東京フォト散歩でギャラリー情報の確認を。写真展の開催情報もお気軽にお寄せください。