写真展リアルタイムレポート

音楽家にとっての写真とは。ヴィルフリート・和樹・ヘーデンボルク写真展「Living Music & the never-ending pursuit of the ideal 」

ライカギャラリー東京/京都で2月28日まで

音楽家を撮った写真は数多くあるが、この位置からのものはほとんどないはずだ。ヘーデンボルクさんは楽団のヴァイオリニストであり、展示した写真は演奏の合間に撮影したものだ。「音楽を生きる」音楽家たちの音源は残るが、その渦中にいる姿はあまり記録されてこなかった。

「先輩たちの思い出話を聞くたびに、自分がその空間を見ることができない、経験できないことが残念で仕方がなかった」

それで楽団員たちを撮り始めた。

展示作品より

足の上にカメラを置いておき、休符の時に撮る

撮影するのはリハーサルの時だ。それでも本番と変わらない緊張感が張り詰める。

「本番は撮らないのかって? 自分が演奏していたら絶対無理だね」とヘーデンボルクさん。

演奏中、カメラは右足の付け根の辺りに置く。撮影できるのはヴァイオリンを演奏しない時だけ。その時が来ると鳴っている音楽をフォローしていく一方、休符となる小節を数えていきながら、被写体となる指揮者を見つめて撮りたい瞬間を待つ。

「座っている位置によっては、同僚の弓が僕の視界に入ってくることもある。ホルンセクションやコントラバスは僕の反対側にいるから、ヴァイオリンが休みでも彼らが主旋律を奏でていると、指揮者は僕の方を向いてくれない」

右足の上にひっそりとカメラがのぞく

また良い瞬間が巡ってきても、静かで繊細な箇所だと、撮ることはできない。

「初期のライカMモノクローム(CCDセンサー搭載)で静音チャージを使っても聞こえてしまう」

そこは耳が非常に繊細な音楽家が五感を張り巡らせている場だ。ヘーデンボルクさんもその一人として、シャッター音を想像できるから押せない。

日本語では「演奏する」と表現するが、英語ではplay、ドイツ語ではspielen。遊ぶ、楽しむ、演じるなど幅広い意味を持つ言葉だ。

「音楽は楽しみでもあるけど、そこで別の人生を生きることでもある。指揮者や楽団員は理想を追求しながら、その音楽を生きる。その瞬間を捉えようとしています」

小澤征爾さんとも

ヘーデンボルクさんは2001年にウイーン国立歌劇場管弦楽団に入団し、初めてのニューイヤーコンサートは小澤征爾さんが指揮者だった。小澤さんは指揮棒を使わず、手と指先の小さな動きで楽団をまとめていく。

「躍るような小澤さんの動きと、その手の向こうにある目の力によって、僕らの中にある本気が引き出される。約20年演奏してきたけど、今も印象に残る特別な時間でした」

マリンスキー劇場の総監督であり、ミュンヘン・フィルの首席指揮者でもあったヴァレリー・ゲルギエフが「展覧会の絵」を指揮した時、何度リハーサルを繰り返しても指揮者と団員の音がうまく噛み合わない箇所があった。

「ペースが凄く早く感じていた。彼と話すと、ピアノで彼が求めるイメージを説明してくれたんだ。この曲はもともとピアノ組曲で、オケでは早く感じるけど、ピアノだと至極スムーズな速さだった。彼が速いんじゃなく、僕らの反応が遅かった。準備不足を痛感したよ」

楽団員には写真好きが多いそうだ。

「自宅のトイレを改造して、暗室兼用にした仲間がいた。引き戸を付けたりいろいろやって、奥さんにはこっぴどく怒られたらしいけどね」

音楽家にとっての写真とは

ヘーデンボルクさんのお父さんもヴァイオリニストで、やはり写真好きだったようだ。

「父がカメラのピントリングをいじる姿を覚えている。それで僕も写真に興味を持ったんだ」

当初は風景や建築物ばかり撮っていた。

「人づきあいが上手じゃなかったから。レンズを向けると相手が反応する。それが嫌だった」

2001年にウイーン国立歌劇場管弦楽団に入り、04年にはウイーン・フィルハーモニー管弦楽団の正団員になった。

「演奏中、指揮者を見つめ、無言で会話する。その経験を繰り返すうちに、人と交わる恐怖心が薄れていった」

2003年からオーケストラの団員たちを撮り始めた。

「22歳で僕は入団し、65歳まで活動するとしたら半世紀近くある。その時間をただ通り過ぎるままにしたらダメだと思った。後を継いでいく後輩たちに写真で残そうと決めた」

とはいえ個性の強い人たちの集団であり、おいそれと撮り始めることはできなかった。休憩時間に少し撮るようになり、リハの舞台にカメラを持ち込んだ。

「楽譜を管理するライブラリアンになったことで指揮者と話す機会が増えた。ある時、指揮をするリッカルド・ムーティに『今日、リハで写真を撮らせてほしい』と頼んで、撮影が始まったんだ」

撮った写真をムーティが気に入り、ほかの団員たちにも認められるようになった。

2013年、ウィーン・フィル舞踏会の時、会場の地下1階にあるワインギャラリーで初めて写真展を開いた。今はいくつかのクラシック音楽のCDでジャケット撮影なども行なっている。

最初は一眼レフを使い、ライカを使い始めたのは2005年頃から。

「一眼レフの時は焦点距離でレンズを使い分けていたけど、エルマーやズミクロンなど表現の違いも考えて選ぶようになった。灯りが暗めの国立歌劇場だから明るいレンズにしようとか、演奏する曲に合わせてレンズを選んだりもする」

プロの音楽家にとって写真は息抜き、気分を変えるツールなのだろうか。

「撮る時、息を止めるし緊張するから息抜きではないね(笑)」

オペラ座から家に帰り、地下室のスタジオに行く。今は諸般の事情で中断しているが、かつては暗室作業もしていた。

「写真を見ていると、気づくと明け方の3~4時なんてこともある。僕にとって別の世界で過ごす特別な時間ですね」

会場には14点の音楽を生きる人たちの瞬間が写しとどめられている。可能であればいつか、コンサートホールでその空間を実際に体験してみると、それまでに感じなかった音楽体験に包まれるかもしれない。

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ヴィルフリート・和樹・ヘーデンボルク写真展「Living Music & the never-ending pursuit of the ideal 」

ライカギャラリー東京

住所:東京都中央区銀座6-4-1(ライカ銀座店2階)
会期:2022年11月18日(金)~2023年2月28日(火)
開催時間:11時00分~19時00分
休館日:月曜休館

ライカギャラリー京都

住所:京都府京都市東山区祇園町南側570-120(ライカ京都店2階)
会期:2022年11月19日(土)~2023年2月28日(火)
開催時間:11時00分~19時00分
休館日:月曜休館

(いちいやすのぶ)1963年、東京生まれ。コロナ禍でギャラリー巡りはなかなかしづらかったが、少し明るい兆しが見えてきた。そんな中でも新しいギャラリーはいくつも誕生している。東京フォト散歩でギャラリー情報の確認を。写真展の開催情報もお気軽にお寄せください。