写真を巡る、今日の読書

第109回:その写真家にしか見えない世界――9人の眼が捉えた「宇多田ヒカル」

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

その写真家にしか見えない世界

今日は、最近読んだ写真集の中から3冊を紹介したいと思います。職業柄、多くの写真集に目を通しますが、どの写真集にもその写真家にしか見えない世界が写っており、ほとんど等しく興味深いため、毎回どの作品を選ぶかは難しいところです。そんなわけで、紹介する3冊はいつもほとんど勘に近い形で選んでいます。

『HIKARU UTADA SCIENCE FICTION TOUR 2024 NINE STORIES』(New Gallery/2025年)

1冊目は『HIKARU UTADA SCIENCE FICTION TOUR 2024 NINE STORIES』。9つの都市で行われた宇多田ヒカルのライブを、木村和平、鈴木親、細倉真弓、川内倫子、森山大道、John Yuyi、Wing Shya、ホンマタカシ、野口里佳の9人がそれぞれ撮り下ろした写真集です。

各写真家がライブをどのように記録し、宇多田ヒカルというアーティストをどう解釈するかは、同じ写真家としても非常に気になるところです。9人で撮り下ろすというコンセプトは事前に共有されていたはずで、普段とは違うプレッシャーの中で撮影に臨んだ作家もいたのではないかと推察します。

それぞれの写真家の世界観を知ったうえで見ると、通常の作品との違いが浮かび上がり、この写真集群の面白さがより感じられます。私自身もかつてギタリスト・MIYAVIを被写体にした類似の企画に参加した際、どう撮るか相当に悩んだ記憶があります。

ここでは個々の写真には立ち入りませんが、個人的に「さすがだ」と感じたのは森山大道の1冊でした。宇多田ヒカルを通しつつも、そこに写っているのはあくまで森山の見る世界であり、被写体を問わず「森山大道の写真」そのものでした。他の写真家が劣っているわけでは決してなく、それぞれに固有の写真がありますが、森山の仕事だけは、ある境地に到達しているように思われます。その理由については、1本の論考になりそうなので、改めて書く機会を持ちたいと思います。

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『FRAGMENT』伊藤時男 著(ふげん社/2026年)

2冊目は『FRAGMENT』。ニューヨーク滞在中の10年間の断片を収めた、伊藤時男によるモノクローム作品集です。1996年にモールから刊行された『フラグメント』から34点を再録し、新たに76点を加えて再構成した1冊となっています。

あとがきには、これらの写真が生まれた経緯が綴られています。日本からニューヨークに渡った伊藤は、ロバート・フランクを訪ねるよう勧められながらも、新作を作ってから会いに行こうと決め、最終的に10年をかけて完成させた作品群を携えてフランクのもとを訪れたといいます。

その姿勢は、写真家としてきわめて腑に落ちる、筋の通ったものとして強く共感を呼びます。この作品と、伊藤時男という作家自身もまた、偉大な写真家ロバート・フランクの遺産の一部であると言えるのではないでしょうか。

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『Threads of Beauty 1995–2025 ―時をまとい、風をまとう。』高木由利子 著(青幻舎/2026年)

3冊目は『Threads of Beauty 1995–2025 ―時をまとい、風をまとう。』。2025年3月にBunkamuraザ・ミュージアムで同名の展覧会も開催された、高木由利子の「Threads of Beauty」シリーズをまとめた1冊です。

グラフィックデザインとファッションデザインを学んだのち、写真家として長年にわたり衣服と人体を通して「人の存在」に注目してきた作家です。顔の表情と衣服が一体となって立ち現れる人々の姿を撮り続けたその記録は、高木が見つめる世界のあり方を示すだけでなく、民族衣装やファッションを通じて、人々の佇まいや生き方を属性を超えて描き出していると言えるでしょう。

モノクロームによる力強くストレートな視線は、人物写真や環境としての風景を捉えようとする写真家にとって、非常に示唆に富んだ手本となるはずです。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。