写真を巡る、今日の読書
第106回:マンガで学ぶ表現の基礎
喪失感や葛藤、愛情といった普遍的なテーマを視覚化する手法
2026年3月18日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
1枚のイメージで感情を喚起し、連続するコマで物語を構築する
最近は写真集や写真教本など、写真に直結した書籍ばかりを紹介しておりましたので、今回は少し横道に外れてマンガに目を向けてみたいと思います。私の勤めている大学にもマンガ学科があり、卒業制作展などでその成果を拝見する機会も多いため、表現としてのマンガのあり方には興味を持っています。
今振り返ると、私自身、小学生の頃は『少年ジャンプ』で日本語の読み書きや表現の基礎を学んだ記憶があります。エンターテインメントの本質的な魅力や、ストーリーを視覚的に伝える技術の多くが、マンガというメディアから刷り込まれているのではないかと思います。1枚のイメージで感情を喚起し、連続するコマで物語を構築する手法は、表現者にとって大切な技術のひとつになるでしょう。
『うみべのストーブ 大白小蟹短編集』大白小蟹 著(リイド社/2022年)
1冊目に紹介するのは、『うみべのストーブ 大白小蟹短編集』です。この作品は、感情の機微や世界観の描き方、フレーミングと言葉の使い方において、まさに表現の本質に触れられる傑作だと思います。静謐で一見抑揚のない世界観ながら、実は複雑で繊細な感情の揺らぎがほのかな熱をもって描かれており、一編一編が読む者に微かな感情のさざなみを残します。
たとえば表題作では、海辺を訪れる青年と「ストーブ」の視点から別れの感覚を朱色2色刷りで実験的に表現し、言葉にならない喪失感を伝えます。『きみが透明になる前に』では透明化した夫婦の日常を通じて、見えない絆の再発見を描き、日常のささやかな変化がもたらす心の動きを鮮やかに捉えています。
このように、喪失感や葛藤、愛情といった普遍的なテーマを物理的な感覚で視覚化する手法は、写真表現に応用できる点で非常に参考になります。写真家として、こうしたテーマを扱う際、どのような物語を設定し、どんな光や構図で感情を表現するかと考えながら読み進めましたが、本書には連続性と内省的なモノローグが織りなす独自の世界があるように思います。言葉を超えた感情のレイヤーを、静かなコマ割りで積み重ねる技法は、単一のフレームで語る難しさを教えてくれます。
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『THE POOL』桜井画門 著(講談社/2025年)
2冊目は、『THE POOL』。作者はアニメ・実写映画化で世界的ヒットを飛ばしたサバイバルSF『亜人』の桜井画門です。『亜人』連載終了後、次作を待ちわびて4年、ようやく書籍化されたこの作品は、多くのファンにとって待ちに待った1冊でしょう。
近未来設定の小隊ストーリーというだけで私好みですが、皆川亮二の『スプリガン』のようなハードSFの世界観と作画のニュアンスが融合し、緊張感あふれるアクションと心理戦が展開されます。緻密な背景描写とダイナミックなコマ割りには、桜井の持ち味が存分に発揮されていると思います。
マンガ好きの方は既に読まれているかもしれませんが、『亜人』から時間が経ち、まだチェックされていない方がいればおすすめします。写真の文脈で言えば、構図の緊張感や光の演出が映画的で、SF要素を活かした視覚表現の参考に最適です。
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『国芳、走る ~文政きてれつ騒動~』河井克夫 著(リイド社/2025年)
最後は、『国芳、走る ~文政きてれつ騒動~』。歌川国芳を主人公として、文政期の江戸町人文化を鮮やかに描いた連作短編集です。尾上菊五郎や広重、北斎などの重要人物との交流を織り交ぜながら、賑やかな江戸の騒動が展開していきます。
幽霊画や美人画、あぶな絵などの依頼に奔走しながら、絵師として成長していく過程が軽快に描かれていきます。その後到達することになる、国芳の代表作であるガイコツや猫、妖怪などの奇想天外で革新的なモチーフのルーツを垣間見ることもできます。
江戸の絵師をモチーフにしたマンガというのは、石ノ森章太郎の『北斎』をはじめとして傑作が多くありますが、本書もその系譜に連なりつつ、ポップな絵柄で多くの人に楽しんでいただける1冊ではないかと思います。





