写真を巡る、今日の読書
第24回:映画や本で見聞きした景色を思い浮かべて、写真を撮る
2023年1月11日 09:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
映画や本で見聞きした景色を糸口に
年始の気分も少しずつ収まってくると、今年の春はどこで桜を見ようか、残雪はどのあたりに撮りに行こうかと考え始めます。写真家という職業柄、ふらふらとどこかに写真を撮りに行くというのは日常的なことだったのですが、コロナ禍に入ってからはなかなかそんなことも難しい時期が続きました。ようやくというか、そろそろ、少し気軽な気持ちで撮影旅行に出かけられるタイミングも増えてくれることを期待します。
みなさんは、どこかへ行って写真を撮って来いと言われたら、どんな風に旅先を思い浮かべるでしょうか。私は、映画や本で見聞きした景色がひとつの糸口になることが多くあります。大林宣彦の映画で見た尾道の坂だとか、夏目漱石が「二百十日」で書いていた阿蘇の草千里を風が揺らす風景といったようなものです。そうして、広島に行ったり熊本に行ったりすることもあれば、全く別の隠岐島に結局向かうなんて感じで旅先を決めるのは、なかなか楽しいものです。
国内だけでなく、もちろん海外も、というよりも海外に関する描写の方がより刺激的な情報として頭に残っていたりするのですが、まだ今の状況では海外への渡航を積極的に行おうという方も少ないかもしれませんので、今回は国内に関するものに限って、いくつか旅に関係しそうな本をご紹介したいと思います。
『旅のつばくろ』沢木耕太郎 著(新潮社・2020年)
一冊目は、「旅のつばくろ」。今は連載が終了してしまいましたが、長くJR東日本の車内誌『トランヴェール』で、沢木耕太郎が日本国内の旅について連載していたエッセイです。
私は東北出身ということもあり、帰省するときだとか、どこか仕事に行く新幹線などでこの連載を読むのを割と楽しみにしていて、その内容から次はここに行ってみようかなどとよく考えていました。大学生の頃は、同じ著者の『深夜特急』を読んでアジアへの旅を夢想し、実行していたのですから、結局20年以上経っても同じようなことをしているわけですね。
その字が「軽やかで楽しげでスマートだ」という理由から目に止まった山形県の遊佐から始まり、初めてひとりだけで国内を旅した16歳のときに眠った、北上駅の待合室のベンチについてのエッセイまで、41編が選ばれた一冊になっています。
ただ町々の景色を描写するのではなく、過去の記憶や思いを乗せて描かれるテキストは、自分の印象を写し込んだ写真表現にも似たものがあるように思います。私にとっては情景描写について考えるための教科書にもなる本になっています。
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『落語百選―春』麻生芳伸 著(筑摩書房・1999年)
二冊目は、『落語百選―春』。春夏秋冬それぞれの季節がよく表れている噺というのは多くあります。年末になると、「芝浜」「文七元結」がよく掛かるように、春には春の噺があるものです。
また、それぞれの噺には舞台となる場や街があり、これもまた自分の旅先候補のひとつとなったりします。「長屋の花見」あたりで出てくる上野や、「花見酒」の向島のように割合近場もありますが、「三人旅」のような東海道中の掛け合いの噺もありますし、中には「あたま山」のようなSF的空想の場が出てきたりもします。
以前、移動中の車内でひたすら落語を聞いて幾つか噺を覚えたのですが、この本に収められている「猫の皿」もそのひとつです。場所は明確に書かれていませんが、骨董品を仕入れる旅の道中で、私としては青梅あたりの東京の郊外の風景を思い浮かべながら聞くことができるものです。25話の噺を眺めていると、みなさんにも色々な風景が思い浮かぶのではないかと思います。落語というのは、どこか記憶や想像を刺激してくれるものでもあるのだと思います。
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『「男はつらいよ」を旅する』川本三郎 著(新潮社・2017年)
三冊目は、『「男はつらいよ」を旅する』。みなさんは映画の「男はつらいよ」はご覧になったことはあるでしょうか。私は、子供の頃に親父に連れられて映画館で見た記憶から始まり、大人になってからもなんとなく他に見たいものが浮かばないと適当に一作選んで鑑賞するといった程度には見てきたのですが、日本の風景を記録した映画として考えると何度見ても見飽きない面白さがあります。
本書でも、映画で描かれた様々な「残された日本の風景」の発見について書かれているのですが、確かに本編の舞台として選ばれるのは、有名な名所旧跡というよりは、失われつつある日本という場の象徴や縮図でもあるような宿場や何気ない街並みです。そう考えると、この紀行文は寅さんの足跡を辿る単なるロケ地巡りではなく、ひとつの壮大な叙事詩を下敷きにした、北海道から沖縄までを巡る日本という風景を描いた地誌であると言っても良いでしょう。
また、読んでみると鉄道の観点から紐解かれた風景論も多く、新たな観点から「男はつらいよ」に収められた時代や土地を知ることができる一冊でもあります。