中井精也のエンジョイ鉄道ライフ「ジョイテツ!」
また訪ねたい海外の思い出「ジョイテツ! in the World」vol.10 スイス絶景鉄道編(その1)
2021年10月10日 09:00
いよいよ緊急事態宣言が解除され、海外撮影に行ける日が近づいてきた気がしますね。というわけで、コロナが収束したら訪ねたい海外の撮影地に思いを馳せるこの企画、今回からはスイスの絶景鉄道をご紹介しますので、旅の準備をはじめましょう。まだ早いか(笑)。1回目となる今回は、リギ鉄道・ピラトゥス鉄道をご紹介します。今回お見せする作品の撮影時期は、2018年の9月になります。
地図を見ればわかるとおり、上の写真のアルト・ゴールダウ駅からリギ・クルム駅へ結ぶ路線と、反対側のフィッツナウからリギ・クルムを目指す2つの鉄道路線があります。日本式に呼べば、ゴールダウ線とフィッツナウ線という感じでしょうか。ゴールダウ線は青、フィッツナウ線は赤を貴重としたカラーリングで区別されています。
いよいよ出発!リギ鉄道は前々から気になっていた路線ですが、実は訪ねるのははじめてでした。僕も写真家としてのキャリアが長くなり、はじめて乗る鉄道路線がどんどん少なくなってきているのですが、はじめての鉄道に出会うワクワク感はたまりませんね〜。車窓から見えたなにげない踏切でも、飛び降りて撮影したくなっちゃいます(笑)。でも時間に限りがあるので、ここは我慢してリギ・クルム駅を目指します。
リギ鉄道は今から150年前の1871年に開業したスイス最古の登山鉄道であり、ヨーロッパ最古の登山鉄道でもあります。終点のリギ・クルム駅は、かつて女王や貴族、文人、画人と著名人が訪れるリゾート地として栄えました。そんな場所だけに、ホームから撮影しただけでこんな素晴らしい写真が撮れちゃいます。眼下にはルツェルン湖、そしてアルプスやジュラの連山をのぞむパノラマビューと列車を絡めて撮影できるなんて、なんと贅沢な駅撮りでしょう! 右側の赤い電車がフィッツナウ線で、左側の青い電車がゴールダウ線です。
同じ場所から、フィッツナウ線が合流するリギ・シュタッフェル駅付近を望むことができます。ちょうど2枚窓のかわいい旧型車両が走ってきました。懐かしい雰囲気の赤い電車が、雄大な風景によく似合います。背景は雲が漂うルツェルン湖。湖がまるで青空のように見える、不思議な光景がとても感動的です。標高が高い場所だからこそ見える、神秘的な風景に魅了されました。
リギ・クルム駅から数分歩いた高台からも撮影。今度はプラレールみたいな、3枚窓のかわいい客車が連結されています。かつてヨーロッパのセレブたちを魅了した絶景をバックに、かわいい電車が走ります。
同じ場所からはスイス国鉄のキュスナハト駅付近も望むことができます。下にチラッと写っているのはルツェルン湖。かなりの遠景ですが、長大編成なのでよく目立ちますね。まさかここで雲海とスイス国鉄が撮れると思っていいなかったので、とてもラッキーでした。
フィッツナウ線の車窓風景はこんな感じ。勾配は200パーミルなので、スイスの登山鉄道としてはゆるい方なのですが、それでも建物の水平を出して撮ると、列車がこんなに傾いているのがわかると思います。勾配のきつい区間では、列車に乗っていても足に力を入れていないとお尻がズレてくるので、意外に足が疲れるというのが“スイス鉄道あるある”です。
こちらがルツェルン湖岸に位置するフィッツナウ駅。ここにはなんと、ポイント代わりのターンテーブルが健在でした。この駅から観光船でルツェルンに向かい、国鉄に乗り換えてピラトゥス鉄道へ向かいます。
こちらがピラトゥス鉄道の起点、アルプナハシュタット駅。この鉄道が登っていくピラトゥス山という名は、イエス・キリストの処刑を宣告したと言われている古代ローマの司令官「ポンティウス・ピラトゥス」の名前に由来していると言われています。伝説ではピラトゥスの亡霊が各地を彷徨い、最終的にこのゴツゴツした岩肌を持つピラトゥス山にたどり着いたとか。そのため中世まではこの山に登ることは禁じられていましたが、現在は2つの山岳ホテルが建ち、多くの観光客で賑わっています。その山頂を目指すこの鉄道は、なんと普通鉄道では世界一の勾配となる480パーミルで、世界で唯一となる「ロッヒャー式」のラックレールを採用しています。
起点のアルプナハシュタットから終点のピラトゥス・クルム駅まではたったの4.6kmですが、その標高差は、なんと1,629m!これはもう、ロープウェイ並です。さらに開業はリギ鉄道に続く1889年で、世界で3番目に古い登山鉄道になります。開業時は蒸気動車を使っていたそうですが、1937年に電化され、現在は約30分で登りきります。急勾配だけに車両そのものもケーブルカーのように傾斜していますが、こう見えてれっきとしたラック式の普通鉄道です。パッと見た感じではケーブルカーそのものだったので、テンションが下がりかけましたが、いざ乗車して車窓を見ると間違いなく普通の鉄道で、大興奮。1枚目の写真のように下方向を見ると、そうでもないのですが、山頂方向を写した2枚目を見ると、えげつない勾配であることがわかります。これ、歯車が外れたら終わりだな……なんて、つい思っちゃいます。
スイスの登山鉄道全般に言えることですが、よくもまぁこんな場所に鉄道を敷いたなぁと、感心してしまいます。この鉄道が開通したのは100年前。おそらく金銭的にも人的にも、大変な犠牲のうえに完成しているのは間違いないので、なぜヨーロッパの人たちはここまで何かに取り憑かれたかのように多くの登山鉄道を建設したのか、その理由を知りたいところです。山に楽して登りたいという単純な動機なのか、それとも鉄道を敷設する技術を競い合っていたのか、その両方なのか? おそらく技術が進歩した現在でも、いや現在だからこそ、とうてい建設不可能な鉄道であることは間違いないでしょう。終点の手前には巨大な岩盤ゾーンがあり、ピラトゥス鉄道はそこをくり抜いて、直登していきます。写真からはなかなかその迫力が伝わりませんが、世界有数の凄まじい車窓風景なのは間違いなし! 繰り返しになるけど、スイス人の登山鉄道にかける情熱は、ハンパないなぁ。
このピラトゥス山には、大昔に竜が住んでいたという伝説もあります。ピラトゥス山は周囲に遮るもののない独立峰だけに、まわりの人達の想像力を喚起して、いろんな伝説が生まれたのでしょう。駅を出て階段を登ると、たしかに竜が住んでいそうな絶景が! 天気も最高に良かったので、駅前広場からまったく苦労することなく、こんな絶景をモノにしちゃいました。スイス鉄道を建設してくれた先人に感謝です。