写真展リアルタイムレポート

大地に根差して生きる人々を写す。船尾修写真展「The Great Indus 大河インダスをめぐる人間と自然の織りなす物語」

キヤノンギャラリーSで1月17日まで

船尾修さん

写真家には時折、異色な経歴の人がいるが、船尾さんもそんな一人だ。30代半ばまではクライマーとして活動し、40歳を過ぎて大分・国東半島に移住。農業を行ないつつ、写真家として活動する。

中学生の時に植村直己を知り、その自由な生き方に憧れた。世界を旅する中で、大地に根差して生きる人々が共通して持つ豊かな生き方に影響を受けた。本展はそうした旅の中で、作者の中にテーマとして自然に浮上してきたものだ。

会場の様子

高層ビルの窓清掃をしながら山に通う

船尾さんは社会人山岳会に入り、登山、特に岩登りに魅了された。会社は約2年半で辞め、高層ビルの窓清掃を行ないながら山に通った。

「危険なので賃金が高い。クライマーが多い職場で、自由に休みが取れるから居心地が良かった」

生を賭した極限の世界に挑み、それを超えた時に見える世界に魅了された。現在、劇場公開中のドキュメンタリー映画『人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版』の主人公も友人の一人だそうだ。

日本人が登頂していないアフリカの高峰に登ろうと友人に誘われ、2年間、アフリカ大陸を旅した。二度目のアフリカ行から戻り、約1年間かけて写真と文章をまとめ『アフリカ 豊穣と混沌の大陸』(1998年、山と渓谷社刊)を出版した。

カメラは独学だったが、野町和嘉さんの写真集『バハル』を見て写真への意識が変わった。

「僕がアフリカで感じた匂いや特有の気配が野町さんの写真から伝わってきました。写真はこうした『表現』ができるんだと気づき、それから少し撮り方が変わりました」

それは言葉で明瞭に説明できる違いではない。強いて言えば、旅で感じたことを以前よりもっと掘り下げて考えるようになったことだろうか。異なる文化をわからないまま撮るのではなく、その意味をできるだけ知った上で写真に収めていく。

源流から河口までのジオヒストリーを……

インダス川はヒマラヤやカラコルム山脈に挟まれたチベット高原に端を発し、本流の9割以上がパキスタン内を流れる。1988年、旅の途中でこの川を目にした。

「その後、山岳隊の遠征などでもこの流域を訪ねましたが、2002年、アフガニスタンに行った時、この川の存在を強く意識しました」

いつか行こうと思っていたバーミアン渓谷の大仏が、2001年3月にタリバンによって破壊された。多国籍軍が駐留し、治安の悪い時期だったが、矢も楯もたまらずに現地に行った。

「地図で見ると、東にあるカブール川はインダス川とつながっていました」

源流から河口までのジオヒストリーを作るアイデアが浮かんだ。調べてみると、日本人は誰も手掛けていないようだった。

かといってそのテーマを実現するために、この川を旅する時間や費用は割けない。

「ラダック地方に冬の数週間、川が凍結し道ができるザンスカールという場所があり、一度は行ってみたかった。海外のトレッキングガイドもしていて、そこに行く機会ができた。そう、この川もインダス川とつながっていました。不思議と意識し始めると、そうやって撮影対象が向こうからやってきます」

インダス川の長さは3,180km。同じ流域であっても、自然環境はさまざまであり、信じる宗教や文化、生活習慣も大きく異なる。

ある村ではヤギがご馳走であり、男であれば誰でも一頭を解体することができるらしい。

「昭和の初めまでは日本でもニワトリは家でさばいていましたよね。さらに彼らに聞くと、『都会に住む人はできないけどね』と話していました」

自然と共に暮らす

船尾さんは40歳を過ぎて、東京暮らしから大分へ移住した。湯布院で写真展を開くことになり、その時目にした国東半島の風景に魅了された。

「僕が旅先で会った自然と共に暮らす人たちはとても幸せに見え、僕もそんな生活に憧れていた。海外ばかり行っていて、日本のことを知らずにきていたので、日本古来の風習や文化が残る地で暮らしてみたいと思いました」

旅先で相手の暮らしを問うと、必ず日本のことを問い返され、答えに言い淀んでいたこともある。

「自分が食べる米がどうやってできるのかも知らず、自分の中の宗教心もきちんと考えていないことを恥ずかしく思っていました」

それで生まれたのがこの地の祭礼や民俗行事を撮影した写真集『カミサマホトケサマ』(2008年、冬青社刊)で、さがみはら写真新人奨励賞を受賞した。

米作りを始めたことで、フィリピンで世界遺産に選ばれた棚田を撮りに行き、稲作の方法を取材した。

「買い物に寄った店で、戦前に日本からの移民がいたことや、その2世たちが終戦とともに苦しい生活を強いられたことを聞きました」

戦争の歴史が知られずに消えてしまう危機感から、隠れて生きてきた彼らを探し、話を聞き、ポートレートを撮影して『フィリピン残留日本人』(2015年、冬青社刊)をまとめた。

その延長で、太平洋戦争につながるきっかけとなった日露戦争、満州国があった場所を見に行き、現在、写真集「満洲国の近代建築遺産」を制作中だ。

一見、ばらばらに見えるテーマだが、船尾さんの中では一つの線でつながっているところが実に面白い。この会場も一つの川で結ばれた人々の多様な生活が描き出されている。その混沌を楽しんでほしい。

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船尾修写真展「The Great Indus 大河インダスをめぐる人間と自然の織りなす物語」

キヤノンギャラリーS

住所:東京都港区港南2-16-6 キヤノンSタワー 1階
会期:2022年11月26日(土)~2023年1月17日(火)
開催時間:10時00分~17時30分
休館日:日曜・祝日・年末年始(2022年12月29日~2023年1月4日)

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(いちいやすのぶ)1963年、東京生まれ。コロナ禍でギャラリー巡りはなかなかしづらかったが、少し明るい兆しが見えてきた。そんな中でも新しいギャラリーはいくつも誕生している。東京フォト散歩でギャラリー情報の確認を。写真展の開催情報もお気軽にお寄せください。