写真を巡る、今日の読書

第107回:音楽、ゲーム、落語…頭の中に幅広い関心を

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

できるだけ雑多に、幅広い関心を

新年度が始まる4月は、授業準備、ゼミ運営の見直し、研究助成金の申請書類など雑務が山積する忙しない時期です。その合間を縫って、新書、文庫、エッセイなどさまざまなジャンルの本を読み漁るのが習慣になっています。学生たちと新学期にどんな課題を掲げて制作に取り組むか、ブレインストーミングの機会が増えますから、頭の中にできるだけ雑多に、幅広い関心をすり込んでおきたいという目論見です。

書店や図書館で目についたものを片っ端から手に取り、多読的に流し読みするのが常ですが、今回は特に印象に残った3冊を挙げてみたいと思います。

『服は何故音楽を必要とするのか?』菊地成孔 著(河出書房新社/2012年)

まず1冊目は、菊地成孔の『服は何故音楽を必要とするのか? ―「ウォーキング・ミュージック」という存在しないジャンルに召還された音楽たちについての考察』です。ファッションショーのBGMを「ウォーキング・ミュージック」と命名し、その批評を展開した1作です。

菊地独特の歯切れよいリズムで放たれるファッション×音楽論は、現代の視点に加え、歴史的背景やプロセスにも言及し、ランウェイを突き進むようにジャンルを横断するようで、読書自体が非常に体験的な趣があります。

音楽は単にブランドのイメージを補強するだけでなく、重層的な空間を構成するファッションの不可分なメディアだということがよくわかります。コム・デ・ギャルソン、マルタン・マルジェラ、ランバン、ヴィクター&ロルフ、ヴィヴィアン・ウエストウッドなど気になるブランドの章から読み進めるのもおすすめです。各メゾンが起用するミュージシャンをSpotifyで追いながらの「音楽渉猟」も本書の楽しみ方のひとつです。

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『僕たちのゲーム史』さやわか 著(星海社/2012年)

2冊目は、さやわかの『僕たちのゲーム史』です。『ユリイカ』や『Quick Japan』でサブカルチャー批評を繰り広げる著者が、日本ゲーム史を「ボタンを押すと反応する」ことと「物語の扱い方」の2軸で再構築した評論です。

「スーパーマリオブラザーズ」のようなゲームがなぜ生まれなくなったのかを起点に、多様な作品を分析します。

私自身、『三国志』『信長の野望』『テトリス』『ストリートファイターII』に夢中になった世代ですので、ページをめくるたび記憶が蘇ります。ただ面白いと思って遊んでいたゲームの構造や魅力に迫る1冊であり、ゲームとは何かを問う教科書的な力を持っています。

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『落語を聴いてみたけど面白くなかった人へ』頭木弘樹 著(筑摩書房/2020年)

最後は、『落語を聴いてみたけど面白くなかった人へ』。本書は、タイトルに惹かれて手を伸ばしました。実際、私は落語が好きで移動中の車の中でも良く聴きますし、寄席にもときおり足を運ぶのですが、娘に落語の話をしてもあまり興味を示さないという経験があったからです。

序章では、「面白くないのがあたりまえ」というところからはじまり、なぜ落語を面白いと思えないのか、あるいは興味をもてないのかというところから進められます。

漫才やコントとの違いを論じたり、「人間のどうしようもなさ」に笑いが宿る落語らしさを描いたりする中で、立川談志の「人間の業」という言葉を思い出しました。「落ち」は笑いの解決ではなく、不条理を残す問いかけ――これが私が落語に惹かれる理由かもしれないと気付かされました。

私が最初に落語に興味を持ったのは、立川志の輔の快活で流れるような言葉の発声に惹かれたからで、少しずつ人前で話すことが増えた時期に、あのすらすらとした語り口に憧れ、車内で真似して間の取り方や抑揚を学びました。声に出して物語ることの面白さも本書で強調され、改めてその重要性を実感しました。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。