写真を巡る、今日の読書

第23回:1枚の写真の力強さに圧倒される…奈良原一高という写真家

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

一年の始まりに是非眺めたい作品をご紹介

2022年の初めから始まったこの連載も気づけば1年。ずいぶん色々なジャンルのものをご紹介してきましたが、なにか良い本との出会いはあったでしょうか。今回は、年末年始にお読みになるという方も多いと思いますので、私にとっては見れば心新たに身も引き締まるような、1年の始まりに是非眺めたい作品をご紹介したいと思います。

みなさんは、奈良原一高という写真家をご存じでしょうか。1950年代後半から活躍し、写真集団「VIVO」では東松照明、細江英公といった写真家と共に活動した、日本の写真史における最も重要な写真家のひとりです。私自身、学生時代に初めて『消滅した時間』という一冊でその作品に出会ったときの衝撃は今でも覚えておりますし、その映像表現に憧れ、どうすれば近づけるかと必死に模倣しようと試みた日々が思い返されます。

また、私が初めての個展をコニカミノルタプラザで開催したとき、横のスペースでは当時奈良原先生が指導しておられた、九州産業大学の大学院生たちによるグループ展が行われており、ついでに私の展示も見てもらいアドバイスを頂く機会に恵まれたこともありました。

そんな記憶もあり、今でも写真集を開くと初心に立ち返ることができるのが、奈良原作品です。テーマやコンセプトを超えて、1枚の写真の力強さに圧倒されるその表現において、未だに私のなかで唯一無二の存在であり続けています。最近は、入手が難しかった写真集が続々と復刊されており、是非この機会にみなさんにも改めて手に取って頂ければと思います。

『ヨーロッパ・静止した時間 Where Time Has Stopped』奈良原一高 著(復刊ドットコム・2022年)

一冊目は、『ヨーロッパ・静止した時間 Where Time Has Stopped』。私の周辺も含め、多くの人が奈良原一高の数々の写真集の中でベストに挙げることも多い作品です(ちなみに私のベストは、『消滅した時間』なのですが、こちらはまだ復刊していないため、またの機会にご紹介します)。

旧約聖書の一文の引用から始まり、グラフィカルな光と影、印象的なシルエット、大胆な構図など、全ての写真が躍動しながら、奈良原の眼を通して世界が再構成されていくように感じられます。洪水のように押し寄せるグラフィカルな写真群が、まるで加速し続けるようなスピード感をもって編まれていくのですが、最後の第8章「静止した時間」でポートレートが続くことにより、時がゆるやかに減速し、ついには静止するように感じられます。

大型で装丁にも凝った豪華な本ですが、その値段に見合う以上の価値があることは、1967年に出版されたオリジナルが古書市場で示している値段にも表れています。是非復刊されたこの機会に手に入れて欲しい作品です。

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『王国 Domains』奈良原一高 著(復刊ドットコム・2019年)

二冊目は『王国 Domains』。1958年に発表され、日本写真批評家協会賞新人賞を受賞した出世作のひとつです。こちらも2019年に復刊された作品になります。

冒頭に掲載された、「夜」を意味するまぶたに指をかざしたポートレートは、日本写真史に燦然と輝く象徴的な1枚として目にしたことのある方も多いのではないでしょうか。前半を函館近郊のトラピスト修道院、後半を和歌山刑務所を舞台に描いたこの写真集では、心理的な、あるいは物理的な隔絶による社会からの「追放」を独自の視点で捉えています。

光と影が描く様々な隠喩や、モノや人物の連続、配置を巧みに生かした構図には、奈良原の優れた観察眼が余すことなく写されているのが分かるのではないでしょうか。

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『奈良原一高のスペイン―約束の旅』奈良原一高 著(クレヴィス・2019年)

三冊目は、『奈良原一高のスペイン―約束の旅』。本書は2019年に世田谷美術館で行われた同展のカタログとして出版された本ですが、豊富な作品掲載と共に、アサヒカメラ等で執筆した本人のエッセイや周辺の人々のインタビュー等も収録されており、奈良原の写真制作の実際について知ることができます。

作品は主に「スペイン 偉大なる午後」から選ばれていますが、一部「ヨーロッパ 静止した時間」からも抜粋されており、全体を通してひとりの写真家の視覚を追体験できる構成になっています。

全作品を通して印象的な、グラフィカルな造形性やトーン、大胆なアングルや構図に加え、奈良原自身が「心のふるさと」と表現するスペインの光や人々の群像には、人生を享受する希望や活力が力強く描かれています。世界を渦巻く生命力が、奈良原一高という写真家と、写真というメディアを通してどのように写され、表現されてきたのかが分かる1冊になっていると思います。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『写真を紡ぐキーワード123』(2018年/インプレス)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)等。東京工芸大学芸術学部非常勤講師。最新刊に『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)。